第1話 (2)

「ねぇ、カイくん」

 だれかの声がする。

 だれの声なのかは、たぶんだれよりもわかっている。

 美人ではない。可愛くもない。ぼくの幼馴染。

 彼女が来ている制服は、実在するどの学校のモノでもない。

 ぼくは、彼女のことが別に好きではない。

 顔面は整っていない。崩れているともいえる。端的に言ってブスだ。

 体はいいと誰か、もしくは本人が言っていたようなきがする。確かに胸はでかい、けれどぼくは慎ましいほうが好きだし、スレンダー好きのぼくから言わせれば、信乃ユウの体がだらしがないというのだ。

 そう、ぼくは彼女がすきではない。

 だから彼女が車の事故で死んだとき、ぼくは哀しいとか苦しいとか嬉しいとか、そういった心は持たなかったし、涙を流すことはなかった。

 だから、ぼくには目の前に見えてる彼女が幻覚で、耳朶を打つこの声が幻聴であることがわかる。

 し、それにそれに縋り付くような滑稽なことはしない。

 ただ淡々と、何かつまらない映画を観るように受け流すことが出来る。

 目の前に佇む、信乃メイの姿を……


「唯漣くん。大丈夫?」

 急に別の人間が目の前に立っててびっくりした。

「……誰だっけ?」

「いや私だよ。委員長の、当麻」

「ああ……」

 そういえばそんな人がいた気がする。

「ぼー、っとしてたね」

「そうかな?」

「うん。でも、しょうがないか。いきなり異世界転生して、頭をぶん殴られちゃったんだもの」

「ああ……」

 そうか、そういえば、ぼくは後頭部を殴打されて意識を喪っていたんだった。

 どうも目覚めてからの記憶が曖昧でいる。

「ぼくは、今さっき目を醒ましたところ?」

「そうそう。でも驚いたよ、いきなり窓ガラスをたたき割って外に出ちゃうんだもの。そりゃぶん殴られるよ、なんであんなことしたの?」

「………なんで?」

「うん。あっ、また理由なんてないってやつ?」

「いや、……」

 理由ならある。

 それはもちろん、単純にベランダに出てみたいという衝動も理由としてあるけれども、

「空を、見てみたかった」

「ソラ? で、どうだったの? 異世界の空は」

「前の世界とおんなじだったよ」

 どこまでも、曇天で、閉じていた。

 ふーん。と委員長は興味なさげに相槌を打つ。

 ふと、彼女の首元からちらりと輝く何かが顔を出した。

「あ、そういえば唯漣くんはさ。精霊契約しないの?」

「セイレイケイヤク?」

「うん。王様が説明してたやつだよ。……唯漣くんは、聴いてないか」

 そんなわけで、委員長はかいつまんでこの世界と精霊について説明してくれた。

「この世界には精霊というものが存在しているの。

 この精霊が世界の調和を担っているんだって。

 で、この調和が乱れてるせいで世界が大変なんだって。

 でも、この世界の人は精霊そのものや精霊が生み出す存在に干渉することが出来ない。それは宗教的な理由だったり、物理的な理由だったり。

 だから私たちが呼ばれた。

 特別だから呼ばれたんじゃなくて、ランダムに座標を指定してそこにいる生物を纏めて転移したんだって。

 私たち、馬鹿みたいに運がなかったんだなって。

 で、異世界人は精霊と契約を結ぶことが出来るんだって。

 なんでかって? 知らない。そういうモンなんでしょ。

 異世界人――まあ私たちなんだけど――私たちは精霊と契約を結ぶことが出来る。

 すると精霊の力の一部を行使することが出来るらしい。

 精霊っていうのはこの世界を構成する存在だから、世界そのものの力の一端を担うことが出来る……って感じのことを言ってた。

 ちなみに私の首でチロチロしている黄色いのが私の契約した精霊。

 なんか土動かせるんだって。知らないけど

 とりあえず、そんな感じなんだけど、いい?」

「……精霊と契約して、その力を使って世界の調和を取り戻せ?」

「そう、そういうこと。調和を取り戻したら元の世界に返してくれるって王様、言ってたよ」

「へぇ」

 割とどうでもいい。

「で、唯漣くんは明日の遠征に参加するの?」

「遠征?」

「うん。明日、さっそくドラゴン退治に向かうんだって」

 あっけなく、委員長はそういった。

「一応、強制参加らしいよ。ただ飯ぐらいを置く気はないんだって。担任のあいつは引きこもっていないけど……それでバツが悪いから他に欠席者は出したくない」

「そうか。じゃあ、ぼくも行ったほうがいいんだね」

「そう。でもお願いだから唯漣くん、変なことしないでね」

 ということで明日、ドラゴン退治に向かうことになった。

 

 

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