第878話 この疲労感を味わうのも鍛錬のうち

「ハァ……フゥ……つっ、疲れたぁ~っ……!!」

「よしよし! よく頑張ったね!!」


 こうして息も絶え絶えで地面に転がらざるを得なくなるほど、タム君は全力でレミリネ流の稽古に励んでくれた。

 そんな姿勢を見せてくれると、教えるほうとしても嬉しい限りだ。

 また、嬉しいからこそ、指導にも熱が入るというものである。


「最初の内はある程度加減していましたが……最終的に、普段の我々と変わらないレベルの練習内容になりましたからね……」

「ああ、タムもよくついてきたもんだぜ! ナイスガッツ!!」

「ぼ、僕もライバルとして……みんなに遅れるわけには……いかないから……ねっ! フゥ……ッ……」

「うんうん、その向上心があれば、タム君はどこまでも高みへ向かって行くことができると思うよ!!」

「やっ……やったぁ~っ……!!」


 まあ、タム君に回復魔法をかけたりポーションを飲ませたりして、今すぐ楽にさせてあげてもいいとは思う。

 いいとは思うのだが……あえてそうしていない。

 なぜなら、この疲労感を味わうのも鍛錬のうちだろうと思うからである。

 この先、回復魔法やポーションなどの回復手段が尽きた中で体力の限界を迎える場面というのがあるだろうからね、そういうときに備えてキツイ状態を経験しておくのも悪くなかろう。

 そんな俺の意図を理解してか、ワイズとケインもねぎらいの言葉をタム君にかけるだけに留めている。


「ハァ……フゥ…………よっ……と!」


 少しして息が整ってきたのか、ようやくタム君は立ち上がることができた。

 よし、一番キツイ状態を耐えきれたようだし……そろそろ回復魔法をかけてあげてもいいかな。


「心身ともにキツイ状態をよく耐えきることができたね! といったところで、回復魔法をかけてあげよう。まあ、これが仲間のいない状況下での実戦であれば、そのまま魔力操作で空気中の魔素を取り込むなどして自力で回復する手段を模索するしかないだろうが……とりあえず今日のところは時間も限られていることだし、一番キツイ状態を耐えきったところで合格にしておくよ」

「自力で回復する手段を模索……そっか、そういう技術も……これから磨いていかなきゃなんだね……」

「確かに、モンスターの討伐などでもそうですが……武闘大会のときなんかだと、特に手段が限られますからね……」

「まっ! 体力が尽きる前に倒しちまうってぐらいの圧倒的な実力を身に付けるのにも憧れるが……そもそもの体力量を増やすって方向性の鍛錬も必要だろうなっ!!」


 そんな会話も交えつつ、タム君に回復魔法をかけた。


「……あ、あったかぁ~い……なんだか……母上の温もりを感じる気がするぅ~っ……!!」

「温もりか……それはアレス殿の光属性の温かさであり……そしておそらく、お母上から受け継いだ慈愛の温もりなのでしょうね……」

「ああ、そうだろうな! そんでもって、ここにソニア夫人がいたら……『羨ましい』って言ったかもなぁ?」

「そっかぁ! だからあったかいんだねぇ~っ!!」

「そうだね……そして、魔法にはイメージの力も重要になってくるから、回復魔法を使うときは特に優しさをイメージするのが大事だろう……その辺のところも、魔力操作をしながらしっかり練習しておくといいと思うよ」

「ええ、イメージによって魔法の出来がかなり左右されてしまいますからね……」

「そうなんだよなぁ! ついつい魔力を込めさえすればって感じでイメージを疎かにして……結局、思ったほどの威力を出せなかったっていうのは、よくあることだもんな!!」

「う、うぅ~ん……イメージもかぁ……ホント、やることがいっぱいだぁ……」


 前世のアニメとかゲームで自然と鍛えられていたのか……イメージに関して俺は、比較的苦労させられたって気はしないんだよね。

 とかなんとかいっておきながら、回復魔法の習得には苦戦したけども……それはそれって感じだ。

 いや、だって……痛いのはさ……ねぇ?

 そしてたぶんだけど、医者とか医療に携わっている人が転生者なら……身体が治るメカニズムなんかを熟知しているだろうから、的確にイメージをすることができて、俺みたいな凡人よりすんなり回復魔法を習得しそうだよね。

 でもまあ……そういう知識がなくても、ポーションによる回復の仕方から感覚的に学ぶっていう力技でどうにか習得できたから、今となってはいいんだけどさ。

 ただ、この習得法をタム君にも勧めるっていうのは、ちょっとね……ためらいがあるっていうかさ……

 だから、「絶対に習得するんだ!!」って覚悟が固まっていない段階では、無理に勧めるのはやめておこうと思う。

 その代わりとして……


「今回タム君が感じた温かさを回復魔法のイメージとして参考にしてくれればと思う……そして、ポーションを使ったときなんかでも、その感覚に全神経を集中させて覚えるようにしていくといいんじゃないかな」

「ああ……回復魔法の習得法の話ですか……」

「回復魔法なぁ……あれは……なぁ?」

「えっ……回復魔法って、そんなに難しいの?」

「うん、光属性に秀でているはずの俺でも、習得にはその……精神的な面で苦労したからね……」

「私も、いずれは習得したいと思っていますが……まずは清潔の魔法の練度を高めてから……ということになりそうです……」

「同じく……」


 とまあ、歯切れの悪い俺たちだった……

 ただ、いずれタム君にも、俺たちの歯切れの悪さを理解する日がくるだろうと思う……

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