魔法の勉強はじめました
「そちらの事情はだいたい理解した。まずは最下層を目指す。その途中で魔王と対峙した場合交戦する。その認識で間違いないか」
とりあえず諸々の事情は一生腹に抱えていくことにしよう。
なぁに、バレなければどうとでもなる筈だ。
どうせ魔王には出逢わないのだ。最下層まで下りればそこで彼等ともオサラバだ。
「ええ、それで構わないわ。正直この階層まで追いつけてないのなら魔王は既にこのダンジョンを去っている可能性もあるしね」
確かに。もしイチローが順当に攻略していたならば既にグリント大迷宮は攻略済みだろう。
状況的に後追いである彼等にこの九階層で追いつかれたのは俺一人になった事で進行速度が落ちたが故だろう。
「それで、どうする。すぐにでも出発するか。俺の方は特に問題ないが」
「申し訳ないんだけど、よければ一度野営がてら休憩を取りたいの。ここにくるまでかなりの強行軍だったから」
確かにリエル達の身体には激戦を思わせる名残がこびりついている。
聞けばこの階層でようやく拠点を確保して腰を落ち着けようとしたところで芋虫の大群に襲われたり、フロアボスの強襲に巻き込まれたりしたそうだ。
「殆ど俺の所為だな。巻き込んでしまって申し訳ない」
「いいのよぅ、気にしなくて。でも水浴びはなんて贅沢は言わないけど、いい加減身体を拭くくらいはしたいわねぇ」
カイの言葉に向こうのパーティーメンバーが揃って深く頷く。
どうやらだいぶくたびれている様子だ。
「ふむ、そういう事なら気休め程度だが……《
●
こちらに手のひらを向けてヴィルが何事かを呟いた途端、僕達の全身が淡い光に包まれた。
見れば身体や装備について埃や汚れが光に溶けるように消えている。
「うわぁ、ビックリした! なんだコレ」
「浄化
「へぇ、ヴィルちゃんは法術も使えるのね。凄いじゃない」
「法術……? いや、俺が使えるのは生活用のちょっとした魔法くらいだ。戦闘に使えるようなものは覚えていない」
「え、いや、とんでもないわよ、この法術!? すごく助かる!」
見ればリエル達の髪艶なんかも明らかに輝いている。
まるで風呂に入って丹念に磨き上げたかのようだ。
その効能にリエルはかなり興奮しているようだ。
まぁ確かにこの法術があれば旅の間もかなり清潔を保てるだろう。
「それにしても魔法ってだいぶ古めかしい言い方だな」
「そういえば小さい頃に隣近所のお婆ちゃんがそんな風に言っていた気がするわねぇ」
「そんなことよりゼータ。あなたこの法術は使えないの? ん、ゼータ?」
カラーン、と硬い音が響いた。
見ればゼータが取り落とした杖が床に跳ねる音だった。
すわ何事かとゼータの様子を見れば彼女は愕然とした様子で淡く光る己を見つめ、わなわなと震えていた。
「……エ、
「なんだって……?」
突然どうしたっていうのかこの鬼娘は。
「ヴィ、ヴィルさま。貴方はこの法術……いえ、魔法をどうやってお習いになって。いえ、これがどういうものかご存じでして!?」
「え、は、いや、これは師匠から習ったもので、まぁ便利な魔法だなと思ってはいるが……」
鬼気迫る様子でヴィルににじり寄る、肩を掴んでがくがくと揺さぶるゼータ。
こいつがここまで取り乱すのは珍しい。
「ゼータ、冷静、取得。ジエンテ、拷問、微妙」
皆が呆気にとられる中、ジュウゾーがゼータを諫める。
それで少しは正気に戻ったのか、力強く握っていたヴィルの肩から手を離した。
「も、申し訳ありません。取り乱してしまいましたわ……」
「いや、大丈夫だ。それにしても、これはそんなに珍しい魔法なのか?」
「珍しいなんてもんじゃありませんでしてよ!?」
ただ興奮は抜け切れてないのか、言葉遣いが少々おかしかった。
そんな彼女の訥々と語った内容を説明するとこうなる。
この世界には超常の御業を引き起こす技術が二つある。
一つは法術であり、もうひとつが
発動に精神力を用いる事や、超常現象を発生させる結果が似通っている為、民間伝承の多い田舎などではそれらを混同して
だが基本的にそれらはまったく別の事象なのだそうだ。
法術はこの世界の
一般的に呪文を唱えるなどして奇跡的な事象を引き起こす技を主に
対して
ゼータはともかく僕はその詳細はよくわかっていない。
それというのも、この二つの技術の差異は大小さまざまあるが、もっとも解りやすいものが一つ。
それは法術はヒト属だけが、魔術は魔属だけが扱える技法だということだ。
過去の歴史の中、数多の研究が行われてきたがこの真理を覆すことのできた事例は一度もない。
「つまりは俺が使っているのは魔法ではなく法術だという事か?」
「いいえ、違いますわ。貴方が使っているのはおそらく古代語魔法。古の時代にあったと推測される根源的な神秘そのものですわ」
