魔王退治にやってきました

 魔王・・というのは俗称だ。

 人知を超えた強大な力を有し、なんらかの大罪を犯した存在をそう呼び習わす風習がこの世界にはある。

 太古の昔に魔人族やモンスターさえ統べて、人類を破滅に追いやった存在に倣っているそうだ。


 ただし魔王が単なる凶悪犯罪者と区別される要因は罪の大小ではない。

 重要なのはどちらかといえば『人知を超えた強大な力』を有しているか否か、だ。


 例えばそれは太古の文明を滅ぼした禁術。

 例えばそれは神の造り出した恐るべき封印兵装。

 そういったものの悪用は容易くこの世界の法理ルールを崩壊させる。

 そのため、超常の力を悪用する存在は世界に仇名す『魔王』と呼ばれ、国や組織を問わず莫大な懸賞金を賭けられる討滅対象となるのだ。


「なるほど、それが魔王……」


 場所はさっきとおんなじ広場。

 立ち話もどうかということで休憩がてら焚火を囲んで僕らの目的をかいつまんでヴィルに語って聞かせることにした。


 元々この広場は九階層のフロアボス攻略前の拠点と定めた場所だ。

 ジュウゾーとゼータをキャンプの準備の為に残し、僕ら三人が軽く偵察に赴いたのが先の騒動の始まりだ。

 まさかいきなりフロアボスと戦う羽目になるとはあの時は夢にも思わなかったもんだ。


「ふふっ、子供の頃は『早く寝ないと魔王がくるぞー』なんてよく怒られてたわねェ。懐かしいわぁ」


 とは言え、話は思いのほか長くなった。

 それというのもヴィルはどうも常識に疎いらしく、村の子供でも知っている魔王がどういうものかすら知らなかった。

 勿論魔王を直接目にした人間はそうそういないだろうが、カイの言う通り物語や御伽噺の常連なのだ。知らない方が珍しい。


「そもそもの話だが、魔王かどうかというのは誰が定めて、いらっしゃるんだ? 国か?」


 あと言葉遣いがなんか変だ。

 人と喋り馴れていない感じがする。

 まぁ喋り方に関してはウチのパーティーメンバーもたいがい個性的なんだが。


「違うよ、ヴィルくん。魔王は神様によって認定されるんだよ」

「カミサマ? なんだそれ? そういう組織があるのか?」

「ええと、そうじゃなくて。ほら、世界創生の九女神とか、知らないかな?」

「魔王の選定に関しては一種の神罰とも言えますわね。世界に仇名す者に対する警句と考えていられますわ」

「……ああ、なるほど、あいつらの事か」


 納得はしたのだろうが、何故か苦虫嚙み潰したような顔で頷くヴィル。

 ヴィルは女神信仰には否定的なタイプなんだろうか。


「待てよ……魔王を退治しに来たと、仰ったな。ならその魔王とやらがいるのか、ここに?」

「ええ、それなりに信頼できる筋の情報から、この迷宮に魔王の一人がいるようですわ」

「本当に危険なの。だからヴィルちゃんも怪しい人に付いて行っちゃあダメよ!」

「ああ、十分に気を付けようと思います」


 ヴィルの様子を暫く観察して、カイとゼータも警戒を緩めたようだ。

 ただなぜかジュウゾーだけは警戒をといていない。うーん、悪い奴には見えないんだがなぁ。


「私達はこの後も魔王を探して最下層を目指すつもりだけど、ヴィルくんはこの後どうするの?」

「俺も最下層を目指すつもりだ。ここまで来た以上、脱出するならそれしかないと思っている」

「だったら私達と一緒に来ない! ヴィルくんみたいに強い人が同行してくれるとこっちも有難いし」


 その提案自体は僕も考えていたがリエルが切り出すのは珍しい。

 だいたいこの手の話に反対するのは用心深いリエルの役割だ。

 どうやら彼女は仲間を失って一人ぼっちなヴィルの境遇にだいぶ同情的な様子だ。

 ヴィル本人はあまり気にしていない様子なのでどうもすれ違いが起きている気がしないでもないが、わざわざ指摘する必要はないか。


「同行、断固反対! 決別、急遽実行!」


 対して普段こういうやり取りに無関心なジュウゾーの意思は固い。


「あらん、ジュウゾーちゃん。今日はなんだかずっとご機嫌ナナメねぇ」

「おいおい反抗期かジュウ坊。強い奴にケンカ吹っ掛けるのはいつもの事だけどワガママ言うのは珍しいじゃねえか」


 ジュウゾーは基本的にタダの戦闘狂だ。好嫌はあっても善悪にそこまで強いこだわりは無い。

 むしろモンスターだろうが強ければ彼女なりの敬意を持って相対するのが常だ。そこに人格は関係ない。


 だからこそ問われ、考えを巡らせたところで不思議そうに首を傾げた。

 どうやら彼女自身なぜそんなにもヴィルを敵視するのか理由が解っていないのだろう。

 生理的に無理というヤツだろうか。ちょっとヴィルが可哀そうになってきた。


「………決定! 決闘、実行! 勝者、願望成就! 敗者、首、献上、頂く!」


 だからこそ、考えた末にいつもの結論に至ったのだろう。

 ジュウゾーはヴィルをビシッと指さすと久しぶりに獰猛な笑みを浮かべた。


「待て……いま彼女はなんて言った?」


 ジュウゾーはまだこの国の言葉に慣れていない。

 ある程度の付き合いがないと確かにすぐさま理解するのは難しいだろう。

 説明を求められたゼータは視線をあちこちに彷徨わせながら、


「ええと、そうですわね。彼女は、そう。ヴィル様と一緒に訓練? 模擬戦? そういうもので親睦を深めよう、的な?」

「いま首がどうとか聞こえたんだが」

「彼女の故郷にある独自の風習のようですわね。スラングみたいなものですわ」


 どう考えても誤魔化しきれとらんだろうそれは。


「ちょ、ちょっとイクス、アンタ止めなさいよ。ジュウゾー係でしょ」

「いや、止まらんだろうアレ。頭の上に『わくわく』って出てるぞ」

「そんなこと言ったってこのままじゃあヴィルくんがぺしゃんこだよ! ぺしゃんこ!」

「ぺしゃんこ……とは?」


 不安を煽るな煽るな。

 青褪めるヴィルと今にも突撃しそうなジュウゾー、そんな二人の間にカイが割り込む。


「はいはい、落ち着きなさい。それじゃあこうしましょう、武器無しで勝敗は審判の私に従う事、それならどうかしら?」

「……了承。約束、遵守。決闘、執行!」

「いや、まだ受けるとは言ってないんだが」


 今のは提案はあくまでジュウゾーに向けたアピールだろう。

 カイは済まなさそうにヴィルに視線を送る。


「ごめんなさいねヴィルちゃん。ジュウゾーちゃんはああなっちゃうと止まらないから……でも安心して。危なくなったら私が命を賭けても止めるから!」


 素手同士なら元々無手を得意とするカイに一日の長がある。

 壁役の彼ならばいざという時体を張って止める事も可能だろう。

 無秩序にジュウゾーに襲い掛かられるより遥かに安全ではある筈だ。


「悪ぃヴィル。焚きつけておいてなんだが付き合ってやってくんねえか?」

「…………負けても首は無しにしておいてくれ」


 そういうとヴィルは諦めたように項垂れた。

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