あっさり正体がバレました

「ねぇヴィルくん。ヴィルくんの師匠さんは大魔王ローなの?」


 それにしても、まさかここまで的確に答えに至っているとは。


「どうしてそう思ったんだ?」

「ちょっとしたズルだね。実は私は人が嘘をついているかどうか解るの」


 この時、ようやく俺はリエルが嘘検知スキルの持ち主だという事を知った。

 そういうスキルが本当に存在するかどうかは不明だが、世の中にはそうでなくともカンのいい存在はごまんといる。

 だからこそ、できる限り発言には気を遣っていたつもりだったのだが。


「はじめヴィルくんは本当に魔王・・っていう存在そのものを知らなかった。ヴィルくん自身が魔王って可能性も考えていたんけど、諸々の反応からそれは無いなって思っていたんだ」


 確かに、そもそも俺は魔王という存在がある事さえ知らなかった。

 だがもし俺自身が魔王であれば多かれ少なかれある程度の事情は知ってて当然だろう。


「でも大魔王ローの詳しい話を聞いて、ヴィルくんはそれが師匠さんと同一の存在だと理解した。そのあと魔王について『心当たりがない』っていったけどアレだけが明確に嘘だった」


 確かに言った。あの時はフロアボスが消えるまで三日掛かるルールの矛盾点を突かれる事を回避するにはどうすればいいのかを考えていた為、他の事への思考が疎かになっていたタイミングだ。

 結果的に話自体は自然に流れたが、油断から完全に口を滑らせてしまっていたようだ。


「あとは推測だね。私達と先行する魔王の間に無関係のヴィルくんが偶然居たと考えるより、ヴィルくんが魔王、もしくはその関係者だって考える方が自然だった。師匠さんのお話で色々と腑に落ちたしね」


 よくよく考えると俺の存在は確かに不自然過ぎた。

 なんらかの切っ掛けさえあれば、そこから予測する事は簡単に出来て然るべきだろう。


 完全にこちらの思惑を言い当てられていてぐうの音もでない。

 ここから反論したところで嘘を見抜ける相手では無意味でしかない。

 そもそも人付き合いそのものが希薄なのだ。その俺が舌戦に長けているワケがない。


「それでどうする? いまここでやるのか?」

「……ん? ……あっ、違うよ! 別にヴィルくんと敵対するつもりはないよ! 意味ないし!」


 そうなのか?

