第828話 怒りは似合わねぇ
「……朝か」
キズナ君に目覚めの挨拶をしようと思って周囲を見回したが、すぐにここが学生寮の自室ではなかったことを思い出した。
まあ、野営研修とか夏休みでキズナ君のいない朝も経験しているので、多少の寂しさもないではないが「そういえば、そうだったな……」ぐらいの感覚で収まっている。
そんなことをなんとなく考えながら、朝練に向かう準備を始める。
「……おはよう、ございます……アレス殿……」
「おうワイズ、おはよう」
「……ん……ああ……もう朝か……って! まだ5時じゃないですか!?」
「ケインも起きたか……それで俺はこれから朝練に行くが、お前たちはどうする? 朝の眠気というものは、この上なく抗い難いものだと俺も理解しているつもりだし、昨日は慣れない魔力交流も頑張っていたからな、無理に一緒に来ようとしなくてもいいぞ?」
「い、いえ! ただでさえ実力に劣る我々が、このまま惰眠をむさぼるわけにはいきません! すぐに準備致しますので、少々お待ちいただけませんか?」
「ああ、それは構わんが……昨日は半日だったのに対し、今日は一日中ウインドボードで移動することになるのだから、くれぐれも無理はするなよ?」
「はい、心得ております!」
「よし……それで、ケインはどうする? 眠たければ、本当に寝ていていいからな?」
「まだ眠いのが正直なとこですけど……ワイズも行くんだし、俺だけこのまま寝てるってわけにはいきませんよ! まっ、そんなわけで俺1人だけ仲間外れはナシってことで、ひとつよろしく!!」
「仲間外れなど、考えたこともなかったが……いいだろう! 一緒に来い!!」
「あざっす!!」
こうして俺は平静シリーズに身を包み、ワイズとケインは普通の運動着に着替えた。
「準備も完了したようだし、そろそろ行くかね」
「はい、お待たせしました」
「よっしゃ! 行きましょう!!」
そして俺たちは宿屋の庭に出た。
だが、そこまで広い庭というわけでもないのでランニングはせず、軽い準備体操のあと素振りや型の稽古に取り組むことにした。
まあ、そういった剣術の基礎練習なら、極端に広い場所は必要じゃないからね。
そうして1時間ほど、丹念に木刀を振り続けた。
「フゥ……基礎練習だけとはいえ、一振り一振り丁寧に振るとなると……やはり、それなりに疲れますね……」
「しかも、やっぱアレスさんの傍で振るってのがデカい気がするんだよな! なんていうか、単に木剣を振ってるってだけじゃなくて、これは一種の祈りっていうか……そうだな、その辺の司祭なんかより! よっぽど精神が研ぎ澄まされる感じがするんだよ!!」
「一種の祈りときたか……確かに俺は少しでもレミリネ師匠の域に近付こうと全神経を集中させて振っているし、その一振り一振りもレミリネ師匠にご覧いただいているのだと思いながら振っているのがそう感じさせていたのかもしれんな」
「なるほど……アレス殿のレミリネ殿への想いが、祈りとなって周囲を厳かな雰囲気にしているのでしょうね……」
「アレスさんにそこまで想われるぐらいだから、やっぱレミリネって人は凄い人だったんだろうなぁ……」
「ああ、もちろんだ! そしてシュウに聞いた話によると、生前はイゾンティムル王国の民からも深く深く敬愛されていた……まあ、だからこそ愚王など上層部の連中に危険視され……」
……クソッ! この話を思い出しただけで、愚王共への怒りが湧いてきやがる!!
「ア、アレス殿! お気持ちを、お鎮めください!!」
「ああ、その話は俺たちも少しだけど聞いたことがある……だから、アレスさんの怒りも少しは理解できるつもりだ……だけど、まだ付き合いの短い俺が言うのもなんだけど、アレスさんに怒りは似合わねぇ」
「……俺に怒りは似合わない……だと?」
「ケインの言うとおりです……これはおそらく、昨日の魔力交流でアレス殿の光属性の魔力を感じたことも影響しているのでしょうが……アレス殿には負の感情より、アツさが似合います!」
「そうだぜ、アレスさん……だから愚王みたいなクズのことに意識を割くより、レミリネって人の名誉を取り戻すことにだけ集中したほうがいいって! そのためにレミリネ流剣術をみんなに教えてるんだろ!?」
「そう……だな、救国の剣聖女の弟子が怒りに飲まれるわけにはいかんな……」
「そうですとも、アレス殿は光の人ですから」
「まっ! デカい戦争とかは起こってないから『救国』って付くかどうかは微妙だけど……そのうちアレスさんは『剣聖者』って呼ばれるようにはなりそうだもんな!!」
「レミリネ師匠から引き継ぐと考えたら、とても光栄なことだな……うむ、頑張るとしよう」
まあ、俺の場合だと「魔力操作狂いの剣聖者」って、メインが魔法なのか剣なのかよく分からん奴になりそうだけどね。
そして、ケインの言うデカい戦争だけど……魔王が復活してしまったら勃発する可能性があるんだよな……
やはり復活を阻止するのがベストだろうけど、魔王の宝珠が今どこにあるかも分からんし……
そうなると、少しでもみんなが自衛できるよう全体の底上げを図るしかないよな……
そんなこんなで俺たちは朝練を終え、朝食へ向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます