第812話 気持ちが最優先ってことだね

 トードマンのおかげで俺がスベったみたいにされてしまったが……それはそれとして気持ちを切り替えつつランニングを継続。

 うん……今日が晴天で助かったかもしれない、空がこんなにキレイだから、俺もそこまで落ち込まずに済んだのだろうと思うからね!

 ま、まあ……仮に曇天だったとしても、そのときはそのときで俺が受けた心の傷を空が共に悲しんでくれているって思い込もうとしただろうけどね!!


「それにしても、メイルダント領のベイフドゥム商会……」

「うん? トードマンのところがどうかしたか?」

「そうねぇ……ベイフドゥム商会という名前にあまり耳馴染みがなかったものだから……」

「へぇ、そうなのか? 物知りファティマさんにしては珍しいこともあるもんだな?」

「ええ、そうよ……そして、アレスは私のことを物知りと言うけれど、私の知らないことなんてこの世界に山ほどあるわ」

「ふぅん、なかなか謙虚なことで……ああ、当然のことながら、俺も昨日まで一切知らない商会の名前だったがな!」


 まあ、知らないことをドヤったところで自慢にはならないだろうけどね……


「それに、たぶんパルフェナも知らない気がするわ……今まで一度だって話題に出たことがないもの……」

「そっか、パルフェナの実家は農業に力を入れてるんだもんな! それなら食品を扱っているベイフドゥム商会が農産物の買い付けに来るとか、多少の接点があってもおかしくなかっただろうからな?」

「そうね……ただ、メイルダント領と私たちのミーティアム領やグレアリミス領とは距離が離れているし……新興の商会なのであれば、まだこちら側まで取引の範囲を広げることができていなかったり、そもそも地元密着でやろうとしていたりするでしょうから、私たちが知らなくてもおかしくはないかもしれないけれど……」

「ふむ……だからこそ、地元の有力農家の娘であるミカルと婚姻を結んで足元を固めようとしているのかもしれんなぁ?」

「ええ、その可能性もありそうね」

「ふぅむ……放蕩息子とか言われているが、意外とトードマンは堅実な判断力を持ったビジネスマンなのかもしれん……そう考えると、地味に強敵か?」

「まあ、その人自身の判断かどうかは分からないけれど、あまり甘く見ないほうがいいかもしれないわね……とはいえ、それだけ優秀な人であるなら、そのミカルという子をワイズは安心して託すことができるかもしれないから、それはそれで悪いこととも言い切れないかしらねぇ……?」

「おっと、そうだったな……ナチュラルに縁談をブッ壊しに行くこと前提で考えてしまっていたが、実際のところトードマンが男気溢れるナイスガイなら、ワイズも温かい気持ちで祝福できるかもしれないんだった」

「ただ、ミカルという子からすれば、本当に愛してくれているなら変にカッコ付けていないで自分をワイズのものにしてしまってほしいと思うかもしれないけれどね……そんなこと、平民の身分では言い出せないでしょうけれど……」

「そ、そうか……」


 むむっ……そうだな、ワイズの片想いの美学も大事だが、ミカルという娘がどう思っているかってこともよくよく考えなきゃだよな……


「そして反対に、ワイズのことなどなんとも思っていない可能性もあるし、むしろ余計なことをしてほしくないとすら思うかもしれない……確か、本人ではなく兄が相談の手紙を送ってきたのよね?」

「あ、ああ、そうだな……」


 やべぇ……もしそうなら「めちゃくちゃハヂカチィーッ!」ってなっちゃうね……

 い、いや、でも……惚れた相手のために全力を尽くす! それこそが片想いの美学だ!!

 己の恥などかなぐり捨てる! その姿こそが美しいんだ!!

 フッ……我ら片想いの美学を実践する者は、そういう愚直者なのだ……うむ、それでいい。


「どんな結末を迎えるにせよ、それぞれが一番納得できる形で終われることを祈っておくわ……まあ、同性の立場からすると、ミカルという子の想いが遂げられる形が最も望ましいとは思うけれどね」

「うむ……ワイズとしてもミカルという娘の幸せこそが一番大事であろうから、その点についてはしっかり考えて動きたいと思っている」

「ええ、そうしてあげてちょうだい」


 まあ、結局のところトードマンがどうのこうのってことより、ミカルという娘の気持ちが最優先ってことだね。

 よっしゃ、今回の旅で俺たちが為すべきことがより鮮明になった気がするぞ! これで勝てる!!


「こうしてお前と話すことによって、ミカルファーストという基本方針が明確になった気がする……ありがとう、礼を言うぞ!」

「そう、それならよかったわ」


 やっぱり、この辺はリーダーファティマの頼れるところって感じだね!


「とまあ、そんな感じでこれから1週間程度不在にする予定なので、夕食後の練習会のこととかをよろしく頼みたい」

「ええ、しっかり指導しておくわ」

「おお、ありがたい」

「ただね、ノアキアやゼネットナットも教えることに面白さを見出し始めているし……アレスたちが戻って来た頃には、レミリネ流剣術以外の戦闘技術を学ぶ場になってしまっているかもしれないから、あんまりのんびりしないようにだけは言っておこうかしら」

「そうか……まあ、いろんな技術を学べるっていうのも、それはそれで悪くないだろうからなぁ……」

「ふふっ、冗談よ……ただ、そうは言っても彼女たちはレミリネ流を詳しく知らないし、指導を手伝ってもらうときはやはり自分の修めている技術をベースに教えることになるから、意図せずレミリネ流の動きから離れてしまうこともあると思うわ」

「まあ、参加希望者が増えつつある現状、実力者に指導員を頼まざるを得ない部分もあるから、それについてあまりゴチャゴチャ文句を言うつもりはないさ……でもま、とりあえずダラダラしないようにだけは気を付けて行ってくる」

「そうね……ただし、真逆のことを言うようだけれど、あまり焦り過ぎないようじっくり落ち着いて活動してきてちょうだい」

「おう、そうだな!」


 まあ、たいした成果も得られず、ただ首を突っ込んだだけってなるのが最悪だろうからね……

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