第861話 さんざんお預けを喰らったんだ!
「時間的に、まずは夕食をとってから……その後、改めて母上に報告といった流れにしようかと思いますが、いかがでしょう?」
「まっ! 周囲に使用人たちも控えている中だと、ちょっと話しづらい内容でもあるもんな!!」
「うむ、俺もそれでいいと思う……それに、食事はゆっくり美味しくいただきたいしな……」
まあ、それが腹内アレス君の望みでもあるからね……
ちなみにだけど、メイルダント家の屋敷で出される食事に関しては、おそらく吸命の首飾りの粉末が混入されていないと思われる。
というのも、貴族ともなれば、贔屓にしている商会の一つや二つ必ずあるものだからである。
ましてや歴史のあるメイルダント家なのだ、なおさら付き合いの長い商会がないわけがない。
そこで、調味料関係もそういった贔屓にしている商会から納入されているはずなのだ。
そう考えると、ベイフドゥム商会などというド新参の商会なんかが相手にされるわけもなく、吸命の首飾りの粉末が混じった調味料が入り込む余地などないってことになるわけだ。
とまあ、そんな感じで、これから食べることになるであろう夕食に関しては心配していない。
さらにいえば、もし仮になんらかの理由があって混入してしまっていたとしても、きっとワイズのお母上なら気付いただろうと思うのだ。
なぜなら、うちの義母上を見ても分かるように、俺がこれまでお会いしてきた母上を慕うご夫人方は魔法的に実力を備えておられる方ばかりだったからである。
たぶんだけど母上に憧れるあまり、ご夫人方は魔力操作の練習など相当な努力をされていただろうことは想像に難くない。
そんなわけで、ワイズのお母上も俺の母上を慕ってくれていたという話なので、きっと高い実力を持った方に違いあるまい。
よって、実際に吸命の首飾りの粉末が混じった料理を口にしていれば、確実に気付いたはずなのだ。
そんなことを思いつつ3人で魔力交流と会話をしながら過ごしているうちに、使用人のお姉さんが夕食の準備ができたと呼びに来た。
「それでは、食事に向かいましょうか」
「よっし、今日もメチャクチャ頑張ったからな、メシも美味いに違いない! それに何より、ようやくメイルダント風の料理を食べることができると思うと、ワクワクしてくるってもんだぜ!!」
「ああ、お前たちの達成感が最高の調味料となってくれていることだろう。そして、ケインは本当にメイルダント風の味付けが気に入っているようだな?」
「ええ、気持ちよく食事ができそうです。それから……確かにケインは、食事を楽しむためにたびたび我が領地に訪れている……という感じもしますね……」
「えっ? ああ、まあなぁ……正直、料理の味付けに関しては俺んとこよりメイルダント領のもののほうが好みっていうのはあるんだよなぁ……いや、俺んとこも決して薄味ではないんだけど……でもやっぱ、メイルダント風を味わっちまうと、ちょっと物足りなく感じちゃうっていうかさ……」
「ふぅむ……基本的には慣れ親しんだ味をこそ一番だと感じそうなものだが……ケインにそこまで言わせるとは、ますますメイルダント風の料理を食べるのが楽しみになってくるじゃないか」
特に腹内アレス君の期待が高まり続けている。
「そればっかりは、アレス殿の口に合うことを願うばかりですね……」
「まっ! メイルダント領に入ってから、さんざんお預けを喰らったんだ! そのぶんもあって、美味さが激烈に倍増しているに違いありませんって!!」
「フフッ、激烈に倍増ときたか……それはこちらとしても、心して食さねばならんな!」
なんて会話もありつつ、食堂へ向かう俺たち。
まあ、俺たちに付いて歩いてきている使用人のお姉さんからすると「お預け? なんで?」って脳内に疑問符が浮かんでいるかもしれない。
だって、メイルダント家の屋敷内で過ごしていれば、ベイフドゥム商会の調味料が使われた料理を口にする機会などほとんどないだろうからね。
とはいえ、その理由も近々分かることになるであろうから、それまでしばしお待ちいただければと思う次第である。
とまあ、そんなこんな思っているうちに食堂の入口に到着。
そして、使用人のお姉さんがドアを開けてくれる……感謝である。
そうして、食堂に入ると……ワイズのお母上らしき美しい女性の姿が目に入った。
「母上、少々用事ができまして、一時的に戻って参りました」
「嗚呼……リリアン様……」
ワイズのお母上の潤んだ視線が、俺に向けられている……いや、おそらく俺をとおして母上を見ているのだろうな……
「……母上?」
「あら……私ったら、ごめんなさいね……ええ、ひとまずお帰りなさい。そしてアレス殿、ケイン殿、我が家へようこそいらっしゃったわ」
「急な訪問にもかかわらず、温かくお迎えくださり、ありがたく思います」
「今回も世話になります」
「学園のこともあって、のんびりはできないでしょうけれど……屋敷にいるあいだは大いにくつろいで過ごされるといいわ」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
「いつもありがとうございます」
ワイズのお母上らしく、上品で落ち着いたご夫人といった印象だ。
そんな素晴らしい女性と夕食をご一緒できるとは、喜ばしい限りである。
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