 てっきり今ここで手っ取り早い方法になるのかと戦闘態勢に入り掛けたがどうやら違うらしい。


 だが確かによくよく考えると彼女たちの狙いは魔王であるイチローだ。

 俺と戦ったところでメリットは少ない。


「あ、でも私達が魔王・・を――ヴィルくんの師匠さんを狙っている以上、敵対関係ではあるのかな……」

「いや、そこは別にどうでもいい。俺は無関係を貫かせてもらうが、イチローを狙う分には好きにしてくれてかまわない」

「そうなんだ……」

「本当にどうでもいい。むしろアイツは一度痛い目をみればいいと思っている」


 まぁ仮にリエル達がイチローと対峙したところでどうにかできるとも思えない。

 それはあの規格外のイクスが実力を発揮しても同様だろう。結果は目に見えている。

 ただ怪獣同士の戦いは他所でやってくれ、というのが俺の偽らざる願いだ。


「嘘じゃないみたいだ、ね。なんかヴィルくんと師匠さんの関係って思っていたより、ドライなんだね……」

「奴の心配をしろって言うのならお門違いだぞ。嵐や地震の身を案じろと言っているようなもんだ」


 まだ空が落ちてこないかと憂いていた方が幾らか有意義だろう。


「むしろイチローを相手取るつもりの君等の方が心配だ。親切心から言うが魔王・・が他にもいるなら狙いをそちらに変えることをお勧めするぞ」

「ええと、ちなみにイチローって言うのが」

「タナカ・イチロー。君等の言う大魔王タナカイチ・ローと恐らく同一人物の筈だ」


 なるほど、とリエルは呟いた。

 ここまで名前に類似性があって無関係とはさすがに言えないだろう。

 間違いなくイチローが大魔王本人なのだろう。


 だがそれでも彼女たちに自分と敵対するつもりはないらしい。

 俺がもっとも恐れていたのは魔王の関係者という点によって強制的にイクス達と敵対することだ。

 そうで無いと言うのなら特に案ずることはない。


「いや、むしろ……そうだな、君達が大魔王ローを倒したことにすればいいんじゃないか」

「…………え?」

「嘘を判別できるようだからハッキリ言うが、おそらくイチローは既にこの世界にはいない」


 そこで俺はここまでの経緯を簡単に話した。

 タナカ・イチローが転生者であること。

 彼の目的が元居た世界への帰還であること。

 突如現れた異世界に通ずると思われる大穴・・に身を投じ消えた事。


 突拍子もない事象も多いため、半信半疑の部分もあっただろう。

 ただリエルはそれらを聞いて、その説明の中に嘘は含まれていない事は確認した。


「状況から言って、奴がわざわざこの世界に戻ってくる可能性は低い。だったら倒したか封印したって事にすればいいんじゃないか?」

「ええと、ちょっと待ってね。是非は置いておくけど、ヴィルくんはそれでいいの? こう言っちゃなんだけど、魔王として倒されるってかなり悪名だと思うんだけど」


 それこそ今更な気がする。

 そもそもイチローが魔王と呼ばれていた事に驚きはない。

 知っているだけでも奴が今までどれほど筆舌にし難い無茶苦茶をやってきた事か。

 それこそ噂通り大災害・・・の原因がイチローだと言われても納得せざるを得ないくらいだ。


「ヴィルくんは大災害・・・を引き起こしたのが本当に大魔王ローだって思っているの?」


 それは正真正銘、歴史上最大の大罪人であることと同義だ。

 まさに魔王・・と蔑称され忌み嫌われたとしても当然の所業だろう。


「可能性の話だが、奴なら大災害・・・を引き起こしたとしても不思議じゃない。むしろイチロー以外にあんな事をしでかせるような存在がいるとは思えない」


 ただ。

 ただ一つだけ断言できることがある。


 そこに悪意は無かった事だけは。

 彼が進んで無辜の人々を傷つけようとした訳ではないと。

 それだけは断言できる。


「だからなんだって話だけどな。もしそれが真実なら故意でなかろうが抒情酌量の余地なんかない極悪人には変わりない」

「……ヴィルくんはイチローさんのことを信頼しているんだね」


 いかん。なんか優しげな瞳で見られている。

 かなり余計なことまで口走ってしまったみたいだ。

 本当にやめてほしい。


「そんなわけで悪名云々に関しては気にする必要も無い。転生者なら血縁なんかもいないだろうしな」

「……うーん、考えてみたけど、私達が倒したって言い張るのはちょっと無理筋かなって」

「ふむ。もし倒した証拠が必要ならコレを譲るが」


 言って、おもむろに《ゲイグス》から一振りの剣を取り出す。

 突然現れた禍々しい大剣を目にしてリエルの瞳が丸くなった。


「あの、ヴィルくん。これって……」

