封印兵装発動しました

 魔王アンサズ・リー。

 魔王退治を目指すに当たって調査を続けていた際にその名を耳にしたことがある。

 かつて雪原の都市に君臨し、破壊と恐怖で支配を企んだ正真正銘の魔王・・だ。


 だがその消息はある時点を境にプツリと途切れていた。

 噂では名もなき勇者に討伐されたとされていたが生きていたのか。


 言動から推察するにここにいる理由は僕等と同じく大魔王ローか。

 だが目的が同一でも


「決まりだァッ! 一瞬で消し炭にしてやろうかと思ったが、てめぇら全員嬲り殺しに確定だァ!!」

「あら怖い。でもその程度のケガで泣き喚いている貴方にできるかしら?」

「まずはテメェからだこのオカマ野郎!! こっからは手加減してやんねえぞ!」


 怒気も露わに放たれる叫びを、カイはあえて挑発することで一身に浴びる。

 その間隙を縫うように、小柄なジュウゾーがアンサズの死角に移動していた。


 アンサズの意識が完全にカイに向けられいる事を確認すると同時に、巨大な石柱剣を大上段に掲げて飛び出す。

 背後からの無音の強襲。重力に任せて打ち落とされる石柱剣の一撃は防御してどうなるものではない。


 その時、アンサズは未だにカイと向き合ったままだった。

 そのまま彼は胸元の派手なペンダントを握りしめ――叫ぶ。


「グロリアス・グロリアス起動ォ! 能力開示――」


 魔王とは罪を犯したモノではない。禁断の力を用いて・・・・・・・罪を犯した存在に科せられる罪状。

 すなわち魔王と呼ばれるものは多くが強力な封印兵装を所持している。

 当然、アンサズもソレ・・を所有していた。


 封印兵装とは、この世の法理ルールさえ捻じ曲げる神が造り出した兵器だ。

 それは文字通り封印されるべき兵器であり、初めから封印されている兵器でもある。

 その強大な力故に、神の手により予め複数のリミッターが設けられているのだ。


 その制限の一つが『能力開示』

 封印兵装は対象範囲、もしくは対象相手に対して能力を知られて・・・・いなければその能力を発揮する事ができない。


 だが一度能力開示された封印兵装は、その言葉通りの効果を発揮する事となる。

 

