大魔王の正体を知りました

 とりあえず模擬戦も一段落って事で僕たちは再度全員で腰を落ち着ける。

 だいたいこっちの所為なんだが立ったり座ったりと慌ただしい事だね。


「確か奴はガイコクゴ……とか言っていたな。師匠みたいなモンに教わったんだ。覚えていれば役立つ時もあるだろうと言っていたが、まさか本当に使える日が来るとは俺も思っていなかった」


 すっかり仲間認定されたのか、ジュウゾーはさっきからヴィルの背中におぶさったままだ。

 本人はかなり鬱陶しそうに何度か引っ剥がしていたが、今は諦める事を知らないジュウゾーの為すがままだ。

 さっきまでの不機嫌さはありゃ何だったんだ?


「だとしてもジュウゾーちゃんの故郷くにの言葉を使える人なんて初めて見たわぁ」

「私達もあの言葉はちんぷんかんぷんなんだよねー。ヴィルくんのお師匠さんってもしかしてジュウゾーと同郷の人?」

「……いや、おそらく違う、と思う。肌の色も違うみたいだしな。そもそも彼女は何処の出身なんだ?」


 ふむ、そもそもヴィルはジュウゾーの正体に気付いていないのか。

 表情を見る限り心当たりもない様子だ。普通これだけ状況証拠が揃えば推測くらいはできる筈なんだが。


「あー、ジュウ坊は魔人族なんだよ。ここいらじゃあまり見ないし、変に怖がる人もいるから大っぴらには言ってないけどな」


 実際問題、人によっては魔人族を明確に迫害対象にしている場合もある。

 聖法教会に至っては明確に異端認定しているのでアイツラとはできるだけ関わりたくないんだよなぁ。


 その辺が少し心配ではあったのか、ヴィルはジュウゾーの素性を聞いてもよく解っていない様子だ。


「魔人族の国や集落というのはこの辺りじゃ珍しいのか?」

「海の向こうにあるって噂はよく聞くけど、実在しているかどうかすら不明なのよねェ」

「おそらく大災害・・・の影響でこちらに漂着したのか、本人も何処から来たのかよく解っていませんの」

「……そうか、大災害・・・で……」


 ジュウゾーを見るヴィルの眼差しに少しだけ同情的な色が混ざる。

 大なり小なり大災害・・・の被害に遭ったヤツは多い。

 同類相哀れむってワケでもないが同情的な気分にはどうしてもなるもんだ。


「天命、委託、是人生。ジエンテ、同士、邂逅、歓喜」

「そうか……あと、俺の事をジエンテと呼ぶな」


 ただ本人はまったく気にした様子はないらしい。

 ヴィルの視線も瞬時に苦々しいものに切り替わる。


「ええと、それでバタバタしちゃったけどヴィルくんは私達と一緒に行動してくれるって事でいいのかな?」

「ああ、特に問題なければ、こちらとしても望むところ、です」

「問題、皆無。ジエンテ、同行、歓迎!」


 反対派筆頭たるジュウゾーもすっかり意見を翻している。

 ただカイが心配そうな面持ちのままヴィルに確認するように尋ねる。


「でもヴィルちゃん本当にいいの? このパーティーの目的上、私達は魔王との戦闘も想定しているのよ」


 確かに、出遭うかどうかは運次第だが僕たちの目的は魔王打倒だ。

 出逢ってしまえば戦闘は不可避になるだろう。


「ヴィルちゃんの実力は疑っていないけど、状況次第じゃこっちの事情に巻き込んでしまう事になるけど…」

「それはお互い様だろう。それに魔王とやらに興味が無いわけじゃない」


 だがヴィルは気負う様子もなく応える。

 若干笑っている辺りジュウゾーと同じく戦闘狂のケがあるのだろう。

 やっぱりどこか似た者同士らしい。


「自信満々ですわね。でも相手は魔王。油断していると足元を掬われますわ」

「そもそも実力がどの程度かわからんので油断しようもないが、それでも君達の力があればどうとでもなるだろう」


 なんだか随分と実力を買われているようだが、僕たちそんな凄いとこ見せたっけか?

 まぁ確かに僕はともかくリエル達の実力は凄いんだろうけど。


「ダメだよヴィルくん。そう言ってくれるのは嬉しいけど魔王っていうのはそんなに甘いもんじゃないんだから」

「ふむ……そもそも君達が追っている魔王というのはどういうヤツなんだ。異能を持っているというが、どんな能力かは判明しているのか」

「そうね、出遭うにしろ出逢わないにしろ情報は正確にあったほうがいいわネ」


 それぞれ確認するように頷きあう。

 パーティーメンバー内では何度も確認した内容だ。

 僕が倒すべき敵。魔王の存在について。

 再度その名を口にすることで改めて自身の覚悟を決めるようにリエルが語る。


「私達が追っているのは魔王・・の中でも最凶と呼ばれる存在。かの大災害・・・を引き起こしたと言われる邪悪の化身。その名も大魔王・・・――」


 タナカイチ・・・・・ロー・・


 ●



「ブホッ!!!???」

「うわ汚ねぇッ!? なんだよいきなり!?」

「ゲホッ! ゴホッ! い、いや、スマン……不意に変な名前を聞いて思わず噴いてしまっただけだ。それだけだ」


 予想外の名前に思わず過剰反応してしまった。

 落ち着け。冷静になれ。よく似た名前の別人という可能性はないか。

 いやないな。こんなおかしな名前のヤツが二人もいて溜まるか。

 

「名前はともかく、その恐ろしさは折り紙付きですわ。何しろ一振りあるだけで世界を揺るがすと呼ばれる封印兵装を複数所持している事を確認されている存在なんて大魔王ローくらいですもの」

