はりぼての勇者はじめました

「イクスにげて! 私の事はいいから、はやくにげなさい!」


 今から十年前に、僕は死んだそうだ。


 原因はひどくありふれた、ごく平凡なものだと聞いている。

 故郷の村がモンスターに襲われた。

 幼馴染の女の子を助けようと無謀にも戦いに突っ込んだ。

 当然のように死んだ。


 だがその際に奇跡が起こった、らしい。

 なにもかも伝聞形式で申し訳ない。

 なにせ僕は生き返る以前の記憶を全部失っている。


 いや、正確に言うならばその瞬間に僕は生まれたのだろう。

 失うべき記憶を僕はそもそも持っていなかったのだ。


 イクスという少年は正しく十年前に死亡し、その器にが仮住まいさせて貰っているに過ぎない。

 では僕は何者かというと勇者・・なんだそうだ。


 人型封印兵装勇者・・


 女神に見初められた死者が勇者・・となって甦る。

 稀に――百年に一度くらいの割合で――こういう事例があるそうだ。


 その能力は魔王・・殺す・・こと。

 余計な修飾のない、ただそれだけに特化した性能。

 故に法理ルールの押し付け合いという土俵において最強の能力である。


 おそらくは規格外の魔王・・という存在を倒す為に神々が準備した抑止装置なのだろう。

 虐げられた無辜の人々の願いを聞き届け、歴代の勇者・・は例外なく、その能力を用いて悪逆非道たる魔王を打倒したのだという。


 だが過ぎたる力には落とし穴がある。

 強力な封印兵装を扱うには代償が必要となる。

 それは勇者・・とて例外ではない。


 その代償は『能力を使用した勇者・・死ぬ・・』。


 なんともまぁわかりやすい能力だこと。

 一世代に一台、お手軽簡単に魔王退治。

 ただし使い捨てなのでご用心。


 そんなわけで僕の能力をお気軽に使うわけにはいかない。

 幸いなことに勇者・・の能力発動には僕自身の意思が必要不可欠であり、加えていえば勇者・・に対する相互不可侵協定が主要国家の間で結ばれていた。


 勇者・・を恣意的に使ってはならない。

 その発動は神の意志たる勇者・・の決断に殉じなければならない。

 とかなんとか。


 もしこれが無差別に破壊を振りまく性能だったのなら話は違っていただろうが、なにせ魔王・・専用だ。

 用途が非常に限定されているし、それ以外のポテンシャルはと言えば一般人並みの役立たず。

 まぁ「魔王による世界征服!」とか分かり易く破滅的な出来事が起きていればまた扱いは違っていただろうが、幸か不幸か僕が勇者になってからはそこまで即断を迫られるような事態は起きなかった。


 大災害・・・大魔王・・・によって引き起こされたと噂された時はすわ僕の出番かと思ったが、それ以降も特に音沙汰もなく、僕の出番はなぁなぁの内に引き伸ばされていった。


 そんなわけで保護された女神教会で蝶よ花よと育てられ、いざという時には特攻兵器として命を散らせる堕落した人生を送るつもりだったのだが、ちと予定が狂った。


 いざ、その時が訪れた時、僕は自らの意思で命に代えて倒すべき魔王・・を選ばなくてはならない。

 例えばの話、目の前に二人の凶悪な魔王が現れたとしよう。

 人類大ピンチである。


 だが、僕の能力が使えるのは一度だけだ。

 絶対にどちらかを選ばなくてはならない。

 そしてそれを選択するのは僕の意思に他ならない。

 他の誰かに選択を委ねる事はできない。

 ならばなんの為にその身を捧げるのか、その確固たる理由・・を定めなければならない。


 その為にも世界中を巡り、知見を得なければならない――というのが僕の世話をしてくれていたエロ神父の言い分だった。

 エロ神父は極々偶に正論を述べる男だった。


 そんなわけで世界中を旅する事になったのだが当然僕一人だと隣町にも行けやしない。


 旅をするなら護衛を雇わなければいけないが勇者・・の存在はその特異性ゆえに最高機密扱いだった。

 各国のお偉いさんとか教会の代表とかしかその存在は知らないらしい。

 大々的に噂されて不正に利用されることは防ぎたいし、万が一敵対する魔王・・に知られたら大ピンチだ。


 もし魔王が自分の天敵足りうる勇者の存在を知ればどうするかなんて誰にだってわかる。

 勇者は魔王を確実に殺せるが、魔王に殺されないわけじゃあない。

 むしろその辺の人間にだって簡単に殺せてしまう。

 正体が知られれば暗殺するのはそう難しいことではないだろう。


 そんなわけで護衛の選別には難航すると思ったのだが、意外とアッサリ決まった。

 それが『宵の明星』というパーティーだ。ある理由から、こちらの事情をある程度把握していたらしい。


 どのような話し合いが行われたかは不明だが、結果的にエロ神父の推薦により決まったそうだ。

 正直、僕みたいな足手まといの不発弾と一緒に旅するなんて誰だって御免被ると思っていたのだが、理由を聞いて納得した。

 彼女たちの目的は魔王・・を退治して勇者・・――この場合は単なる名誉称号――になる事だという。


 ははぁ、なるほどつまりいざって時は文字通り僕を使って一旗上げようって事か。


 まぁ利用されることは別に構わなかった。

 所詮僕は魔王・・を倒す為だけに生まれた存在だ。

 それが叶うのならば特に不満は無かった。神の意志やら世界の救済やらに興味はなかった。


 だが、そうして旅を続けるうちに、アレなんかおかしいぞ、となっていった。

 パーティーリーダーのリエルは何故か初めから僕に遠慮なく接してくれた。

 カイとゼータは初めの頃は確執があったが、話しているうちに妙な垣根がなくなった。

 ジュウゾーとは旅の途中で合流したが、僕の事情を聞いても特に気にしなかった。


 何故か彼女達は僕の事を人間扱いした。

 護衛対象の筈なのに何故か荷物持ちや偵察なんかの雑用もできる限りやらされた。


「おいおい、僕はVIPだぞVIP! もっと丁寧に扱えこの野郎ども!」


 そう言ってやったが笑って流された。なんでだ。

 これじゃあまるで、ただの仲間みたいじゃないか。


 そんな感じで旅は続いた。


 そんな日々の中で、改めて『宵の明星』の目的を聞いた。

 魔王・・を倒すこと。

 それによって勇者・・となること。

 なぜそんなことを目指しているのかと問うた。


 その問いに、彼女は一度だけ応えてくれた。


「私達がどんな強い魔王だって倒せる勇者・・なら、誰かがはりぼての勇者に縋る必要なんてないでしょ」


 なるほど、と思った。

 それから少し考えた。


 もし僕が命を賭けて魔王を倒す時が訪れるのならば、それはどんな理由だろうか。


 それはきっと十年以上前から決まっていた。


「僕は、好きな子の為にこの命を賭けよう」


 ●


「……は? なんだそりゃあァ! そんな都合のいい能力ァあるわけねぇ!」


 アンサズは明らかに動揺していた。

 奴自身、封印兵装を使っているからこそ解るのだろう。

 もしそれが本物なら自分に通用してしまうという事を。


 封印兵装は歪な法理ルールを対象に無理矢理押し付ける超常の力だ。

 防御力・・・無限・・になるのであれば、例えこの世界最高の名剣を用いようとも傷一つ付ける事はできなくなる。


 そしてその能力が魔王・・殺す・・のであれば、そこに防御力の過多など関係ない。

 ありとあらゆる法理ルールを無視して魔王・・死ぬ・・のだ。


「そうだ、ハッタリだァ……そうに決まってる! ハハッ、じゃなきゃァんなチート、今まで隠す必要がねェ!」

「僕も教えておいてやるよ。この能力の代償は『使用者が死ぬ』ことだ」


 アンサズの乾いた笑いが引き攣る。

 自身の命を代償とする。それならばここまで追い詰められた状況まで使用しなかった理由に道理が付く。


 それと同時に既に絶体絶命のこの状況であれば、使わない理由もなくなる。

 そして何よりも確固たる信念を以て立ち塞がるイクスの眼差しにアンサズは気圧されていた。


 これはハッタリなどではない、本物なのだ、と。


「ふざけんじゃねェ……クソッ! クソクソクソッ! んなの反則じゃねーかァ!」


 自分の能力は棚に上げ、アンサズは怒りを露わにする。

 そこへリエルを庇うように立ち塞がったままイクスが語り掛ける。


「ここで退け、魔王アンサズ・リー」

「ああァ……? なんだってェ……?」

「僕だって別に無駄死にしたいわけじゃない。ここで退いてくれるならお互い痛み分けだろう」


 イクスの言い分は理に適っている。

 おそらく、この場でアンサズを取り逃せば、奴は秘密裡にイクスの命を狙うだろう。

 自分の命を脅かす危険性のある勇者・・をアンサズが放置するとは思えない。


 だが確かにここでアンサズが退けば、急場凌ぎではあるが事態は収まる。

 重傷を負っているが『宵の明星』メンバーを救護する事も可能になる。

 イクスがそう考えたのは無理もない。


 彼の目的はアンサズを殺す事ではない。

 パーティメンバー全員が無事に生き残る事だ。


 だがイクスの言葉を聞いてアンサズは禍々しく顔を歪めた。


「そうかァ……この期に及んでおかしいと思ったが、テメェその能力まだ何か『条件』があんなァ?」


 強力な封印兵装の中には、その使用において『能力開示』以外にも指定された『条件』を満たさなければ使用できないモノは確かに存在する。


「んな規格外の能力だ、何か面倒クセェ条件があるに違いねェ! じゃなきゃとっくに使っている筈だァ!」


 我が意を得たりとばかりに叫ぶアンサズ。

 だが、それはアンサズの希望的観測に過ぎない。

 おそらくイクスは『能力開示』さえ済めば、ほぼ無条件に能力を使用できる筈だ。


 ただアンサズにとって、自身とイクスの命の天秤は吊りあっていない。

 この状況になった以上、イクス程度・・の命を代償にすれば魔王たる自分を倒せるのならば、きっと誰もが喜んで命を捧げるものだとでも奴は考えているのだろう。


「ハハッ! やれるもんならやってみなァ! だが『条件』を整える前にテメェ等全員皆殺しだァッ!」


 だが自分は生きている。殺されていないなんておかしい。つまり何か能力を使えない理由があるに違いない。

 そのあまりにも歪んだ認知が両者の激突を必定のものとしてしまった。


 ここに至ってもはやこの狂人を相手に口先だけで戦闘を回避する事はできない。

 対峙した両者の確実な死を以て終わらせることしかできなくなったのだ。


「悪ぃなリエル。僕なんかの為にみんな頑張ってたのに。あとで皆にも謝っといてくれ」

「だめっ! やめて、もう二度とこんなこと、させたかったワケじゃないのにッ!!」


 リエルに背を向けたままイクスは最後の別れの言葉を告げる。

 その背に向かって縋るように届かぬ手を伸ばしてリエルが叫ぶ。


「誰かッ、お願い、アイツを止めて――ッッ!」


 今、救いを求める声に応えて動けるものは『宵の明星』の仲間に誰一人いない。

 

「――ああ、任せろ」


 だから、が動いた。

 その場に居る誰もが唐突に響いた俺の声に一瞬、虚を突かれて硬直した。


 イクスがこちらに完全に背を向けていたのは好都合だった。

 その隙を利用してイクスの背後に接近して当て身を食らわせる。


「あ、ヴィル、おまえ――」


 一瞬で意識を刈り取る。気絶して脱力したイクスは邪魔なので襟首を掴んでリエルの方に放り投げる。

 とりあえずこれで勇者・・の発動に関しては防げるだろう。


「ヴィル、くん……なんで、」

「すまない、待たせたな」

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