第4話 (1)
子供のころ、ぼくには友達がいなかった。
幼い時分から妙な性格をしていたせいだろう。同年代の彼らはぼくをあまり遊びに誘ってはくれなかった。
し、ぼくからも進んで彼らと交流を深めようという気持ちはなかった。
そんなぼくを見て、信乃メイはいたく上機嫌だったのを、憶えている。
信乃メイ――ぼくの幼馴染。ぼくが小1だった時代から、彼女は近所に住んでいて、ぼくの周りを着いて歩いてきた。
彼女もまた、友達がいなかった。
それは年齢を重ねるにつれて悪化していったように思える。
信乃メイ、彼女は醜い女だった。
幼少の頃から、その容姿は特段に悪かった。
そのせいか、よくいじめられていたことを記憶している。
裸足にびしょ濡れの恰好でにへらと全く危機感のないふやけ顔を彼女が浮かべていたのがやけに記憶に残っている。
ぼくはそんな彼女の横を無表情で通り過ぎる。
彼女はにやけ面のまま、裸足でぼくの後ろについてくる。
今思い返すと、ぼくはこのころからひとのこころを持たないやつだったのかもしれない。
メイがいじめられていることをぼくは知っていて、我関せずを貫いていたのだ。
ある日のこと、ぼくのいえ、ぼくのへや。
ぼくは椅子に座り、メイは床に座っている。
その日のメイも、へなへなとしたにへら笑いを浮かべていた。
メイは少々、頭が足りない。
ぼくがメイを邪険に扱っていることに気づかないのだろうか?
それとも気が付いているうえで、へらへらぼくに付き合っているのか。
そうかもしれない、メイには友達がいないから。
そんなふうなことをいうとメイは、自分にはカイが知らない友達がたくさんいるのだといった。
ぼくはその言葉を鼻で笑った。
その言葉がある意味で真実であると知るのは、もう少し先のことだった。
とにかく。
ぼくはメイのことが好きではなかったし、なんなら見下してさえいた。
メイが死んだときだって、涙のひとつも流さなかった。
ぼくは、そういう類のにんげんなのだ。
※
「招集だよ。唯漣君、最終決戦が始まるんだ」
当麻舞委員長は唐突にぼくの目の前に現れていきなり告げてきた。
異世界に飛ばされて、半年。ぼんやりと旅を続けてきて、いつの間にかそんなに時間がたっていたのかと気づく。
と同時に思いのほか早かったなとも思う。
ぼくの預かり知らないところで委員長をはじめとしたクラスメイト達は強大な敵を打倒したり、この世界の謎を解き明かしたりとかそういった本筋の冒険を繰り広げていたらしい。
「最終決戦の地は始まりのまち、王都。この地の地下からまもなく厄災の王、ヴォーディゲンバルド」
「俺のお父様じゃん」
「……これを打倒せしめし時、再び異世界の門が開かれ、此方と彼方の因果が――」
「委員長、なんか口調かわったね」
「真面目な話をしているんですけど! 最終決戦だから猫の手も借りたくてわざわざ唯漣君を探しにきたんですけどぉー⁉」
というわけで、王宮に戻ってきた。
王都、と呼ばれているらしい王宮の城下町は既に住民の避難が完了しており猫一匹いやしなかった。
ちなみに王様から掛けられていたぼくらへの殺害命令はいつのまにか撤回されていたらしい。半年の間に本当に色々あったみたいだ。
ちなみに半年ぶりにあったクラスメイト達はあんまり変わった感じはしなかった。
へらへらしてるし、なんかにぎやかだ。
大冒険の果てに大きな成長を遂げた感じはあんまり見受けられない。
しかし、この中にネモの町を粉砕した奴がいると考えると、思うところが――――、いや、ない。あるわけがない、ぼくはそんな殊勝な奴ではないはずだ。
大して挨拶することもなく、ぼくはさっさと用意された自室に向かうことにした。
「いいのか? 友達なんだろ?」
リナリアがそんなことを言ってくる。精霊(厳密には違うらしいが、良くは知らない)のくせによっぽど人間臭い。
「ぼくに友達はいないよ」
※
川の傍らに佇むメイの姿が見える。
メイはゆっくりと川の中に足を踏み入れる。
すこしずつ、その体が沈んでいく。
メイの姿が完全に沈んでいくまで、ぼくはただ見ているだけだった。
※
目を醒ます。厭な夢を見た。
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
リナリアはどこか? まあ別にいいか。
ふと、扉をたたく音がした。
ガチャリと扉を開ける。
委員長だった。
「いまいい?」
「いいよ」
豪勢な王宮の一室、委員長は近くに備えてあった豪勢な椅子に座って、ぼくはさっきまで寝ていたベットに腰かけた。
「もうすぐ、この長い闘いの日々も終わる」
「そうみたいだね」
「……無感動だね、唯漣君」
「まあ、ずっとそこらへん関与してないから」
「だよね」
はははと、委員長は乾いた笑いを浮かべた。
変わらないクラスメイト達と、先ほどはおもったけれど、委員長はよく見ると記憶より老け込んでしまっている。
「唯漣君はさ、いままで、どんな冒険をしてきたの?」
「別に、だらだらと旅をしていただけだよ。リナリアには完全体になるって目標があったけど、ぼくには特に何もなかったから。ただ彼女に付き合って漠然と旅をしていただけ」
「はは、お気楽だね」
「……」
委員長の言葉にこもった棘に関しては流してやることにした。彼女の苦労はその老け込みを見ればわかるし。
実際、ぼくはお気楽だったのだろう。
委員長たちがしてきた冒険に対して、ぼくのそれは、ほんとうに何のあてのないもので、語って聞かせるような話なんて本当にないのだ。
唯だらだと時間だけを浪費するような旅だったのだろう。
「そういう委員長は?」
「私? 私かぁ、……色々あったよ。うん。色々、思い出したくないな……あんまり」
「そう」
「うん」
沈黙が部屋を支配した。
静寂の遠くで、クラスメイト達のバカ騒ぎだけがきこえてくる。
「ねえ、唯漣君」
静寂を先に切り裂いたのは委員長のほうだった。
「私に、してほしいことってない?」
「……ないよ」
「ほんとに?」
食いかかるように立ち上がって委員長は言う。そのうえでぼくは言う。
「そんな、今にも舌を噛み切ってしまいそうな顔をした人間に何を頼むっていうの?」
委員長は弱弱しく座りなおした。
そしてひどく項垂れている。
そしてぽつりぽつりと言葉を溢し始める。
「私、処女じゃないんだ」
「ふーん」
「おどろかないね」
「……………………べつに」
「いいよ別に。私のこと、ビッチだって思ったでしょ? 女子はみんな私をそういってる」
彼女は上を向いた。そこには天井があるだけだ。
「唯漣君がいなくなってそんなにたってないころ、すごく強い怪物を戦うことになったの。みんな怖気づいちゃって……でも戦わないと次に進めないから、私、みんなを必死に励ましたの。ほら、担任はずっとビビッて引きこもりで役に立たないから、私が頑張らなきゃ、いけなくて。……そのうち、一人の男子を励まして、頑張ってって言ってたら……私に抱かせてほしいって言ってきたの。そうしたら頑張るからって……そいつ、とっても強い奴で、戦いのときはいてくれないと困る奴だったの。だから、私、思わずうなずいてしまって……それが私のはじめて。でも、その話は男子たち全体に広まって、それから……戦いのたびに、私……」
「……」
ぼくは何も言わなかった。
ひとり、委員長に負担を押し付けていた側のぼくにそんな資格はない。
「唯漣君は、私を抱きたい?」
「いや」
「それは、同情?」
「ちがうよ。本当にちがう。単純に、ぼくがそういう性的な話は苦手なんだ」
「ふーん。そうなんだ」
少しだけほっとしたみたいに委員長は綻んだ。
「みんなが唯漣君みたいだったらいいのに」
「お気楽な?」
「うん。私も、あの時、唯漣君についていって、意味のない旅をしていたかったな……」
「……」
「なんてね。じゃあ、私、もういくよ。よかった、唯漣君が思った通りの人で」
「どんなひとだよ」
「めちゃくちゃなひと。唯漣君、みんなと挨拶したら速攻で部屋に閉じこもったでしょ? ああいう感じのこと。それ以前も、いきなり窓ガラス壊したり、椅子壊したりさ。いまでもああいうことしてるの?」
「……たまに。でも昔より、随分頻度が減ったかな」
そういえば。あの時のような破壊衝動にとらわれることはずいぶん少なくなっていた気がする。
どうしてだろう。
「そっか。でもなんか残念。私にはモノを壊したい時に壊すことが出来なかったから……、あーあ。唯漣君みたいにやりたい放題に、全部責任をぶん投げて生きれたらな」
「生きればいいんじゃないか?」
「え?」
意外なものを見るみたいに、委員長はぼくをみた。
「戦いが終わって元の世界に戻ったら、壊したい時に壊したいものを壊すような生き方を、すればいいんじゃないかな?」
「――――――うん。そうする」
ぱっ、と委員長は立ち上がった。
「じゃあ、また明日ね! 唯漣君! 私、唯漣君のこと、割と好きだよ」
「ぼくも、当麻さんのこと、割と好きだよ」
そうしてその晩、ぼくと委員長は別れた。
「さて」
ぼくはたちあがった。
窓辺から飛び降りて、彼女の姿を探す。
「リナリア」
「おう。カイ、どうした?」
「どうしたもないよ。きみと話をしたかったんだ」
そこは王宮の中庭の端っこ。彼女は片手にワイン(のような)酒を持ち嗜んでいる。
すでに両手足を回収し終わり、今の彼女は限りなく完全体、残すは心臓のみとなっている。
「寝ていたほうがいいんじゃないか? 明日は俺のお父様と戦うんだろ? 強敵だぜ?」
「昼寝のし過ぎで眠くないんだ。それよりリナリアはいいのかい? 父親と戦うなんて」
なんだそんなことかと、見た目年齢二十代半ばの彼女はふっ、と笑う。
「俺は厄災のみでありながら、世界を滅ぼすことをやめたんだぜ。いずれにせよ、お父様との敵対は免れなかっただろうよ」
「本当にいいの? 世界をめちゃくちゃにしなくて」
「いいさ。俺は俺の気分のいいようにやりたいんだ。お父様に作られて、最初に言われたソレは、あんまり気分良くなさそうだしな」
「ふーん」
ぼくはリナリアとの対面に座る。
彼女と向き合って。そういえばずっと彼女についてまわる半年間だったなと、ふとしたそんな感慨がある。
「なぁカイ。お前、お父様を倒したら、元の世界に帰っちまうんだろ?」
「それは……」
それは、まだ決め切れていない事柄だった。
口ごもるぼくのことなんか気にしないで、リナリアは続ける。
「その前に、お前の話を聞かせろよ。お前、自分のことなんかぜんぜん話さないだろ? きいてみたいんだ」
「いいよ」
ぼくは自分の世界での人生について語った。
生まれ、育った土地。学歴から今に至るまで。
しかして、リナリアは何とも不服そうな顔をしていた。
「お前、意識して話してないことがあるだろ」
「……」
「やっぱりな! カイはバツが悪くなるとそうやって無言になるんだ! なあ聴かせろよ、お前が触れようとしない幼馴染のこと。どう考えても、今のお前を形作っているのはそいつだろ?」
「そんなことはないよ」
「それは聴いてから俺が決めるよ」
これは、頑としてきくつもりのようだ。
リナリアに変なごまかしは聴きそうにない。彼女はこれで察しがいいのだ。
なので、仕方がないので、ぼくは語ることにした。
ぼくにとっての信乃メイという幼馴染のことを。
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