冒険者達は迷宮攻略中です
「いやだぁあああああ! 死にたくないいいいいいいい!!」
リエルとカイの二人と並走しながら大いに後悔した。
どうして僕がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!
偵察くらいできらぁ、なんて見栄を張るんじゃなかった!
「うっさいわね! 死にたくなけりゃ死ぬ気で走りなさい!」
「死にたくない……こんなとこで死ぬくらいならせめて美少女のおっぱいを揉んでから死にたい……それなら悔いはない」
「ほんっと最低ねアンタ……」
何故か自分の胸を庇うように身を抱くリエルの視線が刺さる。
お、なんだいまるで汚物を見るかのような目線だね!
「すまないリエル。大小に貴賤は無いと僕は思うんだがやはり最期なら大きい方を揉みたい。おまえの気持ちは嬉しいが……」
「死ねっ! やっぱアンタ一回死になさいよ!」
「あらヤダ、そんなに顔を真っ赤にしてリエルたらウブね。ウフフいいのよイクス、アタシのだったら好きなだけ揉んでも」
走りながら隣をふと見ると厚化粧のゴツいオッサンが
「ヴオエエエエエエエエ!!」
「うわっ、きったな! ちょっとカイさん、味方にデバフ掛けないでよ!」
「相変わらずしっつれいな子達ねぇ……」
ハァハァハァ……あまりのショックに体が拒否反応を起こしてしまった。
まるで悪夢のような光景だ。隣の筋肉もそうだが、後ろからずっと僕達を追いかけてきている
体高だけでも僕の倍以上はある芋虫はそれだけでも恐怖の対象だが、それが何十と群れをなしてダンジョンの十歩分は横幅のある回廊を埋め尽くして追ってくる光景は地獄以外の何物でもない。
纏めた金の髪を揺らし、弓術士のリエルが先頭へと踊り出ながら叫ぶ。
「とりあえずこんな狭い場所じゃ戦いようもないわよ、もとの広場まで走るわよ!」
「うーん、さすがにアタシでもあれは止められないかしら、これはさすがに逃げるが勝ちね」
言うが早い、筋肉お化け――カイはそれは見事な走行フォームでダッシュ。
もののついでとばかりに途中でリエルを小脇に抱えると更に加速した。
全身ものすごい筋肉なのになんであんなスピードで走れるんだよアイツ。
そして結果的に最後尾に残される僕。
「ま、待てぇー! おまえら僕がここで死んだら絶対に毎晩枕元に立ってやるからなぁー! 絶対にだ!」
「こんなことで揺るがぬ決意表明してないでいいから必死に走りなさいよ!」
カイに抱えられたまま放たれたリエルの矢は僕の真横を駆け抜けて先頭の芋虫に見事に命中する。
だがそれだけだ。矢に穿たれた芋虫は紫色の血をまき散らしながら速度を落とすが、後から後から現れる新たな芋虫がそれらを踏みつぶしながらこちらに迫ってくる。
ヒィッ!? 今ちょっと齧られた! 齧られたよ!?
「回廊抜けるわよ! 備えなさい!」
薄暗い回廊から明るい広場へと抜ける。その明暗差に一瞬目が眩んだ。
広場に抜けれた安心感もあったのだろう。僕はその辺に転がっていた瓦礫に蹴躓いて盛大に転んだ。
「ぶべらっっ!!??」
「あ」
「あ」
派手に前方二回転半ひねりを決めて硬い床と抱擁を交わす。
前を見ればリエルとカイが「あ、コイツ死んだな」って憐れんだ目で僕を見た後、視線を逸らして走り去っていく。
いや、助けに来いよ!?
せめてそのフリくらいはしろよ!!
