第855話 お前さん、どうやら本物志向のようだね?
「よし、入っていいぞ」
「どうも」
街というには少々小さく、村というにはちょっと大きいかなって規模感のところだが……まあ、門番をしているオッサンを見たところ、あまりガチガチの本職って感じもしないところから、どちらかというと村って呼んでいいんじゃないかなって思った。
そのためというべきか、そこまで手続きに時間がかかることもなく、すんなり村に入れてもらえた。
まあ、ここで時間がかかるようなら、素通りして待ち合わせ場所に直行していたことだろう。
そんなことを思いつつ、門番のオッサンに教えてもらった店に向かうことにした。
さて……この村の店で扱っている調味料はどんな感じか……
というわけで、教えてもらったとおりの場所にあった店に入った。
「いらっしゃい、何をお求めかね?」
「うむ、俺は冒険者をしているのだが、野営に使えそうな調味料を適当に見繕ってくれないか?」
「ほう、初めて見る顔で調味料を御所望とは……お前さん、どうやら本物志向のようだね? まあ、冒険者なんて体の状態が仕事の成果に直結するような職業の人だと、当然の選択だろうな!」
「本物志向……」
「ハッハッハッ! 違いの分かる男が中途半端に謙遜なんかしなくてもいいぞ? 俺には、ちゃぁ~んと分かってる……お前さんも、最近街中で蔓延っている混ぜ物だらけの調味料に嫌気がさして、俺んところに来たんだろうからな!!」
おやっ? このオッサン……どうやら吸命の首飾りの粉末に気付いているような口ぶりだぞ?
これは少し話を広げてみようか……
「混ぜ物というと……ひょっとして、ベイフドゥム商会のことを言っているのか?」
「ハン! あんな粗悪品を扱う店がほかにあるかってんだ!!」
「なんと! 粗悪品とまで……そこまで言い切るには、何か根拠でも?」
「おいおい、俺が自分の舌を頼りに、この商売を何年やってると思ってんだい……あんなもん! 気付かないほうがおかしいってもんだぜ!!」
ふむ……根拠はオッサンの味覚に根差した長年の経験と勘といったところか……
まあ、吸命の首飾りの粉末という正解を導き出しているわけだし、オッサンの味覚は信頼に値するほどのものなのだろうな。
「なるほど……店主ほどの専門家ともなれば、分かってしまうものなのか……さすがだな」
「ハハッ、まあな! そんでお前さんも、あの調味料は信用ならない物だって気付いて、本物を探しているうちに俺んとこに辿り着いたってところだろう? まだまだ若そうな兄ちゃんだってのに、たいしたもんだ! きっとお前さん、将来は冒険者として名前を残せるぜ!!」
「そうか……そう言ってもらえると、励みになるよ」
「まっ! 俺が見てきた冒険者で出世していくような奴らってのは、本物の分かる奴らだったからな! その点、お前さんは合格ってわけだ!!」
「ありがとう……それで一つ聞きたいのだが、店主は混ぜ物の正体が分かるか?」
「ん? 混ぜ物の正体だって? ああ、それなんだがなぁ……正直お手上げなんだ……なんとなく体に悪い感じがするのは確かなんだが……その正体ばっかりはどうにもはっきりしなくてな……」
「そうなのか……」
といいつつ、魔法士ですら普通に見落としていたであろう吸命の首飾りの粉末を味覚だけで気付いたこのオッサンは、食品を扱う商人としてまさしく一流だといえるだろう。
まあ、このオッサンほど明確に言葉にしてはいなかったが、俺がここまでに回ってきた店の人たちも自分のところの商品に自信を持っていたことから、うっすらとベイフドゥム商会の調味料はアカンってことに気付いていた可能性はある。
「それで俺も、村長に『領主様に報告したほうがいい』って言ってはみたんだが……残念ながら、商売敵の扱っている商品にケチを付けて、この村で出店するのを阻もうとしているぐらいにしか受け取ってもらえなくてなぁ……」
「ああ、規模の大きい街から順々に出店を始めていっているようだからな、そのうちここにも……という可能性はあっただろうな」
「そうなんだよ! しかも、この村の分かってない奴なんかも『早く誘致しろ!!』って村長に言いに行ってるぐらいだからなぁ……本当、困ったもんだぜ……」
「それは……なかなか大変だったな……」
まあ、ここに来るまでのあいだにも、そういう意見がちょいちょい耳に入っていたからね……
う~む、それだけ価格というものは判断に大きなウエイトを占めているということなのだろうな……
なんてこといってる俺だって、前世で「ちょっとぐらいならいっか!」ってメーカーとか気にせず安さで商品を購入することもあったからなぁ……
「まっ! お前さんはそういう世の中の風潮に流されず、本物志向を貫いていってくれよな! そんでもって俺んとこの本物ぞろいの商品を買ってくれれば、なおよしってわけだ!!」
「そうだな、またメイルダント領に来たときは寄らせてもらおうと思う」
「そりゃありがたい! おっと、ついつい話し込んじまったな……そんで、俺が自信を持って提供できる調味料はこれだ!!」
「ほう……」
オッサンが「ドヤッ!!」って感じで出してきた調味料に吸命の首飾りの反応があったら、これ以上ないぐらいのギャグになっていたところだが……当然、そんな感じはなかったので一安心だ。
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