第826話 できれば補習なんか受けたくないですからねぇ……

 部屋に戻ったあとも、腹休めを兼ねていくらか雑談を楽しんだ。

 だが、この時間を雑談だけして過ごすにはもったいないと言えるだろう。

 ということで……


「お前たちも当然、マジックバッグに教本を入れているよな?」

「ええ、もちろんです」

「まあ、授業を受けるため必要だし、マジックバッグのスペースにも余裕があるので、わざわざ寮に置いてくるようなことはしてませんね」

「うむうむ、改めて言わずとも分かっていることだろうが……俺たちは、これから少なくとも何日間か学園の授業を休むことになる。そこで! しっかりと自学自習をして、ほかの奴らに置いて行かれないようにするぞ!!」

「ええ、アレス殿のおっしゃるとおりです」

「まっ、俺らの担任も学園に戻ったら補習をしてくれるようなことを言ってましたけど……できれば補習なんか受けたくないですからねぇ……」

「……なッ!? お、お前……補習を受けたくないとか……正気……か?」


 確か、ワイズとケインが所属するクラスの担任も女性だったはず……

 それはつまり! ステキなお姉さんとご一緒できる非常に貴重な時間なんだぞ!?

 それを……それを、ケインのバカチンは理解していないというのか!?


「まあ、ケインは座学よりも身体を動かすほうが好きですからね……」

「いやいや、補習なんか誰だってメンドクサイでしょうよ……」

「ケインよ……お前は分かってない……分かってなさ過ぎる! えぇい! そこに正座しろッ! 俺がお姉さんの素晴らしさをお前に教えてやるッ!!」

「え、えぇ……お姉さんの素晴らしさ……ですか?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……補習がメンドクサイって言っただけで、なんでそうなるんです!?」

「そんなもん、決まってるだろうが! お前らの担任がステキなお姉さんだからだ!!」

「あ、あぁ……そういえば、アレス殿は……」

「………………熟女好み……だっけ……」

「あぁ!? なんか言ったか!?」

「い、いえ……」

「何も言ってませんです! はいッ!!」


 ケインは極々小さな声で呟いたつもりだろうが、俺にはバッチリ聞こえている。

 おそらく2人の担任のお姉さんは30代……結婚が比較的早いこの王国において、そしてまだ13歳のケインからすると30代は熟女だと思うのも仕方ないことなのかもしれない……

 だが、そんなお姉さんのよさが分からないとは……

 嗚呼、なんと嘆かわしいことだ……

 ……いや、ケインは「まだ」分かっていないだけなのだろう。

 そして、たまたま俺はケインより先に目覚めることができただけに過ぎないのだ。

 であるならば……幸運にも先に目覚めることができた俺が、あとに続く者に道を示してやればいいだけじゃないか。

 よし……先に目覚めたからと偉ぶるのではなく、自分もまだまだだという自覚を持ちながら、丁寧にお姉さん大好き民としての道を語って聞かせようじゃないか……

 まずは深い呼吸をして、俺自身の精神を整え……


「フゥ……さて、それでは聞いてくれ……」

「は、はい……」

「なんだろう……表面的には物凄く穏やかに見えるのに……今日一番の凄味がある……」


 こうして俺は、懇々とお姉さんの素晴らしさを語った。

 また、念のため言っておくと、足が痺れて話に集中できなくなるといけないので、正座はさせていない。


「な、なるほど……アレス殿のアツい気持ち、私なりに理解はできたと思います……」

「いや、まあ、うん……俺もちょっとぐらいは守備範囲を広げてみてもいいかなって気はしてきたけど……ただ、俺たちがこうしてメイルダント領に向かっているのは、ミカルっていう同い年の子とワイズが上手くいくようにってことのためだった……よなぁ?」


 ……あッ!?

 そうだった……

 そ、その……つい……ね?


「……まあ……別に、俺は結婚相手として必ず年上女性を選ばなければならないと言いたいわけではないのだ……ただ、我々男子はもっともっとお姉さんの尊さ……そして、その存在のありがたさを認識し、敬愛の念を持って接していきたいよなってことを伝えたいだけなのだ……」

「敬愛の念を持って接する……はい、大事なことだと思います」

「ま、まあ……とりあえず学園に戻ったら、ありがたく補習を受けることにしますよ」

「うむ……当然のこと、ましてや面倒なことだとは思わず、感謝して補習を受けような! さて、思いがけずお姉さん論を語ってしまったが……補習中にきちんと話を理解できるよう、今からきちんと予習をしておくぞ!!」

「一見遠回りしたようですが……アレス殿の話を聞いて、今までより集中して授業を受けることができるようになったと思います」

「う~ん……やっぱり『アレスさんを変えたのはエリナ先生だ』ってウワサは本当だったみたいだな……まっ! それはそうと、俺もいっちょ座学のほうも頑張ってみっか!!」


 ウワサっていうか、俺自身がそう発信してもいたからねぇ……エリナ先生のおかげ! それはまごうことなき事実なのさ!!

 そんなこんで、俺も教本の読み込みに専念する。

 とはいえ、俺なりに日々勉強はしているつもりで、おそらくこれから授業で受けるであろう範囲も既に何度か教本に目をとおしてはいるけどね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る