第1話 (1)

 そこは王宮だった。

 王宮の応接間、としか表現しようがない。

 ぼくを含め、クラスメイト達はさっきまでいた教室から忽然とこの場所に飛ばされたこと、その事実に対しなんの反応も作れずにいる。

「異世界人の諸君! よく来てくれた! ようこそ、こちらの世界へ!」

 声の主を見る。

 大きな階段の上、玉座に座る太った男、頭に乗っかる王冠クラウンがやけに小さく、道化師クラウンのようでもある。

「早速で悪いが君たちにはこの世界で発生する厄災をどうにかしてほしい!」

 直後に絶叫とパニックが発生した。


「なんだよ! なんなんだよここ!」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「この世界は精霊の調和によってそのバランスが保たれてきた、だが近年になってその調和が崩れつつあるのじゃ」

「あいつ剣持ってるよ! なんでこっちに向けてんだよ!」

「黙れよ!お前ら!せっかく異世界転移できたんだぜ! チートで無双だろ!」

「この調和の崩れは千年に一度の厄災の兆候である。厄災とともにドラゴンをはじめとしたさまざまな困難がこの国に降り注ぐことが考えられる」

「いやよ! そんなの! 速く帰りたいのに!」

「おいオレこれから塾なんだけど!」

「この調和を取り戻すために君たちにはさまざまな困難に立ち向かってほしい! そして取り戻してほしい!」

「おい丹波! お前ェ担任だろ! 何とかしろよこの状況!」

「知らない知らない知らない関係ない関係ない関係ないこれは夢これは夢これは夢」

「君たちはそれぞれ精霊と契約を交わして、その能力を以って――」

「貴様ら王の御前であるぞ! 言葉を慎め!」

「ここをどこだと心得ている! 黙らなければ切るぞ!」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

「ええい! 静粛に! 静粛に! 儂が今話してるんじゃ! 異世界人たちに大事な話を―――」

 

 ふと日差しを感じた。

 その方角を見ると大きな窓辺とベランダがある。

 ガラスの向こうから見える空は、やたらと灰色だった。

 周囲に見るに木々の天辺が見えるあたり、ここは二階か三階くらいの高さなのだろう。

 あの灰色の空が、もう少しだけ見たくなった。

 窓辺に近づく。鍵がかかっている。

 困った。これでは外がよく見えない。

 しかし、鍵。鍵か……。この世界にもあるんだな。

 ベランダがあって王宮の応接間があって王様がいて木が生えていて灰色に濁った空がそこにあるあたり、この異世界とやらはぼくのいた世界とあんまりかわらないそうだ。

 ああ、それにしても。

 この鍵が邪魔だ。このガラスが邪魔だ。

 鍵は施錠されている。ゆすっても開くことはない。

 強くゆすってもがたがたと音を鳴らすだけ。

 金属製のこの鍵を開錠する手段をぼくは持ち合わせていない。

 でもこのベランダに出たい。

 じゃあどうすればいいだろう。ぼくは少しだけ考えて、ガラスのほうを割ることにした。

 肘を曲げて拳を握る。もう片方の手を添えて…………まあ要するにエルボーしたんだけれども。

 結論から言えばガラスは簡単に砕け散った。がしゃーんと大きな音を立てて。思ったより脆かったみたいだ。

 ぼくはおもむろにそこから外に出る。掃除がなされていないのか、薄汚れたベランダに上を歩く。

 そこから見える景色は遠くにある町と、周囲をびっしりと覆う林、まるで蓋を舌みたいにどんより曇る空だった。

 とおくに鳥の鳴き声が聞こえる。

 ―――否、鳥ではない。こんな鳴き声の鳥は知らない。

 見ると――視ると、きらきらと光る何かだった。ひとのような、蟲のような。様々な色合いに煌めくソレら。

 きらきらときらめいて、おぞましくて。

 いつのまにか訪れた静寂の中にちちちち、とそれらのこえがちいさく鳴る。

 誘われるようだ。なんだかわからない誘惑、それらは発しているように見える。

 おもむろに、ぼくは手を伸ばして。

 後頭部に受けた衝撃で意識を喪った。



 

 

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