魔王と戦いはじめました
「すまない、待たせたな」
正直なところ、今の状態はかなりマズい。
初めに喰らった《爆発》の一撃が明らかに致命の一撃だった。
主要な臓器がいくつかが傷つき、更には壁に激突した際に打ち所が悪かったのか、暫くの間完全に気絶もしてしまっていた。
本能的にアンサズに切り札を使わせるのは危険だと判断し、速攻の一撃に全力を賭けたのだが、奴の地力を侮っていた。
あまりにも迂闊。おかげでこのザマだ。
先刻なんとか自力で覚醒した直後に《大爆発》とかいう法術に巻き込まれて木っ端の如く吹き飛ばされたのも災難だった。
念のためにと仕込んでおいたイチローの遺したとっておきのヤバい回復薬のおかげで傷はあらかた治ったのだが血を流し過ぎている。
戦闘に耐えうるかは微妙なところだ。だがあえて余裕を見せてアンサズに対峙する。
「……クッハッ! てめェ誰かと思えば真っ先に潰されたザコじゃねえか。なんだァ俺様の下僕にでもなりてェのかァ?」
ことの成り行きに呆けていたのか、アンサズは状況を理解するにつれて上機嫌に肩を揺すった。
「すげぇぞ、わざわざ一番ヤベェ奴を排除してくれたなァ。いいぜ、褒めてやる。一生俺様の奴隷として飼ってやってもいいぜェ!」
なるほど、奴にとって俺は最大の脅威を労せず排した敵の裏切り者とでも思っているのだろう。
その勘違いを正してやる為に、俺は黒剣の切っ先をまっすぐ奴に向けてやった。
「ああン? なんのつもりだテメェ? どっちの味方がしてェンだァ? 頭イカれてんのかァ」
「わからんのか。お前程度の三下、俺一人で十分だと言ってるんだ」
明らかな敵対宣言。
それを受けてアンサズは仰け反るようにこちらを指さして嘲笑った。
「ヒャハハァ! やっぱりイカれてんじゃねえか! ゴミムシは戦力差も量れねぇのかァ、笑わせるぜェ!」
アンサズは明らかにこちらを見下している。
いや、規格外の能力である
だがそれでは困る。
冷静になられてはこちらの勝機がなくなる。
「アンサズ・リー。その名前、聞き覚えがあるぞ。イチローから聞いたことがある」
「……ああン?」
唐突に告げたその名に、アンサズが激しく動揺した。
ピタリと笑うのを止めたかと思うと、額にありありと青筋を浮かべ、抑えきれぬ怒りにわなわなと震え始めている。
まったくアイツは本当に何をやらかしたんだ。
「ゴキブリ野郎ォ……テメェ、ローの関係者かァ?」
「奴は言ってたぞ。アンサズ・リーは三下のチンピラだ。どうしようもない雑魚だってな」
イチローからアンサズ・リーの話を聞いたことがあるのは本当だ。
だがその所見は違う。「面倒な奴だから、見掛けたら戦わずに逃げろ」というのがその評価だ。
それはアンサズ・リーが俺にとって恐るべき難敵である事を示す確かな証左であった。
「クソがァッッ! ローの野郎、ブチ殺してやるァッッ!!」
激情のままに叫ぶアンサズ。その色眼鏡の隙間から除く狂気的な眼差しが次いでこちらを見据えていた。
「だがその前にゴキブリ野郎ォ、テメェだァ。手足吹き飛ばしてからローの目の前に引き摺ってってやらァ!!」
両手を掲げてこちらへとゆっくり迫りくるアンサズ。
釣れた。ひとまずこれで第一条件をクリアすることはできた。
アンサズの一番の脅威は絶対的な防御力――ではない。
確かに厄介な能力ではあるが危険性から言えば最も恐るべきはあの広範囲自爆攻撃だ。
無敵であることを前提とした戦術だが、はっきり言って先の《大爆発》のような大規模破壊可能な法術を連発されれば、それだけで積む。
それこそ跡形も残ることなく勝敗は決するだろう。
だが奴は言動から推察したところ、ただ敵を殺す事よりも無駄に痛める事を楽しむタイプだ。
激情に身を任せている間は一撃でこちらを死に至らしめるような攻撃はあえて選ばない。
それもこれも絶対的な防御があることによる余裕、あるいは油断に違いない。
だからこそ、それを最大限利用する。
あえてこちらから近づいてくるアンサズに向けて踏み込み、黒剣を横薙ぎに振り払う。
当然ながら奴は避ける素振りすら見せない。
剣先がアンサズの無防備な側頭部に叩きつけられる。
まるで硬い鉄塊を叩いたかのような反動に手が痺れ、黒剣を取り落としてしまう。
クソッ、やはり思った以上に力が入らない。
「そう言やぁよォ、俺様ぁテメェの所為で左手怪我したんだよなァ。代わりにまずテメェの左手をっ吹ッ飛ばしてやらァッ!」
動きを止めたこちらに向かってアンサズが右手を向ける。
そして次の瞬間、盛大に炎が巻き起こった。ごうと炎が燃え上がり周囲を明るく照らす。
肌がチリと焼かれる――がそれだけだ。
「……ああァ? なんだァ今のは……?」
その結果を見て、アンサズが首を傾げる。
それはそうだろう、奴は《爆発》を使ったつもりだが実際に発動したのは《発火》だ。
即興ではあるがゼータに習った中和が成功したのだ。
彼女のように逆属性の法理を当てて綺麗に中和する事は不可能だが、馴れた可燃性の精神力で上書することはできた。
結果、アンサズの放った法術は《発火》となったのだ。
軽く肌を焼かれるが《爆発》と比べれば《発火》の殺傷能力はあまりにも低い。
これで奴の攻撃力は大幅に減じる事となった。
だが、成功したのは殆ど偶然だ。
アンサズが法術士としては素人であり、《爆発》ばかりを多用していたからこその成功だ。
実戦でそう何度も連続してできる芸当ではない。
「ハエが小賢しい真似しやがってよォ! 関係ねェんだよォ!!」
それにあくまで《爆発》を一時的に妨害しただけに過ぎない。
体勢を崩したこちらにアンサズの膝蹴りが突き刺さる。
想像以上に重い一撃だ。体がくの字に折れ曲がり、肺から空気が漏れる。
「無敵なんだよォ! 絶対なんだよォ! テメェらがせこせこ足掻いたところで何の意味もねェんだよォ!」
アンサズの拳が頬に突き刺さる。
くそっ、思っていたよりもダメージが重なっていて身体が思うように動かない。
厄介な法術は一時的とはいえ封じた。接近する事もできた。
ならばあとは一瞬の隙があれば反撃に転じられるのだが――、
「俺様のグロリアス・グロリアスの一番いいところを教えてやるよォ! それは
拳が、膝が、連続して撃ち込まれる。
止めとばかりに振り上げられた拳が撃ち込まれようとしたその瞬間。
アンサズの頭で矢が弾けた。ダメージは与えられていない。
だがバラバラに弾けた木片が顔に降りかかりアンサズは煩わしそうに頭を払うと弓を構えたままのリエルへと視線を向けた。
「なんだァ雑魚が構ってちゃんかァ。すぐに全員潰してやるから大人しく――」
隙を、見せたな。
瞬間的に《ゲイグス》を発動し、位相空間の中からその大剣を取り出す。
名前は既に知っている。だから取り出すのに然程時間は掛からない。
だがその一瞬の隙を見出すのに随分と苦労してしまった。
アンサズはまだ視線をリエルに向けたままだ。
だからこれから俺が何をするか、あえて教えてやる。
「フォマルハウト起動。能力開示――その刃は
「――ア?」
ちゃんと聞こえるように伝えてやったぞ。
驚きにアンサズは振り返るが、その時すでに大きく振り上げたフォマルハウトは振り下ろされようとしていた。
その瞳に映るのはあまりにも禍々しい、一目見ただけで尋常ではないと解る大剣だ。
「なンだッ、そりゃあッ!?」
時間は一瞬。
時が止まったような刹那の瞬間の中で、アンサズは予想以上に的確に動いた。
振り下ろされる刃。
それは何物をも切り裂くことなく、虚しく空を斬った。
重力に従って打ち下ろされた一撃は固い石床にぶつかり――
まぁ当然と言えば当然の結果だ。
このフォマル某は
ただのハッタリだ。だがしかし――、
「随分と大袈裟に
「――ッッ!? て、てめェ!?」
グロリアス・グロリアスの『効果発動中は攻撃を回避してはならない』。
お前自身がわざわざ教えてくれた『代償』だ。
なんでも切断できる封印兵装など、あまりにも都合がよすぎる。
冷静に判断すれば、すぐにハッタリだと見抜かれていただろう。
そう見抜かれない為にできる限りの布石は打ったが、それでも本来のアンサズであれば代償の兼ね合いもあっていざという時に回避という選択は選ばなかった筈だ。
それほどまでに奴は自分の封印兵装に絶対の自信を持っていた。
だがらアンサズが見誤った最大の要因は一つ。
絶対防御を誇る封印兵装すら凌駕する存在が、アンサズの精神を見えぬうちに追い込んでいた。
それが本物であると示したイクスの覚悟が、奴に死というものを実感させた。
その結果が、この土壇場でアンサズをたった一歩だけ下がらせた。
そうでなければハッタリ前提のこの無謀な作戦はけして成功しなかった。
魔王アンサズ・リー。
おまえは勇者イクスの勇気に敗北したんだ。
「ふざけんじゃァねぇッッ、クソがァァァッッ――――!?」
残った渾身の力で振るわれた拳が、アンサズの顔面に突き刺さる。
既にグロリアス・グロリアスによる絶対防御の力は失われている。
振り抜かれた拳はアンサズをその意識ごと盛大に吹き飛ばした。
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