第872話 焔の国に行ったことはないんですけどね!

「メイルダント家の大浴場か……フフッ、楽しみなものだな……」

「メイルダント家ご自慢の大浴場はですねぇ……焔の国を思わせる、なかなかシブい造りっすよ! なんて言っておきながら、実際のところ俺は焔の国に行ったことはないんですけどね! ははははは!!」

「ケインさんって、ほ~んと適当なんだからなぁ~っ!」

「なんだと、こいつめ……そんな口を叩く奴はこうだ、うりうりぃ~っ!」

「ちょっ、待っ! ほっぺたをグニグニするの……やめてぇ~っ!!」


 ケインの奴……ここぞとばかりにタム君をイジリまくりである。

 なんだかワイズより……ケインとタム君のほうが本当の兄弟に見えてきたんだが……

 いやまあ、見た目的にはワイズもタム君もソニア夫人の面影があるように感じられるので、ワイズとタム君こそが本当の兄弟で間違いないんだけどさ。

 でも……やっぱり、ケインとタム君のほうが近い感じがするのは確かだ。

 とはいえ、それはこれまでタム君がワイズに後継者争いに根差した複雑な感情を抱いていたからっていうのが大きいんだろうなぁ……

 とまあ、それは先ほどのやりとりから、ある程度解決の方向に向かうことができたとして……「焔の国を思わせる」ときたか……

 それはつまり! 日本の銭湯か、はたまた旅館っぽい雰囲気の大浴場ってことだよな!?

 これは期待ができるぞ!!


「当家の歴代当主の中にも、それなりに焔好みの当主がおりまして……これからご案内する風呂も、今は亡き私の曾祖父様がより焔風を意識して改修し、その意匠が現在まで遺されているのだと聞いております」

「ほう、それは素晴らしいセンスをされておられたものだ! うぅむ、できれば焔語りのひとつでもお聞かせ願えればよかったのだがなぁ……残念だよ」

「焔好みとしても名を馳せつつあるアレス殿であれば、曾祖父様とも話が合ったかもしれませんね」

「おいおい、『焔好みとしても名を馳せつつある』とは言うが……俺は単に、焔の国っぽい感じが好きってだけで、そこまで詳しいってほどではないぞ?」


 というか俺は、焔の国の元ネタであろう日本の青年が前世ってだけだからねぇ……


「いえいえ、アレス殿はじゅうぶん焔風に詳しいと思いますよ? まあ、私から見てそう思っただけですが……とはいえ、それ以上となると、それはもう研究者の領分となってくるのではないかと思いますし……」

「まっ! 細かいことは分かんねぇけど、とりあえず俺の感覚からすると……ぶっちゃけ、焔好みって年齢層が高めの……もっと言えば、御偉方のシブい趣味ってイメージだったんだけどなぁ?」

「でもさ、でもさ! 焔刀ってカッコいいよねっ!? それで実はさ、僕の学園入学祝いになんと! 焔刀を職人に頼んで打ってもらうって約束を父上としているんだよっ! いいでしょ~っ!!」

「おおっ! タム君は焔刀が好きなのかい!? いい趣味をしているねぇ!!」

「ははっ……どうやら曾祖父様の遺伝を、タムが一番色濃く受け継いだようなのです」

「まっ! カッコいいだけじゃダメだぜ? しっかり剣術も身に付けなきゃ、せっかくの焔刀も宝の持ち腐れになっちまうんだからな! そこんトコ、分かってんのかぁ~? ん~?」

「だ、だからぁ~っ! そのほっぺたをグニグニするの……やめてってばぁ~っ!!」


 ケインの奴……よっぽどタム君のほっぺたの触り心地がいいのだろうなぁ……

 俺も機会があれば、イジってみるかね……あくまでも、機会があればね……うん……

 それはそうと……


「ふむ……焔刀が好きなら、タム君にもレミリネ流剣術が合うかもしれないな?」


 基本的にレミリネ流は、片刃の剣や刀による運用技術である。

 それに対し王国式は、どっちかというと両刃の剣による使用を想定された剣術だからね。


「もしくは……ティオグ殿のような、焔の国をルーツに持つ剣士から剣術を教わるといったところでしょうか」

「そうだな、舞鶴流刀術と言ったか……あれも、なかなか見事な技術だった」


 そのうちティオグと合同練習をして、舞鶴流も教えてもらうとするかな。

 そうすることによって、俺の戦闘能力的引き出しをさらに増やすことができるだろうし。


「まっ! とりあえず明日も、朝練でレミリネ流の練習をするわけですし……タムも、気が向いたら参加してみればいいんじゃねぇか?」

「朝練? うんっ! やる、やる~っ!!」


 こうしてタム君も、明日の朝練参加が決まったのである。

 まあ、明日はベイフドゥム商会の一斉摘発も控えているので、あまり激しくは練習できないかもしれないけどね……

 そんなこんな言っているうちに……メイルダント家の大浴場に到着したようだ。

 ということは……つまり?


「アレスコーチ……やっぱ、今日も……やっちゃいますよねっ!?」

「フッ……当然だろう?」

「まあ、今日はタムもいることですから……お手柔らかに……」

「……えっ? みんな、なんかニヤニヤしてるけど……どうしたの? ねぇ……? ねぇってばぁっ!?」

「まあまあ、タムよ……学園にはな、男たちだけに伝わる……それはもう、凄い祭りがあってだな……」

「す、凄い祭り……? ゴクリ……」


 ケインが「伝わる」とかほざいているが……俺たちが始めたばかりなんだけどね……

 ああ、でも……タム君が学園に入学する頃には、すっかり伝統になっているかもしれないもんね?

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