第860話 羨ましく思ってますよ

「あ、そうだ、ワイズ様……お屋敷まで、馬車を用意致しましょうか?」

「すぐ用意できるのは軍用になってしまいますが……」

「いや、お前たちの気遣いはありがたいが、余計な手間をかけさせるつもりはない、そのまま警備を続けてくれ」

「は、はい……かしこまりました」


 そもそも論として、街の正門からメイルダント家の屋敷まで途轍もない距離があるってわけじゃないからね……

 ちょっと歩いて着く程度の距離で「よし、馬車を出せ!」とか言っちゃうのは、イケてる男のすることではないだろう。

 まあ、悪役貴族としてなら、ここで「……軍用だと? 貴様ら、この俺を舐めているのか!? 高貴な者を送るにふさわしい馬車を用意せんか!!」とかって、ワガママのひとつも言うところかもしれないけどね?

 そんなこんなで衛兵たちを少しばかり驚かせてしまったものの、特に問題なく領都に入ることができた。

 そして領都の街並みを眺めてみたところ……

 うん、領都とはいえ、そこまでギラギラとした派手さはなく、整然とした落ち着きのある街といった印象だ。

 まあ、それはメイルダント家が武系だからっていうのもあるかもしれないね。


「うむ、いい街だ……ワイズの落ち着いた人柄は、この街の雰囲気が育んだ部分もあるのかもしれないな?」

「我が街を褒めていただき、嬉しく思います。メイルダント家を代表してお礼申し上げます」

「まっ、メイルダント家もなかなか歴史のある家だもんな! きっと、そういった伝統みたいなもんが、自然とワイズにも備わってるんだろうなぁ」

「なるほど、伝統によって磨かれた古風な男ぶりというわけか……歴史の浅いソエラルタウト家の俺には出せない渋さだと思うと、ワイズが羨ましくもなってくるというものだ」

「いえいえ、私などそんな……」

「ていうか! そんなこと言うと、ソエラルタウト家の勢いなんてメチャクチャ凄いじゃないっすか!? たぶん、王国中のほとんどの貴族がソエラルタウト家のほうをこそ羨ましく思ってますよ、間違いなく!!」

「ふぅむ、そうなんだなぁ……」


 まあ、前世でも「隣の芝生は青い」とかよく聞いたものだしな……

 加えて、俺に対する陰口についても、その中には俺本人に対してよりも、ソエラルタウト家に対しての嫉妬の気持ちからくるものもそれなりにあるかもしれないなぁ。

 そんなような話をしながら、メイルダント家の屋敷へ向けて進んでいく。

 そしてしばらく歩いたところで……


「お帰りなさいませ」

「ああ、出迎えご苦労」


 メイルダント家の使用人らしき女性たちが、出迎えに並んでいた。

 どうやら門番の衛兵が、ワイズの帰還を知らせに走っていたようだね。

 おそらく、俺たちに気を遣って違うルートを辿って馬を走らせたって感じかな?


「急のお帰りに驚きましたが……ひとまずお部屋でおくつろぎください」

「分かった、そうさせてもらおう」


 そうして、おそらくワイズ付きの使用人らしき女性が部屋に案内してくれる。

 また、もちろん俺とケインの部屋も用意してくれている。

 まあ、こういった急な対応にも慣れていることとは思うが……それでも、お姉さんたちに手間をかけさせてしまったことについては、少しばかり申し訳なさも感じてしまうね。

 というわけで、一応貴族モードに切り替えつつ……俺用に用意された部屋に案内してくれたお姉さんにお礼の言葉を述べようと思う。


「急だったにもかかわらず、こんなにいい部屋を用意してくれて嬉しく思う」

「ワイズ様のご学友にお喜びいただけて、幸いに御座います」


 客人ということで、あまり馴れ馴れしい会話もできないが……俺としては「お姉さんと会話ができる」という事実だけで、じゅうぶん幸せである。

 そんな感じで挨拶的な会話を済ませたところで、お姉さんは部屋をあとにした。

 まあ、あまり長話をするわけにもいかないからね……残念ではあるけどさ……

 それはそれとして、冒険者スタイルの格好から、貴族用の服装に着替える。

 その貴族服は、夏休み中にソエラルタウト家の実家に戻ったときギドが用意してくれたものだ。

 そのため、俺の好みがしっかりと反映されており、黒を基調とした実にクールかつ洗練された衣装である。

 フッ……これなら、ワイズのお母上を前にしても恥ずかしくあるまい。

 そうして着替えが一段落したところでワイズの部屋へ向かい、再度3人が合流した。


「なんというか……ここしばらく平静シリーズに見慣れていたせいか、不思議な感じがしてしまいますね……」

「ああ、宿屋以外ではほとんど鎧で固めていたし……そんでもって学園では、ほとんど制服で過ごすことが多かったもんなぁ?」

「まあ、そうだな……学園内でも華美な服装をしたがる奴もそれなりにいるようだが、俺は基本的に制服か鍛錬時の平静シリーズかといったところだったし、お前たちも似たような感じだったものな……そう考えると、お互いに珍しい格好を見れて、なかなか貴重な機会だといえるかもしれんな?」

「ええ、そうかもしれませんね」

「ハハッ! このことをアレスコーチのファンが聞いたら、俺とワイズのことを羨ましがるかもしれないっすね!!」


 まあ、レアリティはそれなりに高いといえるかもしれないからねぇ……?

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