第2話 

 西部劇に出てくるバー、みたいな店だった。

 客は地元の人間ばかりなのだろう。

 店内の雰囲気はいいと思う。客の多くはかなりリラックスした状態にある。

 内輪のけが強くてご新規お断りな感じがするともいえる。

「聞いたか? 異世界人の話」

「ああ、リナム村を壊滅させたんだっけ? ひでえことするよな」

「あん? おれが聞いたのはそこの隣村を粉砕した話なんだが」

「粉砕ってなんだよ」

「粉砕は粉砕だよ、実際……」


「お客さん。ご注文は?」

「え? あ? うん、そうだね……」

「俺は酒だな。酒をだせ」

 店員の少年に声を掛けられて、我に返った。

 完全に話に聴き耳を立ててしまっていた。

 いやしかし粉砕って何?

「酒て、お客さん、見たところにしか見えないんだけど……」

「バカをいえよ。俺はこう見えて千は超えてんだぜ」

「ハイハイ。そこの赫いねえちゃんには果実をしぼっただけのやつをやるよ。あんちゃんはなにがいい?」

「じゃあ酒」

「はいよ。果実絞りジュースと酒ね」

「おいまてや。そこの男は俺よりも年下だぞ」

「え⁉ なんか老け込んるから全然気づかなかった」

 ひどいいいようだ。

「きみだって、リナリア……そこの赫いおねえさんよりも幼く見えるけれど、店員として立派にやってるだろう? それと同じで見た目の年齢と実体というものは……」

「いやオレはいいんだよ、両親が死んじまって手前で稼ぐしかねえからな。特別な措置って、マスターもいってたぜ」

「……、そうなんだ」

「ああ。厄災の余波で生まれたバケモンに食われちまったんだよ。二か月前のことだな」

「…………きみ、名前は?」

「ネモってんだ。で、お客さん。ご注文は?」

「酒」

「さけ!」

「……はいよ」

 異世界のいいところは未成年が飲酒しても大目に見てもらえるところだと思う。



 リナリアと契約して王宮裏のダンジョンを吹き飛ばしてから2か月がたっていた。

 あれからぼくとリナリアは行く当てもなく放浪するように旅をしている。

 大きな目標は散らばった彼女の体を回収することにあるけれど、実際に彼女の体が封印している場所を、彼女は知らない。

 ただ、その場所に近づくと、なんとなくわかるらしい。

 既に左足を取り込んで、彼女は一回りほど大きく成っていた。

 異世界人のうわさは既に王国やその周辺までしっかりと伝わっている。

 あまり評判は良くない。

 ぼくも普段は異世界人であることを特段ひけらかしたりはしない。

 自衛以外で戦うこともなかった。

 厄災をどうにかしようという意思は、どうにも出なかった。

 老け込んでいると、先ほどのネモ少年にも言われたが、否定しがたい。

「ほらよ、お客さん。酒だ、ちなみに姉ちゃんにはジュースな」

「なんだと、このガキ! こちとらお客様だぞ!」

「だって、さあ。なんか姉ちゃんが酒飲んでるの、こう、無理なんだよね。幼すぎて。てかなんで髪も目もそんなに赫いんだよ」

「だから俺はお前らなんかよりも年上なんだよ! あとこの髪と目はもとからそうなの!」

「はいはい」

「あー! 信じてないー! お前ー!」

 やいのやいのやいの。

 初めて会った時から思っていたが、リナリアは子供っぽい。

 見た目もあるが性格が直接的というか、良くも悪くもまっすぐだ。そのうえ、案外、気もいい奴ではある。

 王様は彼女を厄災の一端であるといっていたが、そういうものなのか。


 ちなみに、子供二人の口論は、その末にネモが根負けし、リナリアは飲酒の権利を勝ち取った。

 大人なネモ君である。

 ちなみに。

「はーっはっは!」

 と大笑いしていたリナリアは一杯飲むとそのまま酔いつぶれてしまった。

 肝臓が(そもそもあるのか?)弱いわけでもないだろうから、単純に雰囲気に酔いやすいのだろう。


 リナリアはその赫極まる見てくれを注目されることがあっても精霊と思われることは少なかった。

 実際、よくいる精霊とは明確にその存在の在り方が異なるののは少しこの世界にいるだけでなんとなくわかる。この世界の精霊というものはおおむねをとった現象のようなものだ。

 その代わり、彼女はなんだか個が強い。強い精霊、というよりも精霊の性質を持った人間っぽい。そこらへんが、異端とされる所以なのだろう。

 まあ、もっとも。

 彼女が実際の所、どういう存在で。どうして他の精霊と異なるのかなんか、ぼくにはわからないだろうし。興味もない。


 店で食事を済ませる。

 金銭はバイトしたり賞金稼ぎをしたり色々と根無し草で手にしていた。

「じゃあ、ごちそうさま」

「また来てくれよ! まああんちゃんたち、どうも旅人っぽいからもう来ないかもしれねえけど」

「お前、そんなこと言うとほんとにまた来てやらないぞぉ」

「悪かったって。赫い姉ちゃんもまたな!」

「おう! じゃあな!」

 各々挨拶を済まして店を出ようとした時だった。

「怪物だ! 厄災の余波が来たぞ!」

 そんな誰かの叫び声を聞いた。

 轟音が鳴り響いた。遠くに黒く大きく蠢く何かが見える。

「厄災?」

「ああ、ありゃあどう見ても精霊が暴走してるだろ」

「おい! 兄ちゃんたち! なにやってんだ! 店の中に入れ! 地下室があるから!」

「いやでも」

「はやくしろ! 死にたいのか!」

 ぼくらはネモ少年に手を引かれ、店の中に入る。

 別に戦うこともできたが、彼の悲痛な顔をみると、その気にはならなかった。

 店の中、地下室に入ろうとしたときに聞こえた。

「異世界人だ! 異世界人が来てくれた!」

 誰かの声がして、それはすぐにかき消えた。

 瞬間。

「リナリア」

 ぼくは彼女を呼ぶ。その力の一端を解放するよう頼む。

 地下室の入り口をふさぐように赫い光が瞬く。

 刹那、幾重にも折り重なるような精霊の力が店を吹き飛ばした。

 



 なるほど、粉砕とは、言いえて妙な表現だと思う。

 町の面影はほとんど残ってはいなかった。

 建物だった木片も、地面だったタイルも。

 更地になってしまったこの町を再建するのに、あとどれくらいのものがかかるのか、想像もつかない。

「異世界人たちは……」

「もう行っちまった……あいつらは厄災に対処するだけして、その後は何もしてくれない……」

 その町で立ちすくむ人々を、ぼくはみていた。

「おい、いつまでもここに至ってしょうがないぜ。どっちにしろ、俺にできるのなんざこんなもんだろ」

 リナリアはいつもの口調でそんなことを言う。

「ネモは無事だったし、俺はそれでいいと思うぜ。どっちにしろ、万全じゃない俺にあの精霊波状攻撃を防ぎきるのは無理だって」

「リナリア、ぼくは別に、ショックを受けたり、気にしたりとかはしてないよ」

「……別に俺はそんなつもりじゃ……」

 リナリアは変な顔で頭を掻いた。

 そう、ぼくはこの光景に対し、特に何の感情も抱いてはいないのだ。

 そんな感傷は、きっとぼくにはないんだ。

 粉砕物の上に佇んでいる彼女信乃メイ幻覚すがたに、ぼくは踵を返した。



「やあ、ネモくん」

「うん? ああ、あんちゃんか? こんなところでどうしたんだ?」

「ぼくたちを助けようとしてくれた君に、挨拶もせずに発つのは流石にと思ったんだ」

「そうかい」

 ここは、町のはずれの墓地だった。

 ぼくの世界では見たことのない形の墓が、そこら中に並んでいる。

「今日、死んじまった奴らもここに来る。この町の住人は、死んだらみんなこの墓に入るんだ」

「……異世界人を憎いと、きみはおもうかい」

 ぼくの世界のことを。

「別に憎いとは思わないよ。仕方ないさ、結局は彼らは他人だ。ほかのみんなもそうさ。一時的に恨むことはできても、結局この喪失は自分でどうにかするしかないんだ」

 少年は手を合わせる。

「その墓は、」

「オレの母さんだよ」

「そうか……君は泣かないんだね」

「泣いたさ、でももう涙は枯れちゃったんだ」

 そう、ネモは答えた。

 その答えは、ひどく悲痛な答えのように聞こえて、けれどぼくにはなにか、うらやましく思えた。

 ぼくは彼の傍らに座り、彼の母の墓を見る。

 それをみて――ぼくは――。


 

 もし墓を破壊して、暴いて粉々にしたら、ぼくの中のぽっかりとした器を埋める何かが、あってくれるのかもしれないと。そう思えた。

 けれど、だめだった。

 それは、ぼくのものではないのだ。

 ぼくのためのものではないのだ。

「じゃあ、ぼくはいくよ」

「そうか。じゃあなあんちゃん」

「ああ」

 ぼくは立ち上がり、この場を去る。

 これ以上ここにいたら、ぼくは取り返しのつかない衝動を抑えきれない気がした。

 彼に背を向けて、逃げるように立ち去ろうとして、

「なあ、あんちゃん」

 少年がぼくの背中に声をかけた。

 そして。

「もう涙は枯れちゃったけどさ。きっといつまでも、悼みつづけることは、できると思うんだ」

 ぼくより大人な少年は、そういった。


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