第835話 適切な負荷を見極めるのも実力のうち

「……朝がきたか……それじゃあ、朝練の準備をするとしよう」


 そんな独り言を呟きつつ、ベッドから這い出た。

 まあ、平静シリーズのインナーとかジャージは着て寝ていたので、靴下を履いたりニット帽などの小物類を身に付けたりって感じだ。


「あとはランニングシューズを履いて……手袋もはめたら……よし、これで準備オッケー!」

「……おはようございます、アレス殿……今日も早いですね」

「おう、おはよう! 今日もいい朝だな!!」

「う、うぅ~ん……もう朝かぁ……ホントに、アレスコーチは朝に強いですねぇ?」

「おお、ケインも起きたか? まあな、ダイエットという目的もあって、学園に入学してから朝練をするのが日課になっていたからな!!」

「ええ、そしてファティマ殿と一緒にランニングをされておられるとか」

「ああ! 毎朝爆速で走ってるって、もっぱらのウワサだぜ!?」

「ハハッ、爆速って……そんな大げさな速さではなかったと思うがな? まあ、たぶん誇張されたウワサが流れてるんだろうなぁ……」

「とはいえ、お2人のことですから、並の速さではないことだけは想像がつきます」

「まさしくだな!」


 まあね、極端ではないとしても、それなりの速さで走っていたとは思う。

 ……ああ、そういえばファティマの足が速いっていうのもあったかもなぁ。

 今思えば、アイツのペースに合わせているうちに、こっちも自然と速くなってたって気もしてきた。

 そうして話をしながら、ワイズとケインも準備が整ったようだ。


「ふむ……今日は普通の運動着ではなく、平静シリーズで朝練に挑戦するようだな?」

「ええ、せっかくアレス殿に頂いたわけですからね」

「まっ! 早いとこ3つをクリアして、4つ目に挑戦したいもんだぜ!!」

「そうかそうか……まあ、焦り過ぎることなく、着実にクリアしていってくれればと思う」

「そうですね……己の実力を過信して4つ、5つと身に付け……結局、扱いきれずに心が折れてしまっては意味がないでしょうから……」

「うっ……たぶん俺1人だけだったら、そんなふうに無謀な挑戦をしてたかもしんねぇなぁ……」

「うむ、自分にとって適切な負荷を見極めるのも実力のうちといったところだな……かくいう俺も、やはり自然と見栄を張りたくなってしまうから、気を付けたいところだ」


 それに前世でも、運動部の奴がムチャな重量でウエイトトレーニングをして関節とかを痛めたとか話してたのを耳にした記憶もあるし……

 まあ、その点この世界にはポーションっていうありがた~いモノがあるからね!

 ポーションを購入してビクともしないだけの財力があれば、ケガの心配をする必要がほとんどなくなるっていうのは実に嬉しいところだ!!

 とはいえ、それで調子に乗って身体がブッ壊れるほどの高負荷な鍛錬をポーションで治しながら積んだとしても、意外と効率はよくないかもしれないけどね……

 そんなことを思いつつ、宿屋の庭に来た。


「う~む……昨日泊まった宿屋の庭よりは広いようだが……走るには少し狭いかもしれないな……」

「まあ、走れないこともないでしょうが……」

「狭い範囲をぐるぐる回り過ぎて、そのうち目が回りそうな気がするぜ……」

「確かにな……それじゃあ、ウォーミングアップ的に少しだけ走って、あとは素振りや型などの剣術稽古としようか」

「ええ、それがいいですね」

「よっしゃ! 走っているうちに運動神経のほうも目覚めさせてやるぜ!!」


 というわけで軽く体温を上げる程度に走り、その後は準備体操をして素振りへ。

 そしてしばらく素振りを続け、型の練習に移行。

 このとき脳内にレミリネ師匠を思い浮かべ、動きを丁寧にトレースしていく。

 そんな感じでワイズとケインにお手本を見せたあとは、2人の演武についてアドバイスを加えていく。


「……ヤッ! ハッ!!」

「うむうむ、今の足捌きはなかなかよかった! あとはつなぎ方をもう少し滑らかにできると、もっといいな!!」

「はい、承知しました!」

「アレスコーチ、今日はスペースにいくらか余裕もありますし……組演武もどうですか? さすがにヴィーンさんほどとはいきませんが……俺だって、それなりにできるつもりですよ?」

「おっ、そうだな! いっちょやってみるか!?」

「よっしゃ! そうこなくっちゃ!!」


 まあ、ヴィーンの模倣能力はピカイチだからね。

 そこでふと思ったのだが……ヴィーンがレミリネ師匠の動きを視ていれば、俺よりもっと精度の高い演武を再現できたかもしれない。

 そうすれば、みんなにもっと質の高い見本を提供できたのではないかと思うと、残念な気がしてくるというものだ。

 ただまあ、残念がっていてもしょうがないので、俺自身がもっともっと腕を磨いて、少しでもレミリネ師匠の動きを再現したいと思う。

 そんな気持ちを抱きつつ今日も、俺にできる限りの真剣さでレミリネ流剣術の指導に当たる。

 こうして朝食の時間までじっくりと剣術の稽古に取り組んだ。


「……おい、あれを見てみろよ……まだまだ若そうな兄ちゃんたちなのに、見事な剣捌きだと思わねぇか?」

「ああ、あれだけの剣が振れるということは……もしかすると高ランク冒険者かもしれないな」

「いいなぁ、高ランク!」

「フン……俺らも、若ぇ奴らにゃ負けてらんねぇなぁ!」

「ちょっとぉ! 今から張り切り過ぎて、今日の依頼が終わる前に力尽きないでよぉ?」

「わーってるって!」


 ふむ、見知らぬ冒険者たちだが……言葉を交わさずとも、互いにいい刺激を与え合えればステキだよね。

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