第774話 女子のあいだでも

「よし、これぐらいにしておこうか」

「……はっ……はいっ!」


 今日の学びを確認する意味も込めて模擬戦……というほど激しくはないが、打ち合う練習も素振りのあとに加えた。

 まあね、素振りだけで練習が終わると「あんまり面白くなかった」と思われてしまうかなって考えてのことでもあった。

 そんなことを思いつつ、ハンナと向き合って互いに礼をしたところで……


「……ハァ……ハァ……凄いです! 今日っ、1日……ハァ……ハァ……」

「おっと、しゃべるのは息を整えてからでいいぞ?」

「あっ、はい! ハァ……フゥ……」


 そうして息が整ったのだろう、ハンナが再びしゃべり出す。


「今日1日、それも夕食後の数時間教えてもらっただけなのに! 今までの私からは信じられないぐらい剣の扱いが上手くなった気がします!! とはいうものの、アレス様方から見たら、まだまだ下手だとは思いますけどね……あはは……」

「それまでにも多少は実家や学園等で習ってきたのだろうとは思うが、それでもハンナ自身の意思で剣の道に踏み出したのは、今日が初めてのことになるのだろう? まだまだこれからじゃないか、俺やロイター……いや、女子としてはファティマたちのほうが比較対象になるのかもしれないが、とにかくそうした他人と比べて自分が劣っていると思う必要はない……『それまでの自分と比べて、少しでも前に進むことができた!』そう思うことができれば成功だ! するとどうだ、ハンナは今日1日で『信じられないぐらい剣の扱いが上手くなった』と思えるほど前進できたのだろう? 称賛に値する成果じゃないか、素晴らしい! おめでとう!!」

「……そんなふうに褒めてもらえるなんて……ありがとう……ございます……ぐすっ……」

「おいおい、これぐらいで涙を流していたら、この先もっと涙を流さなくてはならなくなるぞ? なぜなら、これからハンナはもっともっと腕を上げて行く、そのときは俺だけじゃない、大勢の人々から熱烈な称賛を浴びることになるのだからな!!」

「……え、えぇっ!? そんなそんな……どうってことない男爵家の娘の私が、そこまではさすがに……」


 ふむ……女子のあいだでも、まだまだ「身の程」という意識が根強く残っているようだな……

 とはいえ、男爵家レベルの保有魔力量があれば、量としては人間族の上位数パーセントといっても過言ではあるまい。

 そんなある程度魔力を使えるレベルからスタートできるというのは、平民のようなほとんど魔力がない状態からスタートするよりよほど恵まれているといえるだろう。

 それに、ぶっちゃけ俺からしてみれば爵位間の平均的な保有魔力量の差なんて、努力次第でいくらでもひっくり返すことができる程度の差でしかないと思っているぐらいだしさ。

 であるなら、男爵家の娘だろうと、格上とされている貴族にだってじゅうぶん勝てるはず!

 ま、その辺のところも、徐々に啓蒙して行きたいところだ。

 というわけで、さっそく……


「……ハンナよ、お前には無限の可能性が秘められている、自信を持て! それに今日見た感じ、なかなかスジもよさそうだったしな!!」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、もちろん! とはいえ、その無限の可能性を開花させることができるかどうかは、これからのお前の努力にかかっているのだ! 心せよ!!」

「は、はいっ! 頑張ります!!」

「うむ、いい返事だ……期待しているぞ!」

「はい! ありがとうございます!!」


 うんうん、いい感じ、ぜひともこのままガンガン突き進んでくれることを祈るばかりだ。


「……ふふっ」

「……うん? 急にどうしたのだ? 何か面白い言動でもしていたかな?」

「あっ、すみません! えっとですね、アレス様は剣術を教えるのも上手だし……それに何より、弱気になりそうなところで『頑張ろう!』って思えるよう勇気付けるのがすっごく上手だなって……そう思うと、なんだか心が温かくなって自然と笑みがこぼれてしまったのです」

「ふむ、そうