鑑定魔法で調べてみました

 俺はここで死ぬかもしれない。


 何度も死にそうな目に遭ってようやくの事で隙を見せたサイクロプスを倒す事はできた。

 あんな化け物と正面切って戦えば到底無事では済まないと理解していたからこそ、さまざまな絡め手を用いた。

 狭い回廊におびき寄せたり、芋虫キャタピラーの群れを突っ込ませてみたり。


 だがどれも決め手には至らず、互いに無駄に体力を消耗する羽目になった。

 強靭な生命力を誇るサイクロプス相手に持久戦なんて冗談じゃない。

 だが撤退も視野に入れ始めたところでサイクロプスは突然こちらに背中を見せて走りだしたのだ。


 理由は解らないがチャンスだと思った。

 だが走り去るサイクロプスを追って回廊を抜け、広場に飛び出した瞬間、それが大きな失敗だと気づいた。


 もはや止まることもできない俺が勢いのままサイクロプスを倒せた事は幸運だった。

 一手でも間違えれば羽虫のように叩き潰されていたのはこちらだった筈だ。


 だが新たな敵がすぐそばにいる。

 しかもそれが五体・・


 視界は先程から白い霧のようなもので覆われていて朧げなままだが既に相手は臨戦態勢を取っていた。

 こちらの存在が気づかれていないということは無いだろう。


「《グラオム鑑定》」


 《グラオム》はイチローから教わった鑑定魔法・・だ。

 イチローがこの魔法を使った場合、相手の詳細な能力値やどのような特徴、特技が使えるかなどをつまびらかに出来たそうだ。

 見ただけで秘された相手の実力をすべて解明してしまうのだ。卑怯なんて言葉じゃ足りない性能だ。


 だが俺が使った場合は習熟度が足りないのか、そもそもの才能の違いか、相手の危険度が漠然と解る程度だ。

 危険度が高い相手ほど強く光る光点が見えるのだ。


 結果的に分かったのは五体それぞれが今倒したフロアボスと同等かそれ以上の実力の持ち主だと言う事だ。

 サイクロプスですら運よく隙を突いたからこそ倒せただけだ。

 ハッキリ言ってこの中の誰と一対一の状況になってもまともに戦って勝てるとは思えない。


「というか、なんだアレは……?」


 しかも、一つケタ違いなのがいる。

 《グラオム》が見せる輝きが眩しすぎて直視できない。


 一度、イチローに向けて《グラオム》を試してみたことがある。

 目が灼けて失明するかと思うほどの輝きにのたうち回った記憶がある。

 あれ以来 《グラオム》の光を凝視しない癖がついたが、その苦い記憶を思い起こさせるような眩さだ。


 戦闘以前の問題だ。

 イチローと同等の戦力だと仮定すれば逃走すら不可能。

 その強い輝きがゆっくりとこちらに近づいてくる。


 反射的に身構えるが冷汗が止まらない。

 イチローが消えてしまった時以上の明確な死の予感。

 いま心臓の動悸が止まっていない事が不思議だった。


「おおーい、アンタ。無事かー? こんなデカいの一人で倒しちまうなんて、すっげぇなぁ」


 《グラオム》の効果が消えた。

 強く眩い光が消え、霧の向こうから現れたのは自分とそう年も変わらないだろう少年だった。

 屈託のない笑みを浮かべながらこちらに語り掛けてくるその姿は人畜無害を絵にかいたような存在だ。


 そのあまりのギャップに完全に虚を突かれた。

 身構えたまま微動だにできず、ただまじまじと現れた少年を凝視してしまう。

 そんな俺の様子を見て、少年は慌てた様子で空いた両手を掲げる。


「わぁーっ! 待て待て! 敵対する気はねーよ。そっちの手柄を奪うつもりもない!」


 《グラオム》の指し示した危険度と目の前の少年から感じる雰囲気の違いに戸惑う。

 なんらかの擬態か、騙し討ちの可能性も脳裏をよぎったが、そんな搦め手に頼らざるを得ない実力差だとは思えない。

 むしろ奸計に頼らなくてはならない立場なのはこっちだ。


 そう考えるとこちらから軽率に敵対的行為を行うのは愚策でしかないだろう。

 表向きだけだとしても友好的な態度を取ってくる相手に応じないわけにはいかない。


 俺は神経を張り詰めながらも、ゆっくりと止めていた息を吐き、構えを自然体のものに変える。

 勿論いつでも動けるようにだが、果たしてそれがどれだけ意味のある事なのかはわからない。


「こちらも敵対する気はありません。獲物を横取りしてしまったのなら申し訳ない」

「え? いやいや、僕達はまだ何にもしてねーよ。気にする事なんかねーさ」


 言動だけを見るとどうやら人型のモンスターの類ではなく普通の冒険者のようだ。

 ただし深層を進む冒険者が善良とは限らない。

 常識的な人間が深層に至れる可能性は低いからだ。

