魔王があらわれました

 最後の休憩を終えて、僕らはいよいよ最下層のボスに挑むべく出発し始めた。

 互いに仮眠をとった事に加えて、ヴィルの《ペリオール》のおかげで全員の体調はほぼ完璧。

 考えうる限りベストコンディションでフロアボスに挑む準備が整っていた。

 まぁ、相変わらず僕は戦いに関しては手助けすることもできないんだけどね。


「そう言やあゼータ達は昨晩も二人きりで秘密の訓練に勤しんでいたみたいだけど進展はあったん?」

「なんでちょっといかがわしい感じで言いますの? 残念ながら魔法の習得は出来ていませんわ」

「面目ない」


 昨日の夜も、二人は改めて魔法修行に勤しんでいたようだ。

 ヴィルは《灯火》の発動までは安定してできるようになったらしい。よく解らんが凄い進歩なんだそうだ。


 対してゼータの方の魔法習得はさっぱりらしい。

 勝手が違うかもしれないが、法術使いとして天才と呼ばれるゼータが習得の兆しも見れていないというのはちょっと驚きだ。


 ただその事実にはゼータよりもヴィルの方がショックを受けている様子だ。


「うーん、このままじゃヴィルくんがいなくなると《ペリオール》受けれなくなっちゃうのか……ねぇゼータどうにかなんない!」

「…………《水流》で押し流せば水浴び代わりにはなりますわ」

「イヤだよ!? あんなの直で受けたら死んじゃうよ!?」


 《水流》は生み出した大量の水で相手を押し流す法術だ。

 地形によっては大量のモンスターさえ一気に殲滅できる。

 だが水量の調整が難しいらしく取り扱いには十分に注意しなければならない。

 シャワー代わりにするにはかなり危険な法術だ。


「……脱出した後に余裕があればできるだけ付き合おう」

「まぁ! 本当ですの!? 私としても急場凌ぎではなく腰を落ち着けて心行くまで御教授頂きたいと思っていましたの!渡りに船ですわー!」


 そこまで付き合うつもりはなかったのか、若干の悔恨を滲ませながら呟くヴィル。

 どうやらなにかしら譲れないラインがあるらしい。

 しかし大丈夫なのか、そんな約束したらどんだけ拘束されるか解ったもんじゃないぞ。


 皆がそんな風に苦笑を浮かべる中、ジュウゾーが不思議そうな顔を浮かべてヴィルのマントを引っ張った。


「ジエンテ、今後、同行、恒久的、仲間?」

「ん、いや、俺は……」

「ジュウゾーちゃん……それは、ちょっと難しいわネ」


 その意味するところに、カイを含め《宵の明星》メンバーが難しい表情を浮かべた。

 確かに戦力としてヴィルを《宵の明星》に誘うのは望ましい事だ。

 今はあくまで協力関係だが、今後共に連携を磨いていけばその戦力は何倍にも高まるだろう。


 だがそれはヴィルをこちらの事情に巻き込むことに他ならない。

 どちら・・・の事情にせよ、厄介毎に首を突っ込むことになるだろう。それを推奨することにはどうにも躊躇してしまう。

 そんな僕らの反応を見て、ヴィルもまた思案気に頷いた。


「悪いがここから脱出したらそれまでだ。魔法習得くらいならともかく、それ以上付き合うつもりはない」


 ヴィルはあえて突き放すような物言いを選ぶ。

 変なしがらみを残さないようにとの配慮だろう。

 だがジュウゾーは明らかに不満そうな表情を隠さない。


「ジエンテ、我、凌辱、責任! 逃走、是、死、贖罪!」

「待て。謂れのない罪状に問われている気がするぞ!」


 ジュウゾーはどうしてもヴィルを連れていきたいようだ。

 できれば願いを叶えてやりたいところだが、こればかりは強要できることでもない。


「ジュウゾー。我がまま言うのもいいけど、まずはここを脱出してからよ。まだ最後の難関が残っているんだから」


 諫めながらリエルが指さす先に、巨大な大扉が控えている。

 あれこそがフロアボスの待ち構える最奥に至る扉だ。あそこを超えればもはやフロアボスを倒すしかない。

 その扉を見た途端、何かを感じ取ったのかジュウゾーの表情が真剣なものへと変わる。

 明確な難敵の気配を感じ取った時の表情だ。


 ヴィルを含めたパーティメンバーの意識も戦闘に向けて引き締まっていく。


「今まで通り私達は基本陣形で。フロアボスはおそらく単体だと思うからヴィルくんはできるなら背後に回って攪乱をお願い」


 既に昨日の時点であらかたの状況に対応できるよう作戦は決めてきた。

 皆が無言でうなずく中、カイが先導して大扉に手を掛ける。

 大扉はそれほど力を篭めていないにも関わらず、一気に押し開かれた。


 先制攻撃を受けぬようにと一気に飛び込んだ先には、グリント大迷宮最強たる最下層のフロアボス――大炎龍。

 その無残な死骸が転がっていた。


「どうなっていますの、これは?」


 最後尾付近で共に突入したゼータもその惨状を見て慄く。

 それほどまでに酷い有様だ。一目見ただけでも片翼と片腕が吹き飛んでいる。

 頭部も半分がごっそり欠けている状態だ。


「これは……先行していた魔王がやったのかしら?」

「……ううん、それは無いよ。だって魔王はもうここには……」


 カイの疑問に、なんらかの確証があるのかリエルがはっきりとした否定の感情を見せる。

 理由は知らないが、リエルにとって魔王の不在は確定事項のようだ。

 ……ヴィルからなんか詳しい話でも聞いたか?