「フォマル某とかいう剣だ。イチローから預かっていた。おそらく噂通りの封印兵装じゃないか」


 触れる事でなんとなく使い方も理解できたが、あまりにも危険極まりない代物だ。

 はっきり言って使い物になるとは思えない。

 俺にとってはそこらへんに転がっている木の棒の方がまだ有用だ。


「ほ、本物の特級封印兵装……無理無理! 受け取れないよこんなもの!?」

「いやいや、そう言わず。遠慮なく。どうぞどうぞ」

「……ヴィルくん、なんか厄介事を押し付けようとしていない?」

「ハハハ、イヤ、ソンナ、マサカ」


 正直こんな悪名しかないような危険物は俺も持ち歩きたくない。

 処分してくれるのならこちらとしては大歓迎だ。

 もちろん、こちらの嘘は盛大にバレているので突き返された。


「色々と突拍子のない話にビックリしちゃったけど、やっぱり止めとくね」

「ふむ、このゲルバドなんとかの方が良かったか?」

「そういう問題じゃないから。それもしまって」


 黒一色でなぜか胎動しているナイフを半ば取りだした俺を制して、リエルが続ける。


「だが君等の目的は魔王を倒して名声を得ることじゃないのか?」

「それは表向きの理由だね。私達の本当の目的は、魔王に対抗できる力を得ること。どんな敵がやってきても負けないって自他共に認められる実力を持つこと。それが勇者・・って称号の意味なんだ」


 確固たる意志を持って語るリエル。

 やはりそこに求めているのは単純な名誉欲などではないのだろう。


「だから、仮初の栄誉は要らない。欲しいのは勇気ある者で在ること」


 強く在りたいという思いはよくわかる。

 俺自身がそうだ。誰からも虐げられることのない強さが。

 それこそいつかはイチローを凌ぐ強さが欲しいと俺は願っている。


「ひとつ、尋ねてもいいか? もちろん応えなくてもいいが」

「いいよ。ヴィルくんには色々と秘密を教えてもらったからね」


 だから知りたいと思った。

 自分とは違う形で強さを願うその意味を。


「君達の目的は、イクスの本来の強さと関係あるのか?」

「あるよ。でも理由は言えない」


 肯定と否定を孕んだ回答が返ってくる。

 そもそもおかしかったのだ。このパーティにおいてイクスとそれ以外のポテンシャルには隔絶した差が存在する。


 だが実際の実力は真逆だ。

 イクスはパーティにおいて足手纏いどころではない、戦力として計上されてさえいない。


 戦力外の荷物持ちや案内役がパーティーに雇われる事はあるだろうが、どうしても彼等の関係性に違和感がある。

 このパーティはまるでイクスを戦わせない・・・・・為に、望んで他の四人が護衛を務めているように見えるのだ。


「まぁ、気づいているよねー。参考までになんで解ったのか聞いてもいい?」

「俺は《グラオム》という鑑定魔法が使える。相手の危険度をある程度可視化できる魔法だ」

「魔法ってやっぱり便利だよね。それにしても危険度・・・か、なるほど」


 正直、自分の手の内はあまり晒したくないのだが今更誤魔化す意味もない。


「はじめてイクスを鑑定した時は驚いた。君等も十分強敵だと思ったが、奴は隔絶している。正直戦って勝てる相手じゃないと心底思ったよ」

「アハハ、すっごい過大評価されてるなー。イクスのヤツ」


 確かに《グラオム》の結果を除外し観察した結果、イクスの実力は本人の自己申告通り一般人並みだろう。

 考えられるとすればゼータのように法術に長けているか、なんらかの特殊なスキルを有しているか。


 どちらにせよリエルの反応から、それは切ってはいけない切り札なのだと理解した。

 それを使わせない為に、彼女達は強く在ろうとしているのだ。


「ごめんね。これ以上は話せないかな」

「いや、十分だ。詮索してしまって済まない」


 それは元来部外者である俺に対し、秘するべきことだろう。

 こうしてギリギリの部分まで語ってくれたのはお互いに秘密を明かした事で信頼関係を得ようとする儀式に他ならない。


 だからこそ、あえてこれ以上探るつもりはなかった。

 これ以上秘密を暴こうとする行為は敵対行為と変わりない。

 故に暗黙の裡に今までの件は両者ともに不干渉を貫くこととなった。


「とりあえず、今後も今まで通り迷宮脱出を共に目指すって事で問題は無いか」

「うん、そうだね。さすがに今回の魔王退治は諦めざるを得ないだろうしね」


 あくまで一時的な共同。

 明日、フロアボスを倒せばそこまでの関係だ。

 それを過ぎればもはや互いに関わる事は無いだろう。


 そろそろ見張りの交代時間が近づいていた。

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