 獲物の取り合いで殺し合いに至るケースは珍しくもないそうだ。


 あいつら事ある毎に襲い掛かってくんだよ、とはイチローがよく言っていた。


 正直なところ、受け売りな部分が大きい。

 過去に何があったのかイチローは人間不信のケがあり、基本的に人と関わり合いになろうとしなかった。

 普段は人里離れた未開拓地に作られた拠点を中心に、偶にダンジョンや秘境に旅立つことの繰り返し。

 その旅のさなかもできる限り人間とは関わろうとしなかった。


 七年前にイチローに拾われた俺も生活パターンは同様だ。

 それ以前の記憶は失っている為、そもそも対人関係というものに対するスキルはゼロだった。

 正直モンスターを相手にしている方が百倍は気楽である。


「いやぁー。しっかしまさかあんな一瞬でサイクロプスを倒しちゃうなんて夢にも思わなかったけどさ!」


 すっかり警戒を解いたのか、あっという間に親しげな様子でこちらの肩を叩いてくる少年。

 痛くは無い。痛くは無いのだが大型肉食獣に弄ばれている玩具の気持ちになる。

 うっかり力を籠めすぎて壊してくれるなよ、と心の中で願うばかりだ。


「ちょっとイクス! 先走らないで相手が何なのかもわからないのよ!」


 そこへ、新たにやはり同年代と思しき少女が現れる。

 先ほどの強大な実力の持ち主の一人だ。あとに続くように更に三つの影。


 明らかに近接戦に優れた惚れ惚れするような体格のヒト族の男。

 額に一対の角を備えた鬼人族の女。

 最後の一人は褐色の肌をした子供……? こんなダンジョンの深層に?


 全員が警戒も露わにこちらを見ている。

 特に褐色の子供は明らかな敵意を滲ませている。

 やはり見た目のギャップに戸惑いは隠せないが、この子供も警戒すべき実力の持ち主――の筈だ。


「大丈夫だって。ああ、そういえば僕の名前はイクスだ。アンタは?」

「ヴィル、です」


 そんな彼等を安心させるように殊更に親しげに振る舞うイクス。

 警戒はわずかに緩んだものの少女たちは不審そうな表情のままだ。


「そう、ヴィル。ええと……あなた一人なの、他のパーティーメンバーは? このダンジョンへは何しに?」

「今は一人、です。ここに来る途中にいなくなってしまって……それで、ここからの脱出を目指しています」


 当然だが疑われているのだろう。人によってはかなり不躾に感じる質問だったろうが俺はその問い掛けに簡潔に答えた。

 嘘ではない。実際にイチローはこの世界から跡形もなく消えてしまったので、今の俺に仲間はいない。


 変に疑いを持たれても困るし、この状態ですぐにバレるような嘘を吐いても仕方ない。

 そう思って端的に答えただけなのだが彼女は不審の表情を申し訳なさそうなものに変えて軽く頭を下げた。


「ごめんなさい。つらい事を聞いちゃったわね。私はリエルよ。よろしくね」


 後で聞いた話になるがリエルは嘘を検知できるスキルを持っているそうだ。

 嘘を吐かれた時に軽い違和感を覚えるスキルでそこまで正確性はないようだが、

 それによってこの時の俺の言動に嘘は無いと確認したのだろう。


 どうやら結果的に彼女の中で俺は『パーティーメンバーを亡くし、一人ダンジョンからの脱出を目指す憐れな冒険者』という立場に落ち着いたようだ。

 まぁ冷静に考えると内容は何一つ間違ってはいない。


 そんなリエルの嘘検知スキルの事は他のパーティーメンバーも認知しているのだろう。

 全体の警戒度合いが明らかに一段落ち着いたものになった。


「危険、警戒、即断、対応!」

「こらこら、ジュウゾーちゃん。ダメよそんなにケンカ腰じゃあ……」


 ただし褐色肌の子供は相変わらず敵意を剥き出しのままで、カイと呼ばれた大男に諫められていた。

 とりあえず一抹の不安はあるが一触即発の状態からは脱せられたらしい。


「……イクスたちはいったいどうしてこんな深層に?」


 ある程度落ち着きを取り戻した俺は先の質問に返す形でイクスに問い掛ける。

 冒険者がダンジョンに潜る事そのものは自然なことだが、明確な目的が解れば対処もしやすくなる。

 ここから逃げ出すにしても、戦うにしても、だ。


 だがこちらの問いかけに向こうのパーティーメンバーは若干複雑そうな表情を浮かべた。


「言えないようなら無理には聞かないが」

「ああ、いや、先に聞いたのはこっちだしなー」


 どこか気恥ずかし気な様子で頬を掻きながら、イクスは気恥ずかし気に答える。


「実は僕たちは、魔王・・退治に来たんだ」

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