少女サダは、代々、屋敷に植わる梨の大樹を大切に守ってきた家の娘。ある日、ふと大樹に声をかけると、どこからか男児の声が返ってきて、二人は言葉を交わし始める。
月日が過ぎるうち、サダが梨の樹に恋をしているらしい、との噂も流れ、気味悪がった家族もサダを樹から遠ざけようとするものの、彼との交歓は、すでにサダにとってかけがえのないものになっていた。ついにサダは、彼に会うため、時間も場所をも越えた、長い旅に出る……。
幕末の娘が平安の皇子を目指して時代を遡る、1000年を跨いだ旅路を、たった4000字でここまで濃密に描ける作者さんの力量に脱帽です。
この作品は、遠野物語『寒戸の婆』が下敷きに置かれていますが、原作は「少女が梨の木の下に草履を残して、しばらくののち老婆になって戻り、またどこかへ消える」という部分だけ。
その裏側にある少女の人生を、皇子と村娘のラブロマンスとして、歴史上の人物まで組み込んでつくりあげているあたり、いくらでも深掘りできる設定が眠っていそうです。
詳しく、長く書き込んだバージョンも読んでみたくなる……!
最後に、豊かな言葉遊びの数々にもご注目。タイトルの「カコイナシ」はもちろん、物語の末尾にもちょっとした仕掛けがあるので、どうかお見逃しなく確かめてください。