第800話 以前、私の初恋の話をしたと思うが……

「……ッ……」


 ケインたちに迫られ、一度は言葉を紡ごうとしかけるものの……ためらいを振り切れない様子のワイズ。

 ならば……ここで俺もケインたちに加勢するとしようかね。


「ワイズよ……お前がここ最近、どこか浮かない顔で練習会に参加していたのは俺も気になっていたところだ……どうだ、ここはひとつ俺たちに話をしてみないか? それに、このまま気の抜けた状態で練習を続けていても、得られる成果が限られたものになってしまうぞ?」

「アレス殿……」

「俺たちで力になれることだったら、いくらでも力を貸す! 同志だからな!!」


 さすがに「我が心の」と付けるのは控えておいた。


「アレスさんの言うとおりだ! 俺たちをもっと頼れ!!」

「そうだとも! 独りで悩みを抱えることねぇって!!」

「それに何より! これ以上ワイズに枯葉みたいなモミジを背中に刻み込まれてはかなわんからな! ハーッハッハッハ!!」

「えぇ……やっぱりそこなの?」

「まあ、スッキリしない一発が混ざっていると、違和感が凄いのは確かだからな……」

「モミジ祭りのことはともかくとしても……こうしてワイズ君がモタモタしているあいだに、僕らが実力を伸ばしまくって置いてっちゃうよ?」

「へへっ……今のお前じゃあ、本戦進出をかけたライバルになんねぇだろうな! なぜって? お前のハートが弱ってるからだよ!!」


 そして、ここまでの成り行きを静かに見守っていたロイターも口を開いた。


「とはいえ、どうしても人に話したくない、もしくは話せないこともあるだろうからな……これ以上の無理強いは慎むべきだろうが、それでもひとつだけ述べるとすれば……人に話してみると、案外簡単に解決法を見出せることもあるということだ」

「ええ、人それぞれ違った視点を持っているものですからね……守秘義務のある内容でなければ、相談してみてもいいのでは?」

「僕も『もう駄目だ……』って、どうしょうもない状態に陥っていたとき、アレスさんに声をかけてもらったのがきっかけで救われましたし」

「ソイル……あんときは、悪かったな……」

「僕らが至らなかったばっかりに、ソイルには本当につらい思いをさせてしまいましたねぇ……」

「……ソイル、済まなかった……そして、アレスたちには感謝だ」

「うんうん……僕もアレスたちのおかげでエト姉と幸せな未来を描けるようになったからね! ワイズも何か悩みを抱えているのだとしても、アレスを筆頭に、この中の誰かがきっと解決策を閃いてくれるさ!!」


 ロイターに続き、サンズたちもワイズに声をかけた。


「……ここまで皆に心配させてしまったからには、私も黙ったままでいるわけにはいかないな……分かりました、お話させてもらいましょう」

「よっしゃ! ドンと来い!!」

「ただ……おそらく私の話を聞いて、皆は『なんだ、その程度のことか……』と思うであろうことを、先に断っておきます」

「ほぉう? なかなかもったいぶるじゃねぇか!」

「その感じ、いいよ! 聞く態勢がどんどん整ってくるからね!!」

「ま! しょうもない悩みだったらサクッと解決して、あとでイジりのネタにするだけだから、気にすんなって!!」

「えぇ……イジられるのはイヤでしょ……」

「とにかく! ワイズの一発が鮮やかに色づくならなんでもいい! ハーッハッハッハ!!」

「ま、まあ、そんなわけだからワイズ君、続きをどうぞ」

「分かった、では、どこから話そうか……そうだな、ケインには以前、私の初恋の話をしたと思うが……」

「初恋の話っていうと……ああ! 視察に行った村で出逢ったっていう農民の娘のことか!!」

「そうだ、その娘のことだ……」


 そうしてワイズは、俺も以前食堂で聞いた……そう、俺がワイズのことを片想いの美学を実践する心の同志と認定したときの話を始めた。


「ふぅむ……ワイズ氏が一目惚れするほどなのだから、よほど笑顔が輝いていたのだろうなぁ……」

「たぶん、貴族令嬢にはないような純朴さが魅力だったんだろうね!」

「まあ、辺境の男爵家とか士爵家辺りだと、まあまあイモっぽい子もいるけどな?」

「あぁ~っ! そんなこと言っていいのかなぁ? 下手したら、辺境差別になっちゃうぞぉ!?」

「おっと、こりゃマズったかな……」

「とはいえ、新規開拓をしている家なんかだと、平民と接する機会も多くなりがちだからな……自然と中央的な雰囲気も薄れて行くだろうさ」

「辺境談義はともかくとして……学園入学前から親の視察に付いて回るとか、ワイズは真面目だねぇ? ボクなんか、ほとんどやったことないよ……まあ、ボクの場合は五男で、後継者争いに参加してもほぼ無理だと思ってるからっていうのもあるけどさ」

「さすが長男といったところか……」

「そんな真面目さもワイズの美点と言えるんだろうが……身分差があるとはいえ、そこまで気に入った子を諦めるのはもったいなくないか? さすがに第一夫人は無理としても、第二……いや、第三以降の夫人にするとか……そうでなければ、妾として囲うこともできなくはないだろ?」

「ああ、俺も前に話を聞いたとき、同じようなことを言ったんだけどな……ワイズは正妻になる相手に申し訳ないとか、農民の娘を貴族社会に放り込むのが心苦しいんだと……そんでもって、農民の娘からも笑顔が消えるだろうし……ってな」

「なるほど……平民が貴族社会で生きて行くには、何かと苦労が絶えないだろうからなぁ……」

「他家との駆け引きもあるだろうが……嫁姑問題も無視はできんぞ? 平民の嫁など、よほどの理由がない限り歓迎されないからな」

「というか、その時点でワイズの後継者争い脱落も確定だろうしなぁ……」

「しかしながら、そのこと自体が今ワイズ君を深く悩ませているわけではないのでしょう? その村を去ったときから今まで、少なくとも表面上は平然と振る舞えていたわけですし……」

「つぅことは……その子になんかあったんか?」


 ふむ、その可能性は高いな……

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