プロローグ

 ふと、目の前の机が壊れている様を見てみたくなった。

 聞くところによると、学校の机というものは頑丈にできているらしく、表面をカッターでなぞった程度では軽く削ることしかできない。

 それでも、どうしてもぼくは机が壊れているところが見たかった。

 断っておくけれど、壊れているところを見たかったので、壊したかったわけではない。

 ただ、目の前のものが壊れた時に見えるものをみてみたかっただけ。

 だから、机を窓から放り投げてみることにした。

 2-4のベランダから放り投げられたぼくの机は中身(教科書の類だよ)をぶちまけながら、くるくるときりもみ回転して校庭に落下した。

 机は見事にばらばらになった。

 がしゃーん。としか表現できない音が響く。

 授業中で静かだったのもあって実によく響いた。

  

 

 生徒指導室から呼び出しを喰らった。

「どうしてあんなことをしたんですか⁉」

 担任の先生がヒステリックな声を上げた。

 若い女性の教師だ。名前は忘れた。

 それから、どうしてあんなこと――おそらくは、机を破壊してしまったことだろう――をしたのかという疑問について、ぼくは答える言葉を持たなかった。

 どうしてといわれても、壊れてる机が見たくなって、それを見るために机を壊した。

 それ以上の理由はないからだ。

「壊れている机なら備品室にいくらでもあるでしょう!」

 ……、確かにその通りだ。盲点だった。

 壊れた机ならそこで見ればよかった。

 そこではたと考える。果たしてそれでぼくは納得しただろうか、満足しただろうか? 

 いや、たぶんしなかった。おそらくだけれど、それでは何の意味もないように思える。

 結局のところ、ぼくは自分で机を破壊したかったのだろう。自分で破壊した自分の机をみたかったのだ。

「だから! なんで! そんなことするの! 唯漣くん最近おかしいよ! もとから変だったけど最近は特におかしい!」

 そんなことを言われても困る。

 頼むからそんなにヒステリックに叫ばないでほしい。耳がキンキンする。

 昨日、自宅で解体した冷蔵庫の断末魔と似たような金切り声で、この感じはなんだか不快だった。

 きりきりと、する。

 耳が痛い、頭が痛い、

 目の端が滲んで、滲んだ先に、彼女の姿を見た―――。

 ボンヤリと滲んでいる視界の端で、メイはその身を翻してまた消えてしまう。

  


 ぼくは教室に戻ってきた。

 教室の扉を開ける、窓際のぼくの席までの道を塞いでいたクラスメイト達はすぐに道を開けてくれた。親切な人たちだ。

 ぼくの席に着く。ぼくの使用していた机はもうなくなってしまったので、椅子の前には何もない。

 教室の中で椅子だけの席に座ると、なんだかスース―する感じがする。

 すっきりしたともいえる、ぼくはカバンから小説を取り出して読むことにした。イラク帰還兵の青年が銀行強盗になる話だった。

「唯漣くん」

 ふと女子の声が聞こえた。

 クラスメイトの女子が目の前に立っていた。

 髪を編み込んでいる、可愛らしい女子だった。

「あぁ、……誰だっけ?」

「……クラス委員長の当麻舞だよ」

「ああ、……そうだったね」

「うん……」

 沈黙が訪れる。

 彼女は……ええと、委員長は何の用がぼくにあったのか?

 そうおもってたら、委員長がまた口を開いた。

「最近、なにかあったの?」

「どうして?」

「いやほら、その………最近、唯漣くんおかしいから……」

「もとから変だったって教師は言ってたよ」

「え、あ、……それは、そうかもだけど……。誰だよ、そいつ……」

 委員長は小声で一人毒吐く。実に忌々しいという表情だ。

 彼女は大きなため息を吐くと、ぼくのほうを見た。

 座っているぼくに対し、立っている彼女が見下ろす形になる。

「で、最近の唯漣くんについてだけど……」

「特にないよ」

 彼女をはじめ、この学校にいる人間は信乃メイのことを知らない。

 し、当然ぼくの幼馴染が死んだことは知らない。僕との関係も。

 それでいいし、知らせる気もない。

 そもそも、ぼくは幼馴染の死に泪することもなかったし、傷ついてさえいないのだから、誰に知らせる必然性もない。当然、気を使ってもらう必要も。

 ぼくの態度に委員長は苦虫をかみつぶしたような顔をした。

 どうにも気を使ってもらったようであるけれど。気持ちだけもらうことにしようと思う。

 ふいにがらがらと音がした。

 見たらさきほどヒステリックにがなり立てていた教師だった。

 HRが始まろうとしている。

 その教師が口を開こうとした瞬間だった。

 教室の床が光りだす。

 教室中にざわめきがこだまする。

 光る床は異様な紋様を描き、発光を増していく。

 揺らぐ。

 地面ではなく、空間それ自体が揺らぐような、

『振動』ではなく『揺らぎ』としか表現できようのないソレが響いて。

 全てが真っ白に焼き尽くされるように光に包まれた。

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