振り返ればいったいどれほど詰まっていたのか、回廊出口から溢れ出てきた芋虫の大群が津波のように視界を埋め尽くしていた。
「いやあああああああ! こんなとこで死にたくないィィィ!!」
「あなた乙女か何かでして――――《炎壁》」
呆れを含んだ高く済んだ声。
コン、と杖を床に突く音共に朗々と響いた声を共に噴き上がった炎の壁が突進してくる虫の群れと僕の爪先を焼いた。
「アッヅっい!!?? 熱気がすっごい!!??」
反射行動で転がりながら熱気の元からできる限り離れる。
その間にも大きく広がった炎の壁は、波涛のように迫りくる芋虫を一匹も通すことなく灼いていた。
「威力、驚嘆、絶景!」
「そんなことありませんわジュウゾーさん、残念ですけど虫を一匹灼き損ねましたわ」
転がった先、声の聞こえた方を見上げる。
そこにいたのは仮拠点としたこの広場に残っていた待機組の二人、ジュウゾーとゼータだ。
呵々と笑う銀髪褐色ロリはともかく、なぜか残念そうにこちらをじっと見つめてくる鬼人族の女。
なんだ、殺る気か。殺る気マンマンなのかこの野郎。
「クソ、ゾクゾクしやがる。美人じゃなかったらこうはいかねえからなゼータ!」
「いいからさっさと立ちなさい。いつまで無様な姿晒すおつもりです?」
「いや、そうは言っても、このアングルだと。もうちょい角度がなぁ……」
ズリズリと這ったままポジションを調整する。
ちょうど二人の足元に寝転がっていてローアングルポジションなのだが、意外とこれがもうちょい近づかないとスカート中身が、
ズダダン、と音を立てて三本の矢が床に突き刺さった。
いや石床なんですけどねココ。どんだけ威力込めてんですか?
もうちょいゼータたちの方にポジション調整していたら確実に脳天に突き刺さっていただろう。
まさに間一髪だ。
「ハヤク、オキル」
「ウス」
こちらに矢を番えたまま弓を向け殺気を漲らせるリエルの警告に迅速に応じる。
僕だって男だ。何もなさぬまま死にたくはない。
「装備確認? 下着、防御価値無し。不要、考慮」
そんな僕らのやり取りを見て、不思議そうにスカートをパタパタと翻すジュウゾー。
慌ててやってきたリエルとカイがそんな褐色ロリを止める。
「ちょ、やめなさいジュウゾー! イクスが見てるでしょーが!」
「そうよジュウゾーちゃんったら、レディーがはしたないわヨ」
「そうだ! もっと恥じらいを持て! 恥じらいを!」
「貴方がそれを言いまして?」
隠すから見たくなるんでしょーが!
わかるかな? わっかんねーか! このロマンチズムが鬼女にはわっかんねーかぁ!!
「ゼータちゃん落ち着いて。気持ちはわかるけどそんなもの殴っちゃ杖が歪んじゃうわよ、ね?」
「……ッ、失礼カイ。取り乱してしまいましたわ。それよりももうすぐ《炎壁》の効果が切れますわよ、如何いたしまして?」
咳ばらいをしてゼータが指示した向こう。《炎壁》の勢いは徐々に衰え始めている。
しかし芋虫の大群はいまだに後から後から《炎壁》に突撃しては消し炭となって焼死体の山を築き続けていた。
弓に矢を番えながらもリエルがその様子を見て呟く。
「ねぇ、これって《炎壁》重ね掛けしとけば全滅できるんじゃない?」
「効率、良し。ところがどっこい。我、活躍、披露、機会損失。残念」
「ジュウ坊はどこでそんな語彙仕入れてきてんだ?」
「いや、でもこれ何かおかしくないかしら?」
芋虫の大群は次から次へと炎の壁に突撃していく。
まさに骨すら焼くような近寄りがたい熱量だ。
いくら虫とはいえ近づく事を躊躇してもおかしくはないのだが、大量の虫達は躊躇なく《炎壁》に突撃していく。
まるで炎に焼かれて死ぬよりも、恐ろしいものから逃げるかのように。
「危険、強者、来る」
芋虫の大群、その向こうにある回廊を見つめてジュウゾーが呟く。
ジュウゾーは魔人族だ。それが種族由来のものなのか、それとも彼女個人の特性なのかは不明だが、彼女はある程度の強い気配を遠距離からでも感じ取れるらしい。
それにしても珍しい。
かなり戦闘狂のケがあるジュウゾーは強い敵に出逢った時には無邪気に笑う。
だが極稀にだがソレが本当にヤバい敵だった時、その笑顔はなりを潜め、真剣な表情に切り替わる。
今がまさにそれだ。
ここにいるメンバーはそれをよぅく理解していた。
パーティー内のどこか弛緩した雰囲気が霧散し、臨戦態勢に切り替わる。
