エンドレス・パレード ~異世界転生は終わりました~

@yu-kiyu-ki

魔王とはりぼての勇者

異世界転生は終わりました

「……あの時とおんなじだ! 異世界への扉だ!」


 本当に死ぬかと思った。

 それほどまでにこの階層ボスの大百足は強敵だった。


 だが死力を尽くして戦った跡に残ったのは勝利者へのわかりやすい報酬ではなく、空間に突如出現した黒い大穴だった。


「やった! これでこのクソみたいな世界とはおさらばだ! ザマァみやがれあのクソ女神どもが!」


 だがそれこそを待ち望んでいたのだと、タナカ・イチローはこの世界への呪詛を繰り返しながらガッツポーズを取っていた。


 しかしその余韻に浸る間もなく事態は進行していた。

 突然目の前の空間に穿たれた大穴はゆっくりと、だが確実に縮んでいた。

 今はまだ人ひとり余裕で通れる大きさはあるが、この現象はそう長く持たない。

 この不可解な現象を初めて目にするものでもそれは明らかだった。


「……やべぇ!? グズグズしてる暇はねぇな! 行くぞ!」


 この日を一日千秋の思いで待っていたのだろう。イチローは焦りながらも反射的に大穴に向けて駆け出した。

 その先に何があるのかを彼は彼なりの理屈で知りえていたのだろう。

 だからこそ、その行動に迷いはなかった。


 だが大穴に飛び込んだその瞬間、彼は何かを思い出したようにこちらを振り返る。


 目が合った。

 

