第3話

 ここは既に滅んでしまった町だった。

 廃墟どころか、瓦礫すら残らない砂の平地。

 赫い閃光が炸裂する。

 砂の土地に大穴が生まれ、その穴の中にリナリアは降りていく。

 ほどなくして、彼女はふわりと宙に浮く形で戻ってきた。

 その手には大人の女性のものに見える右足がを持っていた。

 彼女は無感情に自分の右足を見つめてから、ぽんと宙に放り投げる。

 右足は赫い光を放ったと思うと粒子状に分解されて、リナリアに吸収される。

 まもなく、彼女は眩い輝きとともに一回り大きくなった。

 年のころはもうぼくより上だろうか。17,8くらいに見える。

 ついでの衣装もチェンジしている。赫と黒のきらびやかでなんかひらひらしたドレスになってた。どうでもいいけど、それ歩きづらくない?

「ん。これで残すは左腕と心臓だけだな。俺様の完全復活も近い!」

「そうなの?」

「ああ! カイ! さっさと次に行こう! 俺様の完全復活も近いぜ!」

 ずんずんとリナリアは歩き出した。

 ドレスでがに股歩きはどうにも見栄えが悪いように見える。

 ぼくはその背中を追った。

 ふと、興味を覚えて、リナリアにこんな質問を投げかけてみた。

「リナリア」

「なんだよ」

「完全復活したら、きみは何をするんだ?」

「そりゃあ、お前! あの王様も言ってただろ、俺は厄災の一端だからな、この世界をめちゃくちゃにするんだよ」

「どうして?」

 ずんずんと、進んでいたリナリアはつ、と立ち止まった。

「どうしてだと?」

「うん。だって、きみは世界をめちゃくちゃにしたいの?」

「それは……だって俺は……」

 リナリアは黙りこくってしまった。

 俯いて、じっと考え込んでしまっている。

 このあとしばらく、彼女は口をきいてはくれなかった。



 先ほどの砂地からほど近いところの村をぼくらは訪れた。

 小さな、閑散とした村だった。

 人気は少なく、どこか薄暗い。覇気とか明るさとかのない村だった。

 ここらへんで泊めてくれる宿などはありますか。と道にいる人に聞くと、少し考えこんで、「村長のとこにいきなよ」と教えてくれた。


 村長は老いた男だった。

 旅のものだ。今晩どうか泊めてはいただけないだろうか。

 そう聞くと彼は緩やかに頷いて物置小屋に案内してくれた。

 物置小屋の窓辺の上段をリナリアが、下段をぼくが使い、その日はもう眠ることにした。

 その晩は一段と月が輝く夜で、雲の切れ間からのぞく月光に、リナリアの赫い髪がどこか寂しく瞬いていた。


 その翌日の朝、かんかんと、慌ただしい鐘の音が聞こえた。

「厄災が! 厄災が来たぞ! 黒煙だ!」

 そんな声が聞こえた。

 外に出ると、ひどく濃い朝もやの向こう側から黒い煙が迫ってきていた。

「黒煙だ! またこの村をに来たのか!」

 村人の誰かがそう叫び、逃げ出した。

「アンタらも早く逃げたほうがいい!」

 村長の老人がぼくらにそういった。

 ぼくはリナリアを呼び出し、外に向かった。

 すぐそこまで黒煙が迫っている。

 どう動いたものかと考えそうになった時、目の前で女の子が転んだ。

 その女の子のすぐそばに黒煙が迫っていた。

 あわや飲み込まれる、としたその時、赫い閃光が奔った。

 目が眩むような輝きが訪れたのち。

 リナリアがそこに立っていた。

 傷一つない少女の傍らに、彼女はいた。

 その村のだれもが奇異の目をリナリアに向けていた。

「俺は厄災だ!」

 リナリアはそう叫んだ。

 静けさのある村に虚しくその声は響いていた。


 それから間もなく、ぼくたちは村を立ち去ることになった。

 肩身が狭いとかそんなことをかんがえるぼくではないけれど、どうもリナリアはそうしたかったらしい。

 いざ出かけようとした、その時、リナリアが助けた少女がぱたぱたとこちらに走ってきた。

「あの、コレ!」

 少女はリナリアに一凛の花を差し出した。

 小さな、名前のないような花だった。

「ありがとう!」

 少女はそういってリナリアに花を渡した。

 彼女は虚をつかれたような表情で、ずっとその場に佇んでいた。




「なぁ。カイ」

 当てもなく歩きながら、彼女はぼくに声をかけた。

 昨日ぶりの会話だった。

「俺さ、考えたんだが」

「うん」

「世界を滅ぼすの、気が乗らねえや」

「そうかい」

「暴れたりするのは好きだぜ。あほな怪物を潰したりな。けど、弱っちい人間を滅ぼしても、楽しくない気がする」

「……」

「千年前はさ、――生まれたばかりの時な――お父様に言われたから、厄災として世界を滅ぼそうとしたんだ。何も知らないし、なかったころの俺だ。

 復活したら同じことをするもんだと漠然と思ってたけど、なんか違うんだよな。

 そんなに気になれなくなっちまった。

 なぁ、カイ」

 リナリアは振り向いた。

 彼女の顏はまるで迷子の子供のようだった。

 そして彼女の瞳に写るぼくもまた、そうだったのだ。

「ばらばらになった体をもう一度つなぎ合わせて、元の形に戻ったとして、俺はそれからどうすればいいんだろうな……」


 

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