第852話 一度懐疑的にならねばならない

「フッ……我ながら、素晴らしいスピードだったな……」


 そんな言葉をクールに呟きつつ、街の正門近くに降り立つ。

 まあ、かなり飛ばしたので、なかなか移動時間を短縮できたのではないだろうか。

 そんなこんなで門番の衛兵によるチェックを経て、特に問題なく街に入ることができた。

 ああ、でも……衛兵のオッサンは急速接近する俺の姿を認識していたようで、地味に焦ったとは言ってたね……

 そんなふうに衛兵の皆さんをビックリさせてしまうのも悪いので、次に移動する際は、街が見えてきた段階で徐々に減速していき、到着する頃にはゆっくり降りようかと思った。

 というか、敵襲として誤解されてしまったら面倒だし、余計に時間もロスしてしまうだろうからね……

 なんてことを考えながら街の中を歩き、食品関係を扱っている店へ向かう。


「ふむ……まずはここからにしますか……」


 そしてこの街で1軒目の店に入った。


「いらっしゃいませぇ」

「どうもどうも」


 ここはお姉さんが店員をしている店だった……やったね!

 というのも、前の街はオッサンが店員をしている店ばっかりだったからさ……

 ただ、この店のお姉さんも明るそうに声をかけてくれたけども……雰囲気の中に、少々翳りのようなものが含まれている。

 ふぅむ……それだけ、この店も苦戦しているということなのだろうな……

 まあ、こっちも様子を探ろうとしているから、なおさらその辺のことも感じ取れてしまうっていうのもあるだろうけどね……

 それはそれとして、早速買い物をするとしよう。


「私は見てのとおり冒険者をしてまして、野営中に使えるような調味料が欲しいのですよ……それで、種類等はお任せするので適当に選んでくれませんか?」

「はい、かしこまりましたぁ」


 また、なんとなく店内を見渡していると……お茶の葉が並んでいるのが目に入った。

 お茶の葉かぁ……エリナ先生へのお土産に買っていくのもアリかもしれない。

 一応、軽く確認してみたところ、この店の商品に吸命の首飾りの反応もないしな……

 ただまあ、実際にエリナ先生にお渡しするってなったら、もっと念入りにチェックをするつもりではあるけどね!


「……おや? お茶の葉にも興味がおありですか?」

「ええ、メイルダント領には偶然立ち寄りまして、何かお土産になるような物も買っておこうかなぁ……なんてふと思ったのですよ」

「あらぁ、それはきっと喜ばれますよぉ」

「お姉さんもそう思われますか? では、オススメのお茶の葉がありましたら、それもお願いします」

「うふふ、お姉さんだなんて……久しぶりに言われましたわぁ」

「えっ、そうなのですか?」

「ええ、私ぐらいの年代になると、なかなか……主人とだって、まじまじと顔を見合わせることもほとんどありませんし……はぁ~ぁ……」


 いやいや、「私ぐらいの年代」とかおっしゃっているが、俺の感覚としては20代の女性に見えるんだけどねぇ?

 そりゃぁ本気で凝視すれば、うっすらとシワなんかにも気付くかもしれないけどさ……わざわざそんなことをする必要もないし。

 まあ、これは前世経験のある俺のみに適用される異世界あるあるが発動された瞬間ってところだろうなぁ……


「あらあら、いけない私ったら、お茶の葉でしたわねぇ……それなら、メイルダント領でよく飲まれているウーロン茶はいかがでしょうかぁ? メイルダント領のものは香り豊かで、苦みが少なく口当たりも柔らかだと評判ですよぉ」

「ほう、それは飲みやすそうでいいですね……では、それでお願いします」

「かしこまりましたぁ」


 味が濃いめだといわれるメイルダント風の味付けには、柔らかな口当たりのウーロン茶がよく合う……といったところかな?

 まあ、そんな感じで飲みやすいお茶なら、普段使いにもいいかもしれんね。

 というわけで、エリナ先生へのお土産用だけではなく、多めに買って自分用にもしようと思う。

 それと、夕食後の練習会に参加しているみんなのぶんもあったほうがいいよな。

 とりあえず、まだ何軒か回ることになるだろうし……その都度いいお茶の葉がありそうなら、ついでに買い足していくのもアリだな。

 そうして、お姉さんとのちょっとした会話を楽しみつつ気分よく買い物を終え、店を出た。

 ちなみに今回も、お姉さんにビスケットをオマケしてもらった。

 不作の影響で厳しさもあるだろうに……その気持ちに嬉しさを感じずにはいられないね。


「うむ……当然のことながら、答えはシロ」


 店を出て、改めて買ったばかりの商品を確認してみたところ、吸命の首飾りの反応はなかった。

 まあね、あんなステキなお姉さんが売ってくれた商品なんだ、当然の結果だよね!

 とはいえ、たとえお姉さんにそんな気がなかったとしても、マヌケ族から言葉巧みに騙されて、知らず知らずのうちに売ってしまう……なんてことがないとも言い切れないからねぇ……

 お姉さんが相手だと無条件で信じたくなってしまう俺としては、その気持ちを抑えて一度懐疑的にならねばならない。

 この辺が地味に、精神的にキツイところだといえるかもしれないね……


「さてと……それはそれとして、次の店に向かうとしますか……」

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