第881話 その高揚感ゆえのことでしょうからね……

「もっとゆっくりおしゃべりを楽しみたいところだったけれど、そうもいかないものね……私はここで先に失礼させてもらうわ」


 そう言って、ソニア夫人は席を立った。


「現場のことは、我々にお任せください」

「悪い人たちをちゃんと捕まえてくるからねっ!!」

「そうっすよ! ベイフドゥム商会の悪事も、今日までってことっす!!」

「ソニア夫人の心労を少しでも軽くできるよう、最高の結果を持って帰って来たいと思います」

「ふふっ、頼もしい子たちね……それじゃあ、期待しているわ」


 こうして、ソニア夫人は食堂を後にしたのだった。

 うむ、ビシィッとベイフドゥム商会の連中を捕まえて、ソニア夫人を余計な心労から解放して差し上げたいものだ。

 ていうかさ、マヌケ族のクソ野郎共もね……なんでこう、領主が王都に詰めているときにやらかしてくれるんだって感じだよ。

 それでなくても、通常の執務だけでソニア夫人は忙しいだろうに……

 いや、もちろん領内の全てをソニア夫人1人で取り仕切っているわけではなく、メイルダント家の親族や周りの文官がサポートをしてくれているだろうし、それぞれの街の運営も代官に任せるなどしているだろうさ。

 それでも、領主夫人として負っている責任という名のプレッシャーは途轍もないことだろう。

 ホント! マヌケ族のクソ野郎共ったら、マジで許せんよな!!

 ただまあ、向こうサイドの立場に立って考えれば、領主のいない今だからこそ狙い目なんだろうけどね。

 といいつつ、それよりもっと前から計画自体は進んでいて、たまたまこのタイミングで発覚しただけってこともあり得るけどさ。

 ああ、でも……ベイフドゥム商会が吸命の首飾りの粉末入りの調味料を売って荒稼ぎするようになったのは、今年の不作騒動があってからみたいだから、タイミング的にはやっぱり「ここっ!!」って感じだよな……

 ふぅむ……まあ、マヌケな奴らなりに一生懸命アレコレと作戦を考え、その中から状況に合った作戦を実行しているって感じなのかもしれないなぁ……イラつくことではあるけどさ。


「おぉ~っ! アレスコーチも、作戦実行に向けて徐々にボルテージが上がってきてるって感じっすね!?」

「メイルダント領のために、かたじけないことです」

「僕も! ボルテージが上がってきてるよっ!!」


 ほうほう、俺から発せられる魔力の雰囲気を感じ取ったようだね?

 まあ、俺自身そういった雰囲気を丸出しにしているわけではなく、ある程度抑えてはいる……だけれども、闇属性の魔力等によって本気で隠蔽しているわけでもない。

 そのため、魔力操作の練度が上がっている人とか……あとはそうだな、そういったことに元から敏感というか察する力のある人なんかも気付くことができたんじゃないだろうか。

 その辺について、おそらくワイズたちは魔力操作の練度の上昇によって気付いたって感じだろうから、素晴らしい進歩だなって思うとともに、これからも歩みを進めてもらいたいところだ。


「フッ、よく気付いたな……まあ、作戦開始の時間が刻一刻と迫っていると思えば自然とな……とはいえ、ベイフドゥム商会の中に勘のいい奴がいれば、こちらの雰囲気を察知して逃げ出そうとするかもしれないからな……実際に動き出すってなったときには、そういう雰囲気が漏れないよう注意が必要だな」

「ええ、そうですね……とはいえ、やはり小隊規模の人員を動かすことになり、どうしたって物々しい雰囲気は出てしまうのだろうとは思うので、できる限り抑えるといった形になりそうですね」

「そうだなぁ……でもまっ! ベイフドゥム商会の連中もどこまでそういう事態に備えているのかって話でもありそうだけどな! いや、だからってこっちが気を抜いていいわけでもないけどよ!!」

「そっか……こういうときに備えて、さっきの平静シリーズっていうので気持ちを平静に保つ練習をしておく必要があるんだねっ!?」

「おおっ、タム君、よく気付いたね? そうなんだ、平静シリーズがもたらしてくる高揚感に飲み込まれないようにする、それこそが本論ともいうべきことなんだ」

「ええ、魔力操作が難しくなるのも、その高揚感ゆえのことでしょうからね……」

「まっ! 気持ちが弱ってるときなんかは、その高揚感に助けられるんだろうけどなぁ? そんでもって、魔力操作も問題なくできるようになったら、プラスの効果だけ頂くことができるってわけだ!!」

「う~ん、ケインさんの気持ちが弱ってるときなんて、実際にあるのかなぁ? いっつも悩みなんてなさそうに見えるんだけど……」

「タ~ム~? こいつめ、人のことを能天気みたく言いやがって……今は席が離れているから仕方ないが、あとで覚えてろよ?」

「え~っ! どうせまた、ほっぺたをグニグニしてくるつもりでしょ~っ? そんなのイヤだからね、もう忘れちゃったぁ~っ!!」

「あ~っ? そんなの許されるとでも思ってんのか~っ?」

「え~っ、なんのこと~っ? 僕、分かんな~い!」

「まったく……もう少しで作戦行動が始まるというのに、緊張感のない……」

「まあ、あまり気負い過ぎてガッチガチになるのも考えものだろうしな」


 こうして、俺たちの朝食時間も終わりへと向かっていくのだった。

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