第795話 武辺者としての人生が大きく左右される

「それじゃあ、またあとで」

「おう、また教室でな!」


 早朝ランニングを終え、俺とファティマはそれぞれの自室へ向かう。

 そして今日も、令嬢と朝食を共にする約束をしている。

 まあ、ここ最近ほぼ毎日のように朝と昼は令嬢と一緒なこともあって、いくらか慣れてきた気がする。

 ただ、慣れてきたとはいえ、リラックスできるかといえば微妙なところである。

 やっぱり、俺がもともと持っている陰キャ成分が落ち着かなさを訴えかけてくるんだよね……

 まっ! クールフェイスなアレスさんは、そんな落ち着かなさを相手に悟らせるようなヘマはしないけどね!!

 そこで不意に、ロイターやファティマたちの呆れ顔が思い浮かんできたが、それは気付かなかったことにしておこうと思う。

 とはいえ、令嬢との食事に陰キャ的落ち着かなさは感じるものの、その多くがレミリネ流剣術に興味を示してくれたり、夕食後の練習会に参加したいと言ってくれたりするので、嫌な時間だと言うつもりはない。

 そんなことを思いつつ、自室に戻った。


「ただいま、キズナ君! 今日も爽やかなランニング日和だったよ!!」


 そうしてキズナ君に挨拶をして、風呂場へ向かう。

 フフッ、爽やかな朝に視聴者サービスだなんて……俺もなかなかのナイスガイだね!

 そんなノリノリの気分でシャワーを浴び、その後はポーションをゴクリ。


「くぅ~っ! 心地良く疲れた全身の隅々にポーションの癒しが染み渡るぅ~っ!!」


 この爽快感のために朝練を頑張っていると言っても過言ではないだろう。

 そんなゴキゲンの気分で身嗜みを整え、いざ中央棟へ!

 まあ、腹内アレス君が朝ご飯をお待ちかねだからね!!


「それじゃ、行ってくるよ! キズナ君!!」


 こうして部屋を出た。

 さて、今日も気合を入れて啓蒙活動に取り組むとしますかね!

 この食事を機会に相手の、武辺者としての人生が大きく左右されるかもしれないのだからさ!!

 まあ、それぐらいの熱意を持って食事に臨むとしよう。


「急に暑くなってきたと思ったら、アイツの仕業か……」

「……え? なんのこと?」

「お前……まだ気付いてないのか?」

「だから、なんのことさ?」

「……ほら、今アイツが通りかかっただろ? そんとき、アイツが熱気のこもった魔力を放出してたんだよ」

「へぇ? そうだったんだ……暖房の魔道具いらずで良さそうだね!」

「お前なぁ……アイツのことを全面的に見倣えとは言わんけど、ちょっとぐらい魔力操作とか練習しといたほうがいいぞ?」

「えぇ……なんでさ?」

「だってお前、アイツの魔力に全く気付けなかったんだろ? 最近、アイツが主催している練習会に参加する奴も増えてきてるみたいだし、そうじゃなくても、自主的に魔力操作とかの鍛錬に力を入れ始めている奴もちょこちょこ出てきてるからな……このままだと来年再来年には、みんなにデッケェ差を付けられちまうぞ?」

「いいよ別に、僕は文系だからさ……戦闘能力の向上とか? そんなのは血の気の多い人たちに任せるよ」

「本ッ当に、分かってねぇなぁ! いいか? 武闘大会が終わってからここ1、2週間……あの戦闘とは無縁そうな文系女子たちですら、アイツに影響されて次々に剣術だ魔法だって練習を始めてんだぞ? 下手したらお前、同学年の女子全員より弱い男になるかもしれねぇんだぞ? そんなの耐えられるか?」

「う、うぅ……それは……その……」

「これだけ言っても、まだ奮起するには足りないか……正直、これは教えるべきか悩んでいたが……」

「お、教えるべきか悩んでいたって……なんなの、それは……?」

「昨日たまたま約束しているのを見かけたんだけどな……お前が『すっごくカワイイ!!』って熱を上げてた子な……今日、これからアイツと朝食を共にするみたいだぞ?」

「……なッ!? じ、冗談……だよね……?」

「いいや、冗談なんかじゃない……そして、あの子がアイツに向けていた熱い眼差しから考えても……おそらく朝食の時間が終わったころには、あの子もガチめな武人マインドをアイツに植え付けられていることだろうさ」

「そ、そんなァァァァァッ!!」

「熟女狂いのアイツのことだから、カワイイ系のあの子に手を出すとは考えづらいが……かといって、今のお前があの子に選ばれる可能性は限りなくゼロに近いだろうな……だってお前、あの子が求めるような強い男じゃないから」

「うっ……うぅ……うそだぁ……こんなのってないよぉ……」

「泣くほどショックな気持ちも分かる……だが、お前がこれから選べる道は2つだけだ……1つは、このままあの子が強い男に持っていかれるのを黙って見ているだけ……もう1つは、お前が強い男になってあの子のハートをゲットすることだ! さあ、どうする? お前の中に眠っていたビーストが『戦え!!』と吠えているのが聞こえないか!?」

「……くぅっ! うぅ……分かったよ、僕も強い男になって戦う! そして、あの子は誰にも渡さないッ!!」

「よっしゃ! よく言った、その意気だ!!」


 ほう……俺が直接的に関わったわけではないが、また1人熱い男がこの世界で産声を上げたようだ。

 ハッピーバースデー君は今日、二度目の誕生を迎えたんだ……その熱さを、いつまでも失わないようにね。

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