 ヴィルとリエルが昨夜、なんらかの話し合いを行っていたのはパーティメンバーは察していた。

 あえて二人きりになるように交代の順番をリエルが調整していたからだ。


 ヴィルと魔王になんらかの関係があるのではないかという疑念は常にあったが、当人から害意が感じられない。

 今朝も互いにいつも通りの様子だった為、なんらかの落し所を見つけたとは思っていたんだが。


「つーか、フロアボスが倒されてるんだったらこれで終わりなのか?」


 意外ではあるもののあっさりとした結末に、周囲を見渡す。

 だがジュウゾーは警戒心をそのままに、鋭いまなざしを大炎龍に向け続けていた。


「未了、強敵、其処、存在!」


 ジュウゾーの警句に皆が一斉に身構える。

 だが当然のように大炎龍の死骸はピクリとも動かない。


 代わりに、龍の影からのそりと一人の男が姿を現した。


「アアンッ、グダグダうっせーなガキ共がよォ、人がイライラしてんのに喚き散らしやがってよォ!」


 異様な風体の男だった。

 派手な色をしたスーツを着崩した猫背の男だ。開いた胸筋には派手なデザインのペンダントが輝いている。

 その姿は都会の歓楽街などでは掃いて捨てるほど見掛ける女衒そのものだ。


 だからこそ、迷宮の最下層。大炎龍の死骸の傍らで尊大に佇む姿は異様を極めていた。


「チッ! クソがよォッ! なにガンくれてんだ、ブチ殺されてえのか、ああンッ!」


 男は苛立たしさを隠さぬまま、大炎龍の物言わぬ死骸を蹴り付ける。

 見た目はただのヒト種の男だ。ただし友好的な雰囲気は微塵も感じられない。

 加えて有り余る異物感に『宵の明星』メンバーは次の一手の判断に迷っていた。


「逃げろっ! 今すぐっ!」

 

 真っ先に反応したのはヴィルだった。

 放たれた言葉とは裏腹に、自身が黒い矢に変じたかのようにまっすぐ謎の男に向かって疾駆する。

 手には既に黒剣を構えている。放たれるのは必殺の一撃だ。


 だが。


「ああッ……逃げるだァ? 馬鹿がよォ……魔王・・から逃げられるわけねえだろうがッ!」


 だらりと垂れ下がっていた男の左腕が持ち上げられる。

 掲げられた手のひらをまっすぐ掲げた瞬間、それは巻き起こった。


「《爆発》」

「――ッ!? 《障壁》!!」


 轟音が響く。

 花開くように炎の煌めきが視界を灼いたが、問題はそっちじゃない。

 全身を吹き飛ばすような衝撃が空間を一瞬で薙いだ。


 反射的にゼータが張ってくれた《障壁》が無ければこの場にいる全員が吹き飛ばされていただろう。

 例外は一人。飛び出していた為、ゼータの《障壁》範囲外にいたヴィルだ。


「ヴィルくん!?」


 振り返れば、もっとも前線へと躍り出ていたヴィルは今の一瞬で遥か後方。

 ダンジョンの壁に激突し、床に崩れ落ちていた。

 反応はない。生きているか死んでいるかも解らない。

 そしてそれをなした犯人はと言えば、


「――チクショウ痛ってェ! クソッ、やっちまった! ザコが、無駄に刃向いやがってよォッ!」


 《爆発》を放つ為に掲げた掌を負傷していた。

 損傷度合いは解らないが黒く燻っているかのように見える。


 ゼータに聞いた限りだと《爆発》は非常に強力な法術だ。

 その殺傷力に限れば一、二を争う威力かもしれない。

 発動の難易度も低く原理としては《発火》とほぼ同等。

 習熟したばかりの初心者にも発動可能な法術だ。


 だが強力かつ手軽に発動できるが故に、危険すぎる法術だ。

 ある程度の指向性を付与しても発動位置を誤れば、目の前の男のように常に自爆の危険性を孕むことになる。


 けれど侮る理由にはならないだろう。

 自傷したとは言え、この男はたった一撃でヴィルを戦闘不能に追いやったのだ。

 その狂気的な言動と相まって、けして油断できる相手ではない。


「魔王って言ったわね……貴方が大魔王ローなの?」


 皆を庇うような立ち位置で対峙したままカイが推し量るように言葉を放つ。

 だがその問いかけに対する反応は劇的だった。左手の痛みに苦悶していた男だったが、一瞬でその表情が激昂に塗り替えられる。


「ゴミカスがァ! この俺とローのクソを見紛うとかよォ、顔にクソを塗りたくられる以上の侮辱じゃねェか!!」


 痛みを忘れたかのように左手を奮い、男は自身の名を名乗る。


「あんな紛い物とは違ェ!俺サマこそが魔王の中の魔王、アンサズ・リー様だァッッ!!」

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