第839話 学園に入学するまで知りませなんだ……

 メイルダント領に到着した……とはいえ、ここは外縁部に位置する街である。

 そして、普段ワイズが居住している屋敷があるのは中央部の街である。

 そのため、今日も街にある宿屋で一泊することにした。

 ただまあ……この街の運営を預かる代官に領主の子息たるワイズが「俺たちの泊まる部屋を用意しろ」とでも言いに行けば、おそらく用意してくれたんじゃないかと思う。

 というか、実際ワイズは俺たち……というか主に俺に対して気を遣って部屋を手配しようと考えていたようだ。

 しかしながら、そんなことでいちいち代官や街の人たちの手を煩わせるのもなんだかねって感じだったからさ……そういうのはお断りしておいた。


「そんな遠慮なされずともよかったと思うのですが……」

「いやいや、俺は堅苦しいのが大の苦手でね……こういうときは、一冒険者として気ままに振る舞いたいのさ」

「う~ん……俺も畏まった感じはあんまり得意じゃないんで、その気持ちは分かる気がしますねぇ。それに他家の……特に侯爵家のアレスコーチをおもてなししようってなると、代官側としてもなかなかの大ごとになってたでしょうし……」

「そこまで当家のことに配慮いただく必要もありませんでしたが、アレス殿がそうおっしゃるなら……」

「うむ、これでいいのだ」


 うん、マジでそう思う。

 だから、この街だけでなく、メイルダント領内でのどこにいても、一冒険者として扱ってもらいたいものだ。

 とはいえ、ワイズの屋敷のある中央部に行ったときは、さすがにそうもいかないだろうけどさ。

 ……いや、そのときはむしろ! こちらからワイズのお母上にご挨拶申し上げたい!!

 あ、ああ……まあ、そうはいっても、友達のお母さんにときめいちゃうのはマズいだろうということは、俺も理解しているつもりだ。

 だから、これはあくまでも礼儀として挨拶をしたいと思っているだけのこと……そこのところをどうか、ご理解いただけるとありがたい。


「それにしても……アレスコーチって、こういうところでは全ッ然! 偉ぶらないですよね? 学園に入学前なんか、親とか周囲から『上位貴族の子息と接するときは態度に気を付けろ』ってスゲェ言われてたんですけど……こうして実際にアレスコーチと接してみたら、すんごいフレンドリーでしたし!!」

「確かに……私もアレス殿がこんなにもお優しい方だとは、恥ずかしながら学園に入学するまで知りませなんだ……」


 まあ、原作ゲーム内でアレス・ソエラルタウトという男は悪役に設定されていただけあって、尊大で傲慢野郎に描かれていたからねぇ……

 そこで、学園入学前と俺の前世意識が目覚めて行動に変化が起こったときを比べれば、そりゃあ印象が違ってくるのも当然だろう。

 とはいえ、ソエラルタウトの実家で義母上やギドたちの対応を見るに、本来の原作アレス君はそこまで悪い男ではなかったようだけどね。

 いや、悪い男ではなかったどころか、むしろ心優しい男だったと言っても過言ではなかろう。

 しかしながら、母上を喪ったことで原作アレス君の心は深く傷を負い……その上、あの親父殿……いや、ここはあえてクソ親父と言わせてもらおう、奴の冷淡さが原作ゲームのシナリオへと進ませたのだ……


「ふむ……そうだな……俺が親父殿と不仲であることはお前たちも多少耳にしているだろう? それで学園入学前は俺自身の世界が狭かったこともあって、親父殿への敵対心で俺の心が支配されていたのだろうな……だからというのもなんだが、あの頃は周囲の全てに攻撃的な態度で接していた気がする……まあ、それでほかのみんなと同じように、お前たちも『アレス・ソエラルタウトは危険だ』という印象を持っていたのだろう……」

「アレス殿……」

「アレスさん……」

「フッ、ケインよ……そうシリアスそうにせずとも、いつもどおり『アレスコーチ』のままでいいぞ?」

「えっ? あっ……そ、そうでしたね……」

「まあ、こうして学園で生活するようになって親父殿と離れることができた……それに何より、学園に入学してから関わるようになったみんなのおかげで、俺は穏やかになれたのかもしれないな……」

「そう……でしたか……」

「なるほどなぁ……それじゃあ、これからはアレスコーチがそれまで受けてきた心の痛みを完全に忘れられるよう、さらに楽しい学園生活にしましょう! そのためなら、俺たちも全力で協力しますよ! なんたって、俺たちはアレスコーチにたくさん世話になってますからね!!」

「ハハッ、そうか! それはありがたい! でもまあ、お前たちと過ごすこの旅も凄く楽しいし、実際のところ俺の心の痛みなんか既に消滅してしまっている気もするけどな!!」

「我々と過ごすこの旅をアレス殿は楽しんでくれていますか……それはよかった」

「まっ! 俺もワイズも、限界に挑戦しっぱなしで大変ではあるけど……それでも! 俺たちだって、この旅そのものはとっても楽しいって感じてますよ!!」

「フッ、そうか……まあ、ワイズの本番はこれからだし……それは当然上手く行かせるとして! 学園都市に戻るときは、さらに限界を超える濃密な鍛錬時間としようじゃないか!!」

「はい……必ずや……」

「よっしゃ! どんとこいだぜ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る