 そこでようやくイチローは忘れ物を思い出したかのような顔で、


「え、ヴィルはついてこねえの――」


 大穴が消えた。

 同時に自称・異世界からの来訪者タナカ・イチローもまたこの世界から消えた。


 そうして後に残されたのは急転直下する事態についていけず、ただ茫然と事の推移を見守ることしかできなかった俺だけだった。


 ●


 ヴィルという名前はイチローが付けてくれたものだ。

 その由来を聞いた際は正直その名づけ方は人としてどうなんだと思った。


 とはいえ七年前に大災害・・・で記憶を含めて何もかもを失った俺に生きる術を教えてくれたのはイチローだ。

 結果的にかすり傷しか付けられなかったとは言え、なぜ自分を殺そうとしたガキを奴が育てようと思ったのかは正直わからない。

 だが、歪にとは言え育ててくれた事には感謝はしているし、いつかは何らかの形で借りを返したいとも思っていた。


 しかしこれはあまりにもあんまりではなかろうか。


 今いるこの場所は国内でも有数の難易度を誇るダンジョン『グリント大迷宮』の第八層。

 当然ながらそこらの若造がたった一人で辿り着けるような場所ではない。

 それは裏を返せばこの場からそこらの若造がたった一人で生きて帰る事のできる場所ではないという事だ。


「まじかよ……」


 イチローが異世界――『ニホン』なる場所からの迷い人であることは本人が語っていた。

 正直なところ、その辺りは半信半疑ではあったのだが、彼の目的が『ニホン』への帰還であることは常日頃から熱く語っていた。

 だからこそ時間さえできれば奴は帰還の手がかりを求めてこの世の神秘が眠る場所――ダンジョンへと赴いていた。


 修行を兼ねてと俺も連れ回されるのだが、ハッキリ言って奴と比べれば俺なんか足手まといでしかない。

 それでも常軌を逸した強さを誇るイチローはこのグリント大迷宮を余裕で攻略していた。

 先の大百足戦に限っても、かすり傷ひとつ追う事もなく敵を圧倒していたのはイチローだ。

 一応俺も参戦していたが、戦力になっていたかは甚だ不明だ。


 そして、そのイチローは消えてしまった。

 ニホンに帰還する事が奴の大望だったのだから、もしそれが叶ったのだとしたらそれは喜ばしい事だ。

 あのタイミングでは時間が無かったのも頷ける。

 もしかしたらイチローは自分も迷いなく付いてくると思っていたのかもしれない。


 それでも必死前提の迷宮深層に置いてけぼりを食らった身としては盛大な溜息をつかざるを得なかった。


「待て、落ち着け……まずは状況と装備の確認だ……」


 その場に膝から崩れ落ちそうになる自分を叱咤して周囲を見回す。

 敵影はなし。

 ダンジョンはそれぞれに個性・・が存在する事もあるが、このグリント大迷宮はオーソドックスな構造だ。

 階層ごとの深奥にフロアボスと呼ばれる強大なモンスターが現れるが、この階層の主である大百足はたった今倒したばかりだ。

 油断はできないが暫くの間は敵に襲われる心配は無いだろう。


 当然ながら周囲を見渡しても大穴はすでに影も形も見当たらない。

 本来なら存在すべき大百足の死骸や宝物品ドロップアイテムも存在していない。

 視線の先、五十歩ほど向こうには下層への階段らしきものが現れており、同様に背後にはここまでやってきた回廊がある。ほかに道はない。


 とりあえずの安全を確認した俺はその場に腰を下ろして装備を検める。

 手持ちの装備は黒鉄鋼の飾り気のないショートソード――特に目立った性能は無いが扱いやすい愛用の剣だ。

 動きやすさ重視の革鎧はここまでの過酷な行程と大百足の溶液などによって所々破損が見られるが装備しないよりかはマシだろう。

 その代わりに対燃性能の高いマントは見るも無残な状態だったので性能が一段落ちる予備のものと入れ替える。

 アミュレットの類に問題は無し。携帯食料の残りは心許ないが回復用のポーションの類はありがたい事にまだまだ余裕がある。


 基本的な装備を確認したところで状況はまだ最悪ではないとようやく人心地つくことができた。

 イチローの離脱が最悪一歩前の状況ではあるが、今更考えたところで仕方ない。


 実のところ《ゲイグス収納》の中には他にもイチローから預かっている武具やマジックアイテムがいくらか眠っている。

 いずれも切り札となりえる強力な代物だ。

 とは言え、強力だからと言って十全に使えるわけではない。

 中には癖が強すぎて下手に扱えば自爆必死な代物もある。

 それらはあくまで最終手段として使うとしても当面は手慣れた装備に頼った方がいい。


「さて、それじゃあ問題はどっちに行くかだが……」


 下層を進むか、上層に戻るか。

 通常ダンジョンは奥深くに進むほど出てくるモンスターも比例的に強力になっていく。

 深淵迷宮たるこのダンジョンの場合、当然下層に進むほど難易度は上がるだろう。


 ならば上層に戻るのが当然かもしれないが、現在地点が八階層なのが問題だ。

 グリント大迷宮は各階層を自由に行き来できる転送機能が使えない。

 その為ここから上層経由で地上に帰還するには八階層を登らなければならない。

 当然ながらかなりの長丁場となる。

 食料の残りが心許ない現状、無事に帰還できる可能性は低い。


 逆に下層に進んだ場合、目的地は十階層となる。

 どのダンジョンでも最下層まで進みフロアボスを倒せば、地上へと転送することが可能だ。

 グリント大迷宮は攻略自体は過去に幾度となく行われている古いダンジョンだ。

 その情報に齟齬はないだろう。


 ただしその場合は当然ながら最下層のフロアボス。

 つまりはこのダンジョンで最も強いモンスターを倒さなくてはならない。


 先に戦った大百足より二段階強いフロアボスの戦力を予測し、自分の実力を鑑みて、ぎりぎり不可能ではないだろうと判断する。

 ただ当然ながら九階層のフロアボスも道中のモンスターも一筋縄ではいかないだろう。

 無事に最下層まで辿り着けるかどうかすら賭けになるだろう。


 はっきり言ってどちらを選んだとしても生還は難しいかもしれない。

 だが、それでも――


「迷った時は、テキトーに選べ」


 イチローがかつて言っていた言葉を旨に、俺は下層への階段に向けて歩を進めた。

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