第876話 聞こえてはいるけど、聞く気はないって感じ

「こちらが訓練場でございます」

「ほう、ここか……うむ、ここまでの案内ありがとう」

「恐れ入ります」


 一応、部屋から訓練場までの道順を予めワイズに教えてもらってはいた。

 だけど、俺という客人の対応を今回担当することになった使用人のお姉さんが部屋の前に待機しており、ここまで案内してもらったって感じだ。

 ただ、客人ということで貴族モードに切り替えてお姉さんと接しているわけだが……

 うん、お姉さんと会話できること自体は嬉しいことなんだよ……

 でもね、もう少し、こう……畏まった言葉遣いではなく、くだけた感じでおしゃべりを楽しみたいなっていうのも正直なところではあるんだ。

 しかしながら、それを使用人のお姉さんに求めるわけにはいかない。

 いや、俺自身が「礼儀知らず」って周りから言われるのは構わないんだけど、それでお姉さんに対する周囲からの評価を下げることになっては申し訳ないからさ……

 フゥ……やっぱ俺にとって貴族モードってのは、肩が凝っていかんね……

 そんなことをなんとなく考えているうちに……


「おはようございます、アレス殿」

「おお、ワイズ! いい朝だな?」

「はい、こう天気がいいと、本日の作戦行動もスムーズに進みそうでありがたいものです」

「確かに……雨や雷の音などで指示の声が届きづらかったりすると、それはそれで面倒だしな?」

「ええ、そうですね……まあ、『天気によって指揮能力が左右されないように精進せよ』と言われてしまいそうですが……」

「うむ……昨日、ソニア夫人もおっしゃっておられたが、実際の現場は訓練の場と違って何が起こるか分からないだろうからなぁ……」


 可能性の一つとして、マヌケ族がしゃしゃり出て来るかもしれないしさ……

 とはいえ、原作ゲームの流れ的にまだ初めのほうなので、この段階でこちらが苦戦させられるような上位者が出てくんのか? って気もしないではないけどね……


「まっ! そういう不測の事態が起こったときにこそ、アレスコーチや俺が傍でワイズをサポートしてやるから心配すんなってこった! というわけで、おはようございまっす!!」


 メンバーが揃うまでのあいだワイズと軽く話をしていたところ、ケインが到着した。


「おはようケイン……そして、2人がいてくれて本当に心強く思います」

「ふむ、ちゃんと起きれたようだな、ケイン……それから、こちらとしてもワイズが気持ちよく指揮できるよう協力できればと思う次第だ」

「ハハッ! 俺だって壊滅的に朝が弱いってわけじゃありませんからねぇ~?」


 壊滅的に朝が弱いといえば……うん、パルフェナがまず思い浮かんでしまうね……

 そして今日も、きっとファティマに起こしてもらうんだろうなぁ……

 そして、こういうタイミングで思い浮かべると、決まってイメージ上のパルフェナは俺にジト目を向けてくる……

 いや、そうやってね、こちらにジト目を向けてくる余裕があるのなら、自力で起きれるようになってみろって話じゃない?

 それに、この世界にだって既に目覚まし時計さんが存在してくれているんだしさ。

 なんてね……ここが学園都市とそれなりに距離があるからか、なんとなくイメージ上のパルフェナに対して強気に出てみた。

 といいつつ前世でも、たま~に「目覚ましが鳴ってても起きれない……」って言う人もいたからねぇ……俺の感覚からしたら、「どんだけ眠りが深いんだ……」って思っちゃうけどさ。


「ありゃりゃ、もうみんな来てたのかぁ……う~ん、僕が一番かと思ってたんだけどなぁ……それはそうと、みんなおはよう~っ!」

「おはよう、タム」

「やあ、タム君……まあ、俺たちも来たばっかりだからねぇ、大した差ではないよ」

「お~う、タム! どうだぁ、使用人に起こしてもらわないで、ちゃんと自分で起きれたかぁ? ん~?」

「もっちろん! 自分で起きれたよ! だからっていうか……ほっぺたを突っつくのはやめてね?」

「おっ、そっか! まっ、とりあえず合格ってとこかなぁ~?」

「うん、だからね……僕の言葉、聞こえてる?」


 ああ、聞こえてはいるけど、聞く気はないって感じなんだろうなぁ……

 ほ~んと、ケインはタム君をイジルのが面白いようだねぇ?

 とまあ、メンバーも揃ったことだし……


「それじゃあ、そろそろ朝練を始めるとしようか」

「ええ、今日もよろしくお願いします」

「しゃぁっ! 気合入れてくぜぇっ!!」

「僕もぉ! 頑張るぞぉ~っ!!」


 そうして、ウォーミングアップがてらに訓練場内のランニングから始める。


「ほう……なかなかタム君も軽快な走りをしているねぇ?」

「うんっ! これぐらい軽いもんさ!!」

「タム、これはまだウォーミングアップでしかないということを忘れないようにな?」

「そういうことっ! 調子に乗り過ぎて、あとでバテんなよぉ~?」

「当然っ! 分かってるよぉ~っ!!」


 まあ、現時点での己の限界を理解しつつ……それを超える挑戦の場にするって考えれば、別にここでバテても構わないとは思うけどね。

 それに、ヤバそうなら回復魔法なりポーションなりを使えばいいわけだしさ。

 そんなこんなでウォーミングアップを終えたところで、本格的にレミリネ流剣術の練習に入っていく。

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