だが法理協会の最近の学説によると、そもそも法術と魔術は根源的に同じものだったのではないかと考えられている。
遥か昔に同じ神秘を起こしていた
「なんつーか、それまた聖法教会の連中がグダグダ言ってきそーな内容だな」
「バチバチにやりあってますわよ。まぁ常の事ではありますけれど」
「そもそも『ほーりきょうかい』と『せいほーきょうかい』と言うのはなんだ? 別の組織なのか?」
法理協会は簡単に説明すると法術関連の学術機関だ。
法術の研究や解明を行い、知の深淵を求める人達が集まったギルドのようなものだ。
研究対象は多岐に渡り、その中には魔法や魔属に関する学説も多くある。
ちなみにゼータもそこに所属している研究員だったりする。
対して聖法教会は
神が定められた法理を遵守する事が至上であるとの教義を掲げており、そこから外れたモノや思想は異端であり邪悪だと断じている。
その中でも魔属や魔法といったものは存在そのものが彼等にとって邪悪であるらしい。
とはいえ表向きは法術を使った慈善事業などを行っており、信者数は国内の宗教組織の中でも2番目に多い。
多くの信者は「ルールをきちんと守る」という教えを守る善良な人々なのだ。
しかし一部の過激派などが非常にタチの悪い奴なのでできるだけ関わり合いになりたくはない。
どちらも法術のエキスパート集団なのだが、思想上の理由によって両組織の仲は非常に悪い。
「話が逸れましたわね。ヴィル様が先程された発動詠唱『ペリオール』は古代真言……太古の言葉で『浄化』を意味する言葉ですわ。ですが古代真言によって発動される法術なんて私は寡聞にして知りませんわ」
その他にも発動術式や干渉方法など、類似点はあっても明らかに既存の法術とも魔術とも違う技術が使われている。
「おそらくは、これこそがすべての術式の原型たる
わなわなと震えながら感極まったように囁くゼータ。
それを受け、ヴィルは一度情報を整理するように、ふむと一度頷くと。
「その魔法が使えると戦闘の上で何か有利になるのか?」
「え? どうかしら……? そういう意味ですと体系上、法術と魔術の両方の性質を持っている筈ですから汎用性はある筈ですが、研究などの先鋭化が継続して行われてない以上、戦闘力の特化という意味では現代法術などの方が進んでいるのではないかしら? 覚えている魔法次第かも知れませんわね」
学者肌の面が出てきたのか、ヴィルの言葉を切っ掛けにぶつぶつと持論を呟くゼータ。
だがそれを聞いたヴィルは至極つまらなさそうに軽く溜息をついた。
「そうか、戦闘力の向上に寄与しないならどうでもいいな」
「は、はぁーっっ??!!」
完全に興味を失った様子のヴィル。
再びその肩を掴んでガクガクと揺さぶりながら、
「貴方、これが、歴史的にどれほど貴重で、有意義な発見かわかっておりませんの!!??」
「いや、知らない。興味もない」
「なんなんですの!? なんでこんな方が法理の深淵とも呼ばれる古代魔法の使い手なんですの!?」
カルチャーショックにゼータの精神が崩壊寸前だ。
ちなみに先の引き留め役だったジュウゾーは長い魔法講座に飽きたのか今はスヤスヤと熟睡中。
「貴方にその魔法を教えた師匠様とはどなたでして? お会いする事はできませんの!?」
「師匠の事は言えない。それにもうこの世の人じゃあない、会えるものなら俺が会いたいくらいだ」
その返答に、ゼータも言葉に詰まる。
自分が冷静さを欠いていた事にようやく気付いたようで、ヴィルの肩から手を離すと明らかに気落ちした様子で首を垂れる。
「申し訳ありません。無神経なことを聞いてしまいましたわね」
「ん? ああ、いや、そういう意味で言ったわけではないんだけど……」
しかしゼータとしてもこのまま諦めるつもりはないのか、その手を取ると懇願するようにヴィルの事をまっすぐ見詰める、
「ヴィル様。お願いですわ。私に魔法を教えてくださいまし。代わりになんでもいう事を聞きますから!」
「え? いまなんでもって言った?」
「イクス、いい加減にしときなさいよ」
ウス、すみません。
もうふざけませんから鏃をこっちに向けるの止めてくれません。
「うーん、何でもと言われてもな……」
「でしたらこちらの代償はは戦闘に使える法術の手解きなど如何です? ヴィル様はそちらに方が興味おありのようですし?」
「そもそも俺も聞きかじっただけだからキチンと教えられるわけじゃないぞ、それでもいいのか?」
「ええ、もちろん構いませんわ! 実際に使える古代魔法なんて、どんな些細なことでも真理究明の手掛かりになりますもの!」
そんな感じで結果的に二人はお互いの得意分野を教えあう事になったらしい。
ひとまずはこれで一件落着でいいのか?
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