第801話 報われぬ想いを抱えたまま生きるのもつらかろう

「少々前置きが長くなってしまいましたが……ここからが本題となります」


 まあ、これまでワイズは片想いの美学を実践する者として、気高く生きてきたわけだからな……その娘に何かない限り、こうも思い悩むことはなかっただろう。

 そうして、ワイズが続きを話すのを待つ。


「先週末、ミカル……ああ、その農民の娘の名だが、そのミカルの兄から手紙が送られてきました……」

「手紙……」

「うわぁ……絶対いい内容じゃないよな……」

「ああ、そうでなければ、これほどワイズ氏が沈んだ雰囲気を出すわけないからなぁ……」

「それでも……命に関わるような不幸があったってわけじゃないんだろ? その場合、鍛錬とかモミジ祭りどころじゃないだろうからな」

「そっか! 悩んではいるものの、絶望感に苛まれてるって感じじゃないもんね!!」

「ま、まあ、とにかく続きを聞こうぜ?」


 とりあえず、最悪な状態ではないであろうという安堵感に包まれながら、俺たちは続きを聞く。


「手紙の内容としては……ミカルに婚姻話が来ているということでした……まあ、ミカルはまだ未成年なので、正確には婚約の打診と言ったほうがいいでしょうか……」

「婚姻……だと……?」

「ゲェェ……そう来たかぁ……」

「オワタ……」

「そ、そりゃあなぁ……たとえ平民であっても、普段から美しい令嬢を見慣れているであろうワイズが心奪われるほどのルックスを持った子なら、ほかに目を付ける男がいてもおかしくないわなぁ……」

「なるほどねぇ……それは悩んじゃうのも当然だよ……」

「まあ、今まではそのミカルって子が誰のものでもなかったからこそ、ワイズだって遠くから見守るってポジションで落ち着いていられたんだろうしなぁ……」

「ですねぇ……それが、これからはワイズ君の恋した笑顔が他人に向けられるわけですから……これはキツイなんてものではないですよ……」

「そうか……ワイズ、そんな想いを今日まで独りで抱えて……本当につらかったよな……」

「泣いていいぞ、ワイズ……我も一緒に、涙は流れずとも心で泣いてやる……」

「うんうん……ボクも一緒に泣いてあげるよ……!」

「ああ! 幸いにして、ここは風呂場だ! 涙も汗と一緒に湯に流しちまえ!!」

「よっしゃ! 何もかも、全て流そう!!」

「そうすれば……きっと美しい思い出だけが残るのだろうさ……」

「それにしても……今までワイズさんは婚姻相手探しにあまり積極的じゃなかったように見えましたけど、そういう理由があったんですね……」

「まっ! これをいい機会だと思って、新しい恋を探そうぜ!?」

「おぉっ! いいこと言った! そのとおりだ!!」

「つぅわけで! 早速明日、誰かに声をかけてみたらどうだ!?」

「子爵家の……しかも後継者最有力候補のワイズなら、だいたいの令嬢は『うん』と言うはずだぜ?」

「イモっぽい子が好みなら……俺の知り合いから何人か紹介しようか? まあ、ミカルって子ほどワイズさんがカワイイと思えるかは分からんけど……」

「ね、ねぇ……僕にもその知り合いって子たち……紹介してくれないかな?」

「……あぁ? それは構わんけど……ガチでイモっぽくて、中央の洗練された感じはマジでないからな?」

「う、うん……意外とそういう子のほうが僕に合ってるかもしれないし……」

「確かに……中央貴族の子って、まあまあギラついた感じの子が多いもんなぁ……?」

「分かる! ココだけのハナシ……ボクもちょっぴり中央の子って怖いなって思ってたんだよねぇ……」

「おそらくだが……辺境の、特に開拓をしているような家の令嬢はモンスターなどの外敵と戦う機会がそれなりにあって、闘争心みたいなものがそこで満たされているのだろう……しかしながら、中央の場合はそういった外敵が少ない傾向にあるため、着飾るなどといった見栄の張り合いによって、本人も無意識のうちに闘争心を満たそうとしてしまうのだろうよ」

「そこんところ、男の場合は騎士や魔法士になる人も多いし……文系だとしても、権力闘争に励むことだってできるもんね?」

「まあ、女当主もいねぇこたないが……後継者として選ばれるのは、男のほうが多いわな」

「話は逸れちまったけど、とにかく! ワイズはこれから新しい恋を探す! それが一番!!」

「うむ……報われぬ想いを抱えたまま生きるのもつらかろう……ここらで切り替えてサッパリするといい……」

「そうだな……哀しい片想いに、そろそろピリオドを打とうじゃないか」


 哀しい……?

 何を言っているんだ……片想いは「美しい」のだぞ?

 それに、片想いの美学を実践する者として、本当にそれだけでワイズが思い悩んでいるのだろうか?

 そう思いながら俺が口を開こうとしたところ……


「ワイズよ……お前の悩みは本当に、そのミカルという娘に婚姻話が来たことなのか? お前とて、それは既に覚悟していたことではないのか? そうであるなら、何かほかにお前を悩ませる理由があるのではないか?」

「えっ……ロイターさん?」

「ほかに理由って……惚れた女がほかの男のものになる以外に、なんかあるっていうのか……?」

「わ、分かんねぇ……ロイターさんが何を考えているのか、俺なんかの頭じゃ理解不能だよ……」

「ロイター様……」

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