「ゼータ、《炎壁》の維持をお願い!」
「もうやっていますわ!」
弓を構えつつリエルが指示を飛ばすなか、
前衛にジュウゾー。中衛に弓術士のリエル。最後衛に法術士のゼータという並びは最もスタンダードなフォーメーションだ。
僕? 僕はいつもどおりだ。
「《炎壁》」
ゼータが呪文と共に杖先を床に突く。
《炎壁》は再び炎の勢いを強め、芋虫の群れを更に焼き尽くしていった。
そんな炎の彩に照らされた回廊の奥から、それはゆっくりと姿を現した。
回廊は幅が約十歩、高さは約五歩分はあった。
それでも窮屈そうに身を屈め、這うようにして広場に現れたのは巨大な
広場に出たことでゆっくりと立ち上がったその手には齧り欠けた芋虫を握っている。
どうやら狩り兼お食事の最中だったらしい。
それにしてもデカい。通常個体のサイクロプスなら身長五、六歩程度あれば十分な巨体だが、目の前の奴は優にその倍はありそうだ。
正直ジュウゾーのいう強者の気配なんぞは直接見たところで僕にはサッパリわからないが、少なくとも尋常ではない存在だというのは一目見て解った。
「フロアボス……? なんでこんなトコまで出てきてんのよ!?」
ジロリと巨大な一つ目で広場を睥睨したサイクロプスは炭化した芋虫の山を見て絶叫した。
ビリビリと身体を震わせるような大音声と共に、右手に持った食い差しを《炎壁》に向けて投げつける。
まるで砲弾を撃ち込まれたかのような破裂音と共に盛大な火花が散った。
「ねぇ、なんかアイツめちゃくちゃ怒ってるんだけど!?」
「おいおいシェフ、お客様はどうやらウェルダンはお好みじゃなかったみたいだぜ」
「わ、私の所為ではございませんことよ!?」
地団太を踏むように床を踏み鳴らしたサイクロプスの瞳が怪しく光る。
次の瞬間、咆哮と共に収束した光線がその一つ目から放たれた。
「ちょっと、冗談ですわよね!?」
放たれた光線が一直線に《炎壁》に突き刺さる。
ほぼ同時にゼータが杖に力を籠め対抗しようとしたが拮抗は一瞬だった。
爆発音が轟き、衝撃が周囲を吹き抜ける。
先頭のカイが微動だにしなかったのは流石だが、術理を失った《炎壁》は跡形もなく砕け散っていた。
放たれた光線には冷気属性があったのか、周囲は濛々と立ち込める蒸気で覆われている。
それらを切り裂くように更に一歩を踏み込んだサイクロプスの巨大な影が雄叫びを上げた。
「みんな、来るわよ!」
カイが自身をも鼓舞するように叫んだ。
だが強敵との戦いに皆が身構える中、ジュウゾーだけは静かにじっと見つめていた。
サイクロプスが現れる前から、サイクロプスが現れた後も、ずっと。
闇色に染められた回廊の奥底を。
「否定。危険、強者、来る――今」
僕ですら感じる怖気と共にソレは現れた。
暗い回廊の奥、その闇が固形化したかのような真っ黒な塊がサイクロプスに向かって飛び出した。
いまだに濃い霧のように広がる蒸気が視界を遮り、仔細は解らない。
辛うじてそれが黒いマントを背負った――少なくとも外見だけは――人間だと理解できた。
だが理解できるのはシルエットだけだ。凄まじい速度で駆けるソレは巨大なサイクロプスに肉薄すると手に持ったこれまた漆黒の剣を一閃。
的確に足の健を切り裂いたのだと、後でジュウゾーから聞いた。
糸の切れた操り人形のように、その巨体が跪いた。
サイクロプスは背後からの突然の強襲に振り返りざまに腕を振り回す。
だが片足の自由が効かなくなった状態の動きは巨体のバランスを大きく崩す切っ掛けとなった。
転ぶように大地に突かれた片手を足掛かりに黒い影が跳ぶ。
跳ねのけようと暴れまわるサイクロプスの手を躱し、一気に駆け上がった勢いのまま、黒い剣がサイクロプスの巨大な一つ目に突き立った。
サイクロプスの絶叫が。怒りではなく、痛みと恐怖に彩られた断末魔の雄叫びが響いた。
体を震わせるの大音声に、しかし影は動じることなく眼球に突き刺したままの黒剣を捻ると頭蓋を切り裂くように振り抜いた。
長く尾を引く悲鳴が途絶え、生命が事切れたのだと解った。
ズンと大きな音を響かせ、その巨体が倒れ伏した。
『グリント大迷宮』第九層に控えていたフロアボスはこうして打倒された。
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