決闘を始めました

 とりあえず状況の把握に努めてみよう。


 俺にとっての究極的な目的は強くなること。

 グリント大迷宮からの脱出はあくまで当面の目的でしかない。

 だからこそ強者と戦う機会を得られること自体は望むところだ。


 結局のところ脱出経路に下層を選んだのは修行の継続が意識にあったからだ。

 そういう意味ではイチローとの別離は自身の成長という面から言えば良いタイミングだったのかもしれない。


 とはいえ俺は別に自殺志願者というわけではない。

 戦いに命を賭ける事を厭うつもりはないが、決死の戦いに挑むつもりは毛頭ない。

 何よりも生き残る事こそが戦いなのだ。


 その点から言えば現状でもっとも最悪の事態は目の前にいる最大の脅威――イクスと敵対する事だ。

 正直に言えばその実力に興味がないわけではない。

 とりあえず一度、背後から襲い掛かってみるかとも考えたが、それをやると死体となって転がる結果になるのは俺の方だろう。

 それを実行に移すのは迂遠な自殺とそう変わらない筈だ。


 故に当面イクスとの敵対だけは避けなければならない。

 例え他の四人を同時に相手取る羽目になったとしても。

 それが生きてこの迷宮を脱出する為の最低条件だ。


 だからこそ彼等と共同する事はこちらとしても望むところだ。

 イクス達を完全に信用したわけではないが、明らかに戦力に偏りがあるこの状況でわざわざこちらを騙すメリットもないだろう。

 何が目的だろうと必要ならば彼等は俺の事を囲んで叩いてしまえばいいのだ。それは非常に容易い事だろう。


 そう考えれば額面通りに受け取るならばこの褐色肌の子供と、一対一の模擬戦で済むのは僥倖だ。

 イクスが文字通りケタ違いなだけで、それ以外の四人も深層に挑む冒険者だ。

 《グラオム》で看破したその実力はどいつもこいつも化物染みている。

 素手の手合わせといえ、そのうちの一人と実際に矛を交えられるのはこちらとしてもありがたい。


「いいかジュウゾー。首は無しだ。ノーネックノーライフだからな、わかったな!」

「決闘、勝者! 相手、首、掲げる。至極、名誉!」


 ただ相手が非常にヤる気になっている事が一抹の不安を感じさせるが。

 戦うのはともかく勝てるかどうかは微妙なところなのだ。


 言っている内容は微妙に意味不明だが、その後もイクスの再三に渡る説得にジュウゾーはようやく納得したようだ。

 しつこく念を押すイクスを追い払うと彼女は模擬戦用の空いたスペースに十歩分の距離を挟んで俺と相対した。

 その様子は不満げではあるが、それでも戦いに向けて意識を切り替えるようにこちらに向き直ると歯を剥いて笑った。

 獣が狩りの獲物に向ける獰猛な笑みだ。


「待望、決闘、開始! 全身全霊、闘争!」

「テンション高いわねぇ。ちゃんと審判の判定に従うのよ。それじゃあ、はじめっ!」


 中央に立つカイの合図が響く。

 さて相手がどう出るかと身構えたところで、ジュウゾーが一気に肉薄してきた。

 十歩分の距離をわずか一足で。しかも真正面から飛び込んできた挙動に完全に虚を突かれた。


 高々と右手を大きく掲げた振り下ろしの一撃。

 慌てて背を逸らすように背後に大きく跳ねる。


 拳がこちらの前髪を掠りながら振り抜かれ、そのまま床に突き立った。

 硬い石床が拳を中心に陥没し、石つぶてが弾ける。

 とんでもない膂力だ。虚を突かれた結果反射的に回避したのが幸いした。

 もしも受けに回っていたら危なかった。


 というかそんな見た目で重戦士型パワータイプなのかっ、冗談にもほどがある!


 その見た目からてっきり素早さを生かした軽戦士型だと予想していたが完全に裏切られた。

 これでは素手だからどうこうという話じゃあない。

 あんな一撃をまともに喰らえば石床ではなく俺の頭が弾け飛んでいただろう。

 非難気味にカイの方をチラリと見るが試合を止める様子はない。


 いいだろう。

 だったらやってやるさ。


 ジュウゾーが見た目に反して凄まじい膂力の持ち主だったのは想定外だ。

 その所為で意表を突かれたのは確かだが、その事実は好都合だ。

 俺にとってはそちら・・・の方が戦いやすい。


 殴りかかった勢いのままにジュウゾーは更にこちらに接近してくる。

 結果的に素手で思いっきり石床を殴った形になるのだが、痛みを感じている様子は無い。

 どうやら打たれ強さも見た目相応ではないようだ。

 なら多少手荒に扱っても問題はないだろう。


 ジュウゾーはステップで位置調整を入れるとそのまま俺に向かって跳躍。

 空を切り裂くような勢いの後ろ回し蹴りを側頭部目掛けて放ってきた。


 やはり非常にモーションの大きな挙動だ。

 今度は足の位置はそのまま、上半身だけを使った必要最小限のスウェーでジュウゾーのソバットを躱す。

 当たれば骨の一本や二本では済まない威力だろう。

 正直冷や冷やしっぱなしだが、一発入れば終わりなんていう状況には馴れている。


 渾身の一撃を避けられたジュウゾーはたたらを踏んでいた。

 反撃に出るチャンスではあるが、俺は素手で相手を一撃で昏倒させるような膂力は持ち合わせていない。

 その隙だらけの背をトンと軽く押しやるだけに留めて、互いの距離を空ける。


 それを挑発と受け取ったのか猛々しい笑みを浮かべていたジュウゾーの表情に怒気が混ざる。

 裂帛の咆哮と共に滑るようなステップで彼我の距離を詰めるジュウゾー。

 速い。挙動も滑らかで一気に指呼の間へと迫られた。

 そのまま淀みのない動きでこちらへ目掛けて鋭い右ストレートが放たれる。


 まるで熟練の槍使いを思い起こさせるような鋭い一閃だ。

 体の中心線に向かって放たれる点の攻撃は回避しづらい。

 それを解ってやっているのか、それとも本能的なものか。


 結果的に、俺はその鋭く重い一撃を受けざるをえなくなる。

 だが、それも想定通り。

 掲げた手のひらで放たれた拳を受けるとそのまま半身を引くように威力を殺す。

 ジュウゾーにとってはまたしても空に殴りかかった気持ちだっただろう。


 俺はジュウゾーの伸ばされた腕に空いた手を絡ませながら、その体を沿うような形で回転。

 腕を極めたままその背中から地面へと押し倒す。


 ハンマーロックなどと呼ばれる拘束術の一つだ。

 まさかここまで綺麗に極まるとは俺も思っていなかったが、こうなってしまえばいくら腕力があっても振り解けるものではない。

 なんとかなったか、と安堵したのも束の間だった。


「グ、ギ、ギ、ガァァァッッ!!」


 抑えこんだままのジュウゾーから漏れる苦悶の声と共に力が張り詰められていくのが感じられる。

 力尽くで振り払うつもりか!?


「おいバカよすんだ、関節がぶっ壊れるぞ!」


 たかが模擬戦でそこまでしなくてもいいだろうに。

 拘束を強引に振り解こうと足掻くジュウゾーを抑えつける。

 一瞬、極めた関節を緩めるかと考えたがそれをした瞬間、即座に牙を剥いて反撃してくるだろう相手の姿が思い浮かんだ。

 クソッ、このまま戦闘不能にするだけなら楽でいいのに。


「はいそこまで! ジュウゾーちゃんの負けよ」


 判断に迷い、躊躇していたところで何時の間にかすぐ傍らに来ていたカイがようやく止めに入った。

 それ以上ジュウゾーが無理に動かないようにと抑え込む。

 途端に張り詰められていたジュウゾーの全身から力が弛緩していくのを感じ、すぐに拘束を解放すると念のため素早くその場から飛び退いた。


 追撃は無い。

 こちらが解放したのを見てすでにカイもジュウゾーから手を放している。

 だが先ほどまでの暴れっぷりが嘘のように、ジュウゾーはうつ伏せに倒れたまま微動だにしない。

 いや、よく見ると小刻みにブルブルと震えている。

 関節を極められたままアレだけ抵抗したのだ。どこか痛めたのだろうと思ったが。


「ニャアアアアアアア! ウワアアアアアアアアッッ!」


 鳴いた。いや、どうやら泣いているようだ。

 仰向けに寝がえりを打つとそのまま手足をジタバタさせながら泣き喚いている。


 なんだその反応は、子供かよ。いや、見た目完全に子供なんだが。

 こうなってくるとなんだかこっちが一方的に虐めたみたいじゃないか。


「デトラーゼナ ダ ガーデナ! ガーデナ エ ジエンテ!」


 泣き喚いたまま訴えるように叫ぶジュウゾー。

 酷い言われようだ。いきなり何を言い出すんだコイツは。


「エムズ ディド エ ジエンテ」


 変な誤解を生む前にきちんと言い返しておく。

 だが小さくつぶやいたこちらの言葉に、ジュウゾーはピタリと泣き止んだ。


 暴れるのもやめ、その顔に驚きの表情を浮かべ、まじまじとこちらを見てくる。

 なんだいきなり?


 周囲を見れば事の成り行きを観戦していたイクス達も目を見張ってこちらを見ていた。


 おい、なんだ。俺が否定したのがそんなにおかしいのか?

 こいつらは俺の事をそんな風に思っていたのか?


「お、おいヴィル。いまなんて言ったんだ」

「だから誤解だと言っているんだ。俺は変態じゃない」


 ジュウゾーを組み伏せたのは戦いの流れでそうなっただけだ。

 別に好き好んで押し倒したわけじゃない。


「いえ、そうではなくて……貴方、ジュウゾーの言葉がわかりますの?」


 ん? そういえばさっきはジュウゾーの言葉の意味がすぐに理解できたな。

 話し方も流暢だった気がする。なんでだ?

 

 妙な違和感に首を傾げていると、ぐいっ力強く引っ張られた。

 いつのまにか自分のすぐ傍に立っていたジュウゾーがこちらのマントを掴んで引っ張ってこちらを見上げていた。

 やめろ。その馬鹿力でやられると引き千切れかねん。


「変態、同士。我等、仲間……?」

「は? なんだって? 変態仲間って言ったか?」

 

 何故そんな同好の士を見つけたみたいなキラキラした目で俺を見るんだ。

 おい、なんだ、止めろ! くっつくな、さらなる誤解を生むだろうが。よじ登るな!

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