「……例えばなんだが、その大魔王とやらはどんな武器を持っているんだ?」

「噂だと、どんなものでも両断しちゃう『フォマルハウト』とか凶悪な悪魔を召喚できる『ゲルバドオラス』とか……そういった伝説でしか語られない武器をたくさん持っているらしいわヨ。まぁさすがに眉唾物な話ね」

「ふむ……ちょっと待ってくれ」


 慌てて話を遮り、ポケットに手を入れる振りをしつつ《ゲイグス収納》と呼ばれる魔法を発動する。

 《ゲイグス》は位相空間を操作する魔法だ。

 限りはあるが驚くほど多くの物品を重さや質量を考慮せずに収納し、持ち運ぶことのできる非常に便利な魔法だ。

 しかしその取扱い方にはやや癖がある。


 収納したものは拡張空間に手を入れながら頭の中でその物品を思い浮かべる事で取り出すことができるのだが、

正確な名称が解らなければ狙って選び出す事が難しいのだ。

 思い浮かべるのが「剣」とか「棒状のモノ」とか当て嵌まるものが多いと収納物の中から取り出されるものがランダムで選ばれることになる。


 逆に言えば正確な名前で判別することが出来れば瞬時に取り出す事が出来る。


 ある。

 『フォマルハウト』とやらも『ゲルバドオラス』とやらも、脳裏にその言葉を思い浮かべればすぐに手元に手繰り寄せる事ができた。


 あのバカ、なんてモノを人に預けているんだ!


 可能な限り冷静を装いつつ、俺は適当な布巾をポケットから取り出すと、それで口元を拭った。


「すまない、話を戻そう。その大魔王がとんでもない人物だという事は理解した。その上で君達の明確な指針を教えてほしいんだが」

「指針って?」

「あー、つまり君達はその大魔王を倒す事が目的なのか。それともヤツの持っている危険な武器が欲しいのか?」


 こいつらの目的がイチロー本人なら現状問題はない。

 なにしろ奴は既にこの世にはいない。会おうと思っても会えないのだから気にする必要はない。

 だが奴のもっていたヤバい武器のいくらかは俺が保管しているのだ。

 それが狙われているのなら溜まったものではない。


「魔王の持つ概念兵器の奪取……それが出来れば魔王の無力化も確かに可能かもしれませんわね」

「でもそれって結局倒す事と同じじゃないかしら。頼めば譲ってくれるってものでもないでしょう?」

「魔王、打倒。勝者、名誉、称号、取得、目的」

「うん、そうだね……魔王を倒さないと私達は勇者・・にはなれない」


 どうやらリエル達の目的は単純に絶大な力を持つ封印兵装というわけではないらしい。

 まぁ俺だってこんな危険物を手元に置いておきたくない。

 どこか安全に廃棄する方法はないものか。


 それはともかく、ふと気になった単語が出てきたので訪ねてみる。


「その勇者・・とはなんだ」

「そっからか……あー、なんていうか名誉称号みたいなモンだ。魔王・・を倒したパーティーや個人は勇者・・って呼び習わされる風習があるんだ」

「うん。そういう意味だと魔王・・を倒す事。それによって勇者・・になる事が私達の当面の目的なんだ」


 イクスの話しぶりからすると、どうやらこれも常識的な内容の話のようだ。

 しかしリエル達は魔王・・を倒して名誉を得たいのだろうか。

 普遍的な目的として解らなくもないが、どうにも彼等にはそぐわない内容のような気がする。

 まぁ出逢ったばかりなのだ、その心底を量るのは到底無理なことではあるだろう。


 だがそうなってくると彼等の当座の目的はどうあっても叶わない事になる。

 なにしろ件の大魔王は既にこのダンジョンどころか、この世界のどこを探してもいないのだから。


「ふむ……それだと倒すのは大魔王ローでなくてもいいのか。確か魔王は複数いるような話を先ほど聞いたが」

「そうですわね。魔王・・でさえあれば倒す事によって勇者・・になれる。その点で言えば大魔王ローに固執する必要はありませんわ。ただ問題がひとつ」

「ふむ、それは?」

「現在のところ、その所在がある程度確認されている魔王は大魔王ローだけなの」

「他の魔王と違って大魔王ローは派手なのよねぇ。各地でトンデモない事件と一緒の目撃情報がいくつもあるのよォ」

「国の討伐隊が何回か組まれたって話も聞くなぁ。ついぞ討伐されたって話は聞かないが」


 心当たりがある。

 イチローと一緒に旅をしている最中、何度か明らかにヤバそうな集団や暗殺者に襲われたことがある。

 その中には目の前の彼等と遜色のない実力の持ち主も多くいた。

 当然ながら俺なんかじゃ手も足もでないような相手だ。

 だというのにイチローはそれらをすべて鎧袖一触にしてきたのだが。


「ひとつ確認なんだが、封印兵装を持っているヤツは誰でも魔王・・になるのか?」

「と言いますと?」

「例えばの話、そこらへんの盗賊に封印兵装を拾わせた後に討伐すれば魔王を倒したことになるのか?」

「オマエ、なかなかにエッグい事考えんなぁ……」

「魔王かどうかを判別するのは神様ですからねぇ。所有しているから即魔王・・認定って事はないんじゃないかしら。まぁ魔王の身内・・・・・とかなら話は別かもしれないけどネ」

「…………うん、そうか。わかった」 


 ううむ、マズい。これはだいぶマズい。

 下手をすると俺自身が大魔王ローと誤認される可能性さえある。

 実際のところ俺の立場はヤツの弟子みたいなモンだ。

 後継と判断されたとしてもなんらおかしくはない。


 それにしても、魔王。

 魔王かぁ……色んな意味でトンデモない置き土産を残してくれたもんだ。

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