第823話 あのときの俺たちなら

 本日の移動はここまでといった感じで、程よく快適に過ごせる宿屋がありそうな街で一泊することにした。

 そうして門番の兵士にオススメの宿屋を教えてもらい、そこに向かう。


「ふむ……あの門番が言っていたのは、どうやらこの宿屋のようだな?」

「ええ、間違いないでしょう」

「とりあえず、見た感じは悪くなさそうだし……ここでいいんじゃないですかね?」

「そうだな、俺もここで特に文句はない」

「私も、いいと思います」

「よっしゃ、そんじゃあここで決~定! というわけで、早速入りましょう!!」

「うむ」

「分かった」


 まあ、さっき門番に聞いた感じ、近いうちに人が集まるようなイベントとかも予定されていないようなので「空き室がありません……」なんて断られることもないだろう。

 そんなことを思いながら宿屋の中へ入り、受付を済ませる。

 そこで、寝る前にも魔力交流の練習をするつもりなので、3人部屋を選択した。

 フフッ……そうすることによって明日は、さらにいい感じでウインドボードを操縦することができるだろう! やったね!!

 てなわけで、部屋に到着。


「うむうむ……派手さこそないが、ゆっくりくつろげそうな部屋だ」

「ええ、実にちょうどいい快適さの部屋だといえるでしょう」

「まっ、さっきの門番の話しぶりで大丈夫だとは思っていたけど、とりあえず部屋が満室じゃなくてよかったって感じですね!」

「ああ、そうだな」

「また別の宿屋を探すとなったら、手間だったでしょうからね……」


 そんな感じで、部屋についての感想を述べ合う。

 だが……そんな会話をのんびり続けるわけにはいかない……

 ……なぜって?

 それはね……腹内アレス君から! 夕食の催促がきているからさ!!

 はい、は~い! これから食堂に行きますからねぇ~!!


「……さて、早速ではあるが、夕食をいただきに行こうか」

「ええ、そうですね」

「それがいい! 単純に腹が減っているのもあるけど、今日みたいにメチャクチャ魔力や体力を使った日は、きっといつも以上にメシが美味いはず!!」

「ハッハッハ! ケインの言うとおりだな!!」

「私も……今日は、いつもよりたくさん食べることになりそうです」

「よっしゃ、ワイズも思いっきり食いまくろうぜ! 俺もガッツリいくつもりだ!!」

「ほぉう? 面白い……ここは俺も負けてはおれんな!!」

「い、いや……アレス殿ほどだなんて……なぁ?」

「あ、ああ……『勝つのは俺だ!!』って言いたいところだが……こればっかりはさすがに……いや、今の俺じゃあ剣や魔法でも勝てる気はしないけど……」

「おやおや……弱気はいかんぞぉ? 『男なら、行ったる!!』の心意気でないとな?」

「男なら、行ったる……ですか……そう、ですね……どうにも私は、何事も消極的に過ぎていたかもしれません……」

「心意気……か、なるほどな! それなら、まずは今日! アレスさん以上にメシを食う! 俺の『行ったる魂』はそこから始めるッ!!」

「よしよし、いいぞぉ~! 過酷なダイエットを成し遂げたことで、最近の俺が食べる量は以前ほどではなくなっているが……かと言って、全く食べられなくなったわけではないからな! 俺の凄さ……夕食とともに、とくと味わうがいい!!」

「あ、あの頃のアレス殿が……再び?」

「そういえば……ワイズからミカルって子の話を初めて聞いた日も、アレスさんは凄い量の野菜を食ってたっけ……というか、その野菜を見ていてワイズはミカルって子のことを思い出してたんだよなぁ?」

「ああ、野菜なら比較的マシかと思って、そればっかり食べていた時期があったな……実に懐かしいものだ」

「フフッ……あのときの私に、こうして『ミカルに逢いに行くことになる……それも、アレス殿とケインが同行してくれながら』と言っても、信じてもらえなかったでしょうねぇ……」

「だな! 特にアレスさんとこんな距離感で一緒に過ごせる日が来るなんて、あのときの俺たちなら絶対に思わなかった気がするぜ!!」

「ハッハッハ! それが人の縁というものの不思議で面白いところなのだろうな!!」

「ええ、アレス殿のおっしゃるとおりですね」

「よっしゃあ! この縁、大事にさせてもらいますよ!!」

「うむ! これからも、共に切磋琢磨していきたいものだな!!」

「アレス殿の期待に、必ずや応えて見せましょう!!」

「今はまだまだだけど……いつの日か、アレスさんが俺のことを手強いライバルだと思えるよう、全力で実力を磨いていくぜ!!」


 まあ、俺のほうは、あのときからワイズのことを片想いの美学を実践する者として同志認定していたけどね。

 でも……その事実をワイズは知らない。

 そして俺も、わざわざ言うつもりはない。

 なぜなら、片想いの美学を真に理解する者は、そういったことを軽々しくアピールしないからだ。

 どこまでも深く心に秘め、相手にそのことを悟らせない……それこそが追い求めるべき理想の姿なのだ。

 そうして気力を充実させながら、俺たちは食堂へとやって来た。

 さぁて、今日は特別に! ちょいとリミッター解除でご飯を食べるつもりだから、楽しみにしてくれよな! 腹内アレス君!!

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