「――防御力・・・無限・・となるゥ!!」


 次の瞬間、振り下ろされたジュウゾーの一撃が無防備なアンサズの後頭部に突き刺さり、石柱剣が砕け散った・・・・・・・・・

 大質量に打たれた筈のアンサズは微動だにしていない。


 ただ突然の背後からの不意打ちに彼が不思議そうに眉根を寄せた事は解った。

 それは完全な意識外からの攻撃にも関わらず、何の痛痒も感じていない事の証左だった。


「いきなりなんだァ、クソガキがよォ!」


 振り返りざまにアンサズがジュウゾーの胸倉を掴んで拘束する。

 後先を考えない文字通りすべてを篭めた必殺の一撃を呆気なく防がれたジュウゾーは、咄嗟の反応に遅れアンサズに捕まってしまう。


 ジュウゾーは瞬時の判断で持ち手部分だけが残った石柱剣の柄を投げ捨てると、掴まれた腕を支えに膝蹴りを叩きこむ。

 決まれば梃子の原理で簡単に腕の骨をへし折る一撃だ。

 だがまるでそれが当然とでもいうようにアンサズはビクともしない。

 おそらく今の彼には如何なる攻撃も通用しない。


「迅速、解放、下郎!!」

「何言ってっかワッカンネェよ、ああッ!!」


 それでもとジュウゾーは蹴撃を見舞うが、アンサズは一顧だにしない。

 そのままジュウゾーごと振り上げた腕を床へと叩きつける。

 石床が大きく陥没する程の一撃。背中から強かに打ち付けられたジュウゾーが血を吐くのが見えた。


「羽虫風情がビビらせやがってよォ! 俺様が怪我したらどうするつもりだったんだァ! えエッ!」


 床に打ち付けられた衝撃に意識が跳んだのか、無防備なジュウゾー目掛けてアンサズは何度も踏みつけるように足蹴にする。


「止めなさいッ!」


 その背に向けてリエルの矢が放たれる。だが空を裂く二条の矢はアンサズの背中に触れた途端、矢の側が分厚い鉄板に突き刺さったかのようにバラバラに砕けた。

 結果的に細かな破片となった木くずがアンサズに降りかかっただけだ。

 そこへ更にカイが肉薄する。


「今すぐその子を放しなさいッ!」

「ああ、そうだったなァ。まずはテメェの番だカマ野郎!」


 カイの拳がアンサズの顎に突き刺さる。だがそれだけだ。

 衝撃も何もかもを無視したまま、アンサズの拳がカウンター気味に放たれる。


 だがアンサズの一撃はあっさりと空を切った。

 カイはもとより回避を主とする壁役だ。敵の攻撃を見切って回避する術に長けている。


 対するアンサズの膂力は目を見張るものがあるが、技量という点で見れば傍目から見ても素人同然だった。

 まともに対峙すれば防御力の有無に関わらずカイが圧倒する事は目に見えていた。


 アンサズが苛立ちも露わに攻撃を続けるがカイはそれらをすべて紙一重で見切っていく。

 やがて大振りの一撃に合わせる形でその手を掴む。

 そこからは以前のヴィルとジュウゾーの模擬戦を倣うように、カイが一瞬でアンサズの関節を極めて押し倒すように拘束した。


「いくら防御力が高くても、拘束しちゃえば意味はないわね魔王サン」


 アンサズに打撃が無意味であることはすぐに解った。

 だからこそカイは初めから関節技による拘束を狙ったのだろう。

 だが――。


「気持ち悪ィんだよ。ベタベタくっつくんじゃねェ!」

「今すぐ離れてくださいましッ!」


 ゼータの警告は遅きに失した。

 突如としてアンサズの至近で爆音と衝撃が轟いた。


 《爆発》の法術だ。至近で炸裂した爆破の衝撃にカイは宙高く吹き飛ばされたかと思うと、そのまま受け身も取られることなく石床へと叩きつけられた。


 密着した状態で零距離からの爆発。本来であれば発動した側も無事では済まない自爆攻撃だ。

 だがしかし、今のアンサズだけはその例外となる。


「チッ、折角の一張羅がよォ、煤まみれじゃねぇか! てめえら、どう落とし前付けてくれんだ、アアッ!?」


 その能力は着ているものにすら及ぶのか、煤を祓われた衣類にすら損傷一つない。

 マズい、強すぎる。

 奴の封印兵装と自爆前提の《爆発》法術の相性が良すぎる。


 突破口があるとすれば封印兵装のリミッターだ。

 封印兵装は強力な兵器だ。

 使用にあたって『能力開示』が必要なように、使用する事で必ず『代償』が必要となる。


 文字通り奇跡の代償となる制限だ。

 有名なものでは一度使用する毎に寿命を削られるなんて話も聞いたことがある。


 なんにせよ、軽々に奮い続けられる力ではない筈だ。

 長期戦に持ち込むことが出来ればなんらかの突破口を見いだせる可能性はある。

 代償が払えないとなると、封印兵装は一時的にせよ使用不可能となる筈だ。


「なんだァ、揃いも揃ってイラつく目で見やがってよォ。まだ希望はありますぅって顔してんじゃねえかァ?」


 だが戦意の衰えないこちらの様子を見て何を感じ取ったのか、アンサズは身をのけ反らして呵々と笑う。


「ゲヒャッヒャッヒャッヒャ! オメェらみたいなカスはよぅ、毎回毎回似たような事を考えやがる、どうせ封印兵装使いにありがちな『代償』がどうとか思ってんだろォ!」

「あら、御教授して頂けますの?」

「いいぜぇ、教えてやんよぉ。耳の穴かっぽじってよぅく聞きなァ!」


 その応えにこの場にいる誰もが動揺を隠せなかった。

 封印兵装を使うものにとって『代償』はそれこそ弱点そのものだ。

 知る限り『能力開示』のように明かす事によるメリットもない筈だ。


「俺の『代償』は『効果発動中は攻撃を回避してはならない』だ!」


 それは。もしそれが真実ならばふざけているとしか言えない代償だ。


「わかるかァ。無限の防御力を持つ俺様はテメェらザコの攻撃をセコセコ避ける必要なんてねェ。つまりこの能力はノーリスクで使い続けられんだよォ。わかったかァ、俺のグロリアス・グロリアスこそが絶対無敵の封印兵装だってことがァよォ!」


 なるほど、それは確かに無敵の能力だ。

 リエル達が倒せる可能性はほぼ無いだろう。


 だがしかし何事も例外はある。

 覚悟を決めなくてはならないが、アンサズを確実に倒す方法を僕は持っている。

 弱いモンスター一匹倒せない最弱の僕だが、それでも魔王・・だけは倒せる手段が。


「ああン? なんだテメェ、他の奴等は観念しましたァってツラしてんのに、なんでテメェだけはまだそんなイキってんだぁ?」


 あえて自身の代償を晒したのは、どうやら圧倒的な戦力差を誇示する事で僕達を貶めたかったからのようだ。

 だがお生憎様だ。おまえの能力が強すぎるからこそ決まる覚悟もある。


「ダメだよイクス! 諦めちゃダメ!?」

「そうですわ。まだ挽回する方法はいくらでもありますわ」


 二人は僕の思惑に気付いたのだろう。必死で止めようとする。

 正直今からやることは『宵の明星』みんなの願いを踏み躙る行為だ。

 だがこのままではすべて失ってしまう。それに比べれば遥かにマシな結末だろう。

 だからこそ、やり遂げる。


 そう覚悟を決めたのだが、ほんの僅かに遅きに失した。

 アンサズの表情から激情が消える。


「あー、なんだその茶番はァ。なんか白けた。もういいや、おまえら全員吹き飛べや」


 それは飽きた玩具を無感情に放り捨てるような一言。

 マズい。まだ準備・・が出来ていない。

 そう思う間もなくアンズスの両手が掲げられる。


「《大爆発》」


 それまでとは比にならぬ、白い閃光が視界を埋め尽くした。

 タガを外したかのようなケタ違いの衝撃が広場の中を吹き荒れる。

 爆発の直前、ゼータが再度障壁を展開していたが、それもどれほどの効果を発揮したか。


 視界は白く明滅し、耳にはキーンとつんざく音だけが聞こえてくる。

 上下の間隔も解らぬまま数秒、いや時間の間隔も曖昧だ。

 そしてようやくの事で戻ってきた視界には惨状が広がっていた。


 ゼータは僕等を守ろうと身を挺して矢面に立ってくれたのだろう。

 衝撃に吹き飛ばされボロボロの状態で床に転がっていた。

 生きているかどうかすらわからない。


 リエルは幸いなことにすぐ傍らにいた。

 ゼータの《障壁》のおかげでまともに衝撃を浴びずに済んだのだろう。

 ただ爆発の衝撃によって飛来した大きな石片がその足を痛々しく貫いている。

 もはやまともに動くはできないだろう。


 皮肉なことに重症を負わず五体満足なのは僕だけのようだ。


「ああン? なんだァ、ハエがまだ生きてんのかァ。全員消し炭にしてやったと思ったのによォ」


 そして当然のようにアンサズは無傷でそこに居た。

 予想はしていた事だが物理的な攻撃ではヤツに傷を負わせることさえできないようだ。


「イクス逃げて! 私達の事はいいからさっさと逃げなさい!」

「ははっ。似たようなセリフ前も聞いたな。懐かしいや」


 痛みか、それとも別の感情からか。

 リエルの叫びを聞きながら、一歩前へと踏み出す。

 もう、覚悟は決まった。


「ああン? ヤンのかテメェ? 見たところザコの中でも一等のクソ虫だろテメェ? 歯向かう意味あんのかァ?」

「あるさ。僕ならおまえを倒せる」

「ギャッハッハッハ! そりゃあいい、なんだ、俺様の事を笑い死にさせてくれんのかテメェ?」

「いいや。反則技・・・でさ――――勇者・・起動『能力開示』」

「…………は?」


 封印兵装は魔王・・の専売特許じゃない。

 魔王・・を倒す勇者・・もまたその担い手だ。


「僕の意思は魔王・・殺す・・

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る