勇者はじめました

 そんなわけで、目が覚めたら何もかもが終わっていた。


「なんつーかさぁ……僕的には一世一代の覚悟で挑んだつもりだったんだけど、どうなのよコレ」


 結局、魔王アンサズ・リーは僕が気を失っている間にヴィルが倒してしまったらしい。

 さんざん格好つけたのに、どうやら僕は死に損なってしまったようだ。

 正直、直前にはいた自分のセリフを思い出すと色々と恥ずかしくなって今からでも死にたくなる。


「もう、そんなこと言っちゃぁダメよぅ、折角こうしてみんな生き残れたんだから!」

「とはいえ、さすがに今回ばかりはもうダメかと思いましたわね」

「魔王、首級、供物、不可。残念至極」


 前をいく三人。カイ、ゼータ、ジュウゾーは思いのほかピンピンしている。

 実際のところ戦闘直後は三人共にかなりの重傷で命の危険すらあった。

 だがヴィルの提供してくれた回復薬の効力が凄まじかった。

 見ている間にもあっという間に傷口などが再生され、見た目だけなら完全に完治しているかのように見える。


 はっきりいって異常な効果というしかない。

 ヴィルはこういう時の為のとっておきだと言っていたが、本当に使っていいもんだったんだろうか。

 損害賠償とか請求されると国が傾きそうなレベルの代物なんだが。


 ちなみに五体満足だった僕と、重症ではあるものの命に別状はないリエルは使ってない。

 聞いたところによるとカイ達に使った分でストックが切れてしまったのだそうだ。

 うーん、本当に使い切ってしまっていいモノだったんだろうか。


 重傷といえばもう一人。

 意識を失ったままのアンサズ・リーだが今は簀巻きにしてカイが担いでいる。

 当然ながら封印兵装らしきペンダントを含め、主要な装備を取り上げた上でだ。

 

 調べたところ、なんと水中呼吸が可能になるアミュレットなども持っていたそうだ。

 なるほど、防御力が無限になっても呼吸が出来なければ死んでしまうというワケか。

 

 ああ見えて自分の弱点になり得る要素を事細かに潰しているあたり想像以上の切れ者らしい。

 改めて全員無事で打倒する事ができたのは奇跡としかいいようがない。


 だがそれもこれもヴィルの力に拠るものだ。

 その活躍には本当に頭が下がる思いだ。まるで窮地に現れるヒーローそのものじゃあないか。


「なに不満そうな顔してるのよ。生き残れて嬉しくないの?」


 そんな感じで溜息を一つ漏らしていると、後ろからリエルに頬を抓られた。

 リエルの足は通常通りに治療した結果、足のケガは傷跡は多少残るものの大事には至らないだろうという見立てだ。

 とはいえ、今すぐ歩けるというものでもない。


 そんな訳で今の彼女は荷物持ち・・・・である僕に背負われているのであった。


「嬉しい事は嬉しいけど、不満ではあるなぁ。もうちょいスマートにできなかったもんかと」

「それはそうね。結局私達じゃあ魔王相手に手も足もでなかったんだから」


 正直なところ魔王の用いた封印兵器の能力は想定以上の代物だった。

 だが魔王打倒を掲げるパーティーとしてはそもそもの見立てが甘かったと言うほか無いだろう。

 何よりも魔王を倒す事に対する焦りのようなものが『宵の明星』全体にあったのかもしれない。


「悔しいけどイチから出直しね。こんな体たらくじゃあ勇者・・には程遠いわ」

「なんだぁ、あんな目に遭ってまだ諦めるつもりはないのかぁ?」


 後ろから後頭部を殴られた。なぜだ。


「当たり前でしょ。むしろアンタが一番頑張って強くなりなさいよ」

「はぁ? 無茶言うなよ。『宵の明星きみら』と違って僕はしがない荷物持ちだぜ。当てにされても困るんだが」


 言うや否や、首に手を回された。

 ヤバい。これは絞められる流れだろうか。

 そう思ったが、彼女は後ろからこちらを抱きしめるように身を寄せてくる。


「イクスも『宵の明星わたしたち』の仲間でしょ。みんなで一緒に勇者・・になるんだから頑張りなさい」


 その手は、少しだけ震えていた。


「だから、ひとりで抜け駆けなんて絶対に許さないんだから」


 なるほど、そういう生き方も悪くはない。

 リエルの言葉を聞いて、僕はそんな風に思った。


「なぁ、リエル」

「あによ」

「こうして密着してるから解るけどやっぱりおっぱい小さいな、おまえ」


 首を絞められた。

 長い回廊を抜けた先、随分と久しぶりに見上げる空は随分と蒼く澄んで見えた。


 ●


「それにしても、これからが大変ですわね」


 溜息交じりの声でゼータが嘆くように呟く。

 その視線は先の戦闘で折れてしまった杖に注がれている。

 今にも泣きだしそうな哀愁に満ちた表情だ。


「大変ってなにがさ。無事に帰れて万々歳じゃね。何か悩むことあったっけ?」

「あるに決まっているでしょ。教会にも色々と報告しなくちゃだし、それこそアンサズの事をどうするかとか」


 ちなみにだが『宵の明星』は正確には僕の護衛として女神教会に雇われている形となる。

 あのエロ神父が何をどうやったかは知らないがかなりの自由裁量を得ているらしいが当然色々としがらみはある。

 重大な事案における報告義務もその一つだ。


 今回、僕等は対外的にはいざという時に勇者ボクを使う事も考慮した大魔王ローの退治、という名目でグリント大迷宮に潜ったわけだ。

 結果的にはその目標は失敗に終わったわけだ。何しろ僕等は大魔王ローと出逢うことさえできなかった。


 それだけならよかった。

 教会や各国も今回の事でいきなり大魔王ローを退治できるとは想定していなかった筈だ。

 それができれば御の字と言ったところで、勇者ボクさえ失わなければ失敗してもエラい人達にとっては良好な結果だっただろう。


 ところが、ダンジョンの最奥で僕等は別の魔王アンサズと邂逅し、あまつさえ退治してしまった。

 はっきり言ってかなり想定外の事態だ。

 

 人類社会において等しく脅威である魔王の一角を倒せたことは喜ばしい。

 それも使い捨ての対魔王兵器である勇者ボクを失うことなくだ。


 これは誰にとっても最良の結果だ。最善の結果でもある。

 ただそれを教会、引いては各国の上層部に報告するとなると途端に面倒なことになる。


 最大の問題は魔王を誰が倒したか、だ。


 魔王を倒したのは『宵の明星』です、と胸を張って言えれば問題は無かっただろう。

 魔王退治に成功した事で勇者の名誉称号を得るという『宵の明星』の目的も達成できて万々歳だ。


 だが魔王を打倒せしめた最大の要因はヴィルの存在だ。

 つい先ほど実力不足を痛感した現状、仮にそういった提案があったとしてもそれを受けるかどうかはリエルの心情的に微妙なところではあるらしい。

 僕の背中で現場責任者パーティーリーダーたるリエルは悩まし気にうんうんと唸っていた。


「まぁ、くれるって言うなら貰っておけばいいんじゃね。名誉称号なんてあって邪魔になるもんでもないだろう」

「そうでもないわよ。それを盾に無茶言われる可能性もあるのよ。もし実力不足の内に魔王アンサズみたいなのと戦うことになったら今度こそ私達は全滅するわよ」

「今までだって僕がいるからって結構無茶させられてきたじゃん」


 対魔王に限って言えば、対抗兵器たる勇者ボクがいる限り、最悪どうとでもなる。

 そんな「おえらいさん」の思惑と共に魔王が関わっていると思われる物騒な案件に関わらされた事は何度かある。

 今回の大魔王ローの探索に関してもそういった側面があるのだ。


「……どちらにせよ、実力不足のままじゃいけないって事よね」

「一応僕も頑張るつもりだけどさぁ、いきなりリエル達と同等の実力になれって言われても困っちゃうぜ」


 人間意気込みだけじゃどうにもならない事がある。

 そこへ珍しい事にジュウゾーが得意気な表情を見せ、自信満々に告げる。


「実力、向上、難儀! ところがどっこい! 戦力、向上、簡易!」


 実力はそう簡単に上げられないが、戦力なら簡単に上げられる?

 あー、それはつまり。


「ジエンテ! 永続同行! 即戦力向上!」


 確かに、それができれば『宵の明星』の戦力は大きく向上するだろう。

 先刻もジュウゾーから似たような提案があったが、改めて状況も変わって皆が思案する。


「私としてはヴィル様には今後とも是非魔法について御教示頂きたいので同行するのは大賛成ですわ」

「でも、それだとヴィルちゃんをこっちの事情に巻き込むことになっちゃうわよ?」

「ジエンテ! 一蓮托生、駄目?」

「うーん、ヴィルくんも私達の事情を知っちゃったし、本人がいいならダメって事はないけど」


 つまりはヴィルが僕達と一緒にくる事になれば概ね解決するって事か。

 まぁ、こういうことは本人の意思が何よりも大切だろう。


「なぁヴィル。君さえよけりゃあ僕等と一緒に――」


 今まで話に加わって来なかったヴィルに水を向けるべく振り返る。


 ヴィルは僕等の最後尾を歩いていた。

 その筈だった。


「ヴィル?」


 だが、そこにはヴィルの影も形も存在していなかった。

 彼は忽然と、まるで初めからこの世界に存在していなかったかのように消えてしまっていた。

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エンドレス・パレード ~異世界転生は終わりました~ @yu-kiyu-ki

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