第794話 僕は実践者なんですよ!

「それじゃあ、そろそろ走り始めましょうか」

「おっ、そうだな!」


 感謝の祈りを捧げ終えた俺たちは、今日のランニングを開始した。

 そして、祈りというものは心身を美しく浄化してくれるのだろう、とても清々しい気分で走ることができる。

 そう考えるとやはり、祈りの力をバカにはできんね。

 ……あれ? ふと思ったけど……マヌケ族の奴らも、わざわざ人間族とかからエネルギーを奪わなくたって、自分らが崇拝する魔王に祈りを捧げればよくね?

 そうした祈りの力によって、魔王が復活することも可能なんじゃないかって気がしてきたんだけど……

 ああ、でも……原作ゲームをプレイしていたときの魔王の印象としては、シナリオの都合もあってか明らかにワルって感じだった。

 そのため、祈りっていう清らかなパワーは受け付けていないかもしれないね。

 といいつつ……俺が知らないだけで、実はマヌケ族の奴らも日々魔王に祈りを捧げていて、それでも足りないから人間族とかからエネルギーを奪っているってことも考えられるか……

 まっ! なんにせよ夕食後の練習会に参加してくれている子たちが、魔王やマヌケ族の奴らに襲われたとしても自分の身を守れる程度には強くなれるようにしてやりたいものだ。

 一応、原作ゲームでは勇者パーティであるラクルス一行が魔王に敗北するっていう最悪なシナリオに進んだとしても、コモンズ学園長が命懸けで生徒たちを守るみたいだから、そこまで心配する必要はないかもしれないけど、それはそれ。


「……そういえば最近、アレスはワイズのことが気になるみたいね?」

「うん? ああ……今週に入ってから、なんとなく元気がないように見えてな」


 どうやら、片想いの美学の実践者たる我が心の同志ワイズ・メイルダントのことを俺が様子見していることにファティマは気付いていたらしい。

 いやまあ、周囲のことがよく見えているであろうファティマなら、当然のことかもしれないけどね。


「そうねぇ……私から見ても、どことなく上の空というか、いまいち集中できていないように感じるわ」

「そうかぁ……ファティマもそう思うかぁ……ということは、やっぱり悩みか何かを抱えてそうだなぁ……」

「ええ、その可能性はありそうね……そして今思い返してみると、この前の無の日の練習会に参加していなかったから、その日に何かあったのかもしれないわ」

「まあ、闇と無の日は休みで、参加していなかった者もまあまあいたから、あまり気にしていなかったが……そうか、そういえば無の日の練習会にワイズは参加していなかったな……ファティマの言うとおり、その日に何かあった可能性はありそうだ」

「それで、アレスはどうするつもりなの?」

「ふぅむ、そうだなぁ……あまり人の心にズカズカと立ち入ろうとするのもどうかと思って様子を見るにとどめていたが……これだけ続くようであれば、そろそろワイズに何か悩みがないか問いかけてみてもいいかもしれないな」

「そう……変な遠慮をせず、ワイズが打ち明けてくれたらいいわね」

「ああ……そして、俺が力になって解決できる悩みだといいのだが……」

「アレスに解決できないこととなると、よほどの難題となりそうだわ」

「フッ……まあな! といいつつ実際のところ、俺にできることなんて限られているからなぁ……」

「……ふふっ」

「ん? 急にどうした? 何かおかしなことを言ったか?」

「いえ……アレスは本当に面倒見がいいと思ってね」

「い、いや、別にそんな特別なことじゃないし……それにほら、レミリネ流を学ぼうと思ってくれた仲間だしさ」


 あと、同じ片想いの美学を実践する仲間意識もあるが……それは秘密だ。

 やっぱり片想いの美学っていうのはね……「僕は実践者なんですよ!」ってみだりにアピールするものじゃないからさ。


「こんなふうにアレスが親身になってくれるとみんなに知られれば、さらに人が集まって来るかもしれないわね……そしてめでたくアレス派の完成といったところかしら……まあ、現段階で既にアレス派ができているといってもおかしくないけれど……」

「えぇ……マジかよ……いや、でも! お前やパルフェナ、そしてロイターたちを慕って来ている練習会参加者も多いだろ!? みんなそれぞれに熱心なファンが付いている……その事実を否定することはできんぞ!!」

「そうねぇ……でも、なんだかんだ言って私たちの中心はアレス……あなたなのよ?」

「ヒェッ!? え、えっと……そうだ! 僕は王女殿下派なので……みんな最終的には王女殿下派になるということで……」

「アレスが自分のことを『僕』と言うだなんて、珍しいこともあるのねぇ? まあ、実際にアレスのことを王女殿下陣営の人間だとみなしている貴族家当主も少なくないでしょうし……そこまで間違ったことを言っていないということになるでしょうね」

「そ、そうですか……」


 まあ……原作ゲームの知識からしても、王女殿下が女王に即位する可能性が高いと思われるので、夕食後の練習会の参加者たちも王女殿下派とみなされて将来的に損をすることはないだろう……いや、その実家の人らがどう思ってるかは知らんけどね……

 それはともかくとして……とりあえず今日か明日ぐらいにタイミングを見計らってワイズと話をしてみるとしよう。

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