第863話 長期戦を覚悟し合っている
「……それで私が若い頃にはもう、カイラスエント王国が大きな戦争に加わることがなくなってだいぶ経っていたわね……そんな状況下で、特に中央部に位置する領から徐々に、何かと費用のかかる軍を縮小し文系化していったのよ……そのことについて、当家も未だ武系貴族を名乗っているけれど、文系化の影響を一切受けていないかというとそういうわけでもなく、毎年の予算編成会議の際に軍に割く予算で頭を悩まされているといった感じかしら……まあ、当家の現状はともかくとして、そんなふうにして軍備を軽視した領で、ときどきモンスターの氾濫がおきてしまってね……そういうとき! リリアン様がまるで散歩でもするような気軽さで現地に向かい、あっというまに鎮圧してしまうのよ!!」
「ほうほう!」
「ええ、そうらしいですね……」
「俺も……母からそんな話を何度も聞かされました……」
「……」
当時を懐かしむように、うっとりとした表情で母上のことを語って聞かせてくれるソニア夫人。
ただし、どうやらワイズとケインは何度も聞かされている話のようで、やや疲れた表情を浮かべている。
ワイズの弟君なんかも、明らかに退屈そうにしているしさ……
しかしながら、俺はたとえ同じ内容でも、お姉さんがしてくれる話なら何時間だって楽しく聞いていられるし、それが母上の活躍譚ならなおさらである。
それに何より、腹内アレス君が本当に嬉しそうなんだよね。
「そんな大仕事をやってのけておきながら、特に自慢するでもなく、何事もなかったかのように平然と振る舞うリリアン様が本当に格好良くて! いつか私もリリアン様のようなステキなレディになりたいと、日々憧れを抱いていたわ!!」
「私の母上のことをそんなふうに想っていただき! 息子としてこの上なく嬉しいです!!」
「母上がこの調子だと、まだまだ続きそうだ……」
「ああ、俺んとこもスイッチが入ったら、なかなか止まんなかったからなぁ……でもま、アレスコーチは嬉しそうだし、とりあえず俺らは黙って聞いてるしかないな……」
「部屋に戻りたい……」
ノリノリで話をするソニア夫人と、それを楽しく聞く俺。
そこでワイズとケインは、コソコソと長期戦を覚悟し合っている。
弟君は小声であるものの、ついに不満の言葉を漏らしてしまう。
ちなみに、食堂内に控えている使用人の皆さんはというと……おそらくソニア夫人と同年代であろうお姉さんたちは共に思い出に浸っているのだろう、懐かしそうな表情を浮かべている。
それに対し、新人とか若手と思しき使用人はというと……興味深そうに耳を傾けている人もいれば、懸命に疲れた表情を出さないように努めているといった雰囲気の人がいたりと、反応に違いが見られる。
まあ、世代が離れていると、そんなもんかもしれんね。
その辺について、例えばアニメや漫画でも、昔の作品に遡って見たり読んだりしていく人もいれば、「古いのはちょっと……」って敬遠する人もいるだろうしさ。
ああ、そういえば……前世で父さんや母さんが、ときどき自分の青春時代に人気だった芸能人の話とかしてくることがあったけど、よほど興味の湧く何かがない限り、まあまあ聞き流してたもんなぁ……
ふむ、そう考えると……まさに今、ワイズたちがそんな気分なのかもしれんね。
とはいえ、ワイズたちとしては既に何度も聞かされたエピソードばかりで、単純に聞き飽きているってこともありそうだけどさ……
そんなこんなで夕食を食べ終えたあとも、ソニア夫人の母上トークが続いた。
そして、食後のお茶も何度注ぎ直されただろうか。
というか、それだけの時間を話し続けられるほど母上エピソードが豊富だということでもある……さすが母上ガチ勢といった感じだ。
そんな時間が続いたところで……
「あら、もうこんな時間……私ったら、少し話し過ぎてしまったわねぇ……」
「いえいえ、そんなことはありませんよ……私には、残念ながら母上の記憶が限られておりますゆえ、こうして思い出話を聞かせていただくことで、より母上を身近に感じることができました」
「ふふっ、そう言ってもらえて助かるわ……それに、アレス殿をとおして私もリリアン様と再びお話させていただいているような気分になれて、とても嬉しかったわ……本当に、光り輝くお方で……アレス殿は、その光をとてもよく受け継いでおられる……」
そういって微笑むソニア夫人……その微笑みも、とても輝いていますよ!
「楽しい気分のところ申し訳ありませんが、母上……」
「……あらワイズ、どうしたの?」
「このたび、私がメイルダント領に戻ってきた理由……は、ひとまず置いておくとして、それより先に報告したいことがあります」
「ああ、そうそう、あなたたちが学園を休んでまでメイルダント領に来た理由を聞かなければね……でも、それより先に報告したいことですって? そう……あなたの様子を見る限り、なかなか深刻な報告となりそうね……分かりました、執務室へ移動しましょう」
ここで、ソニア夫人の雰囲気が穏やかなものから、領を預かる者としての引き締まったものに変わった。
ソニア夫人のこういった凛々しさもステキである。
執務室までの移動中、そんなことを内心で思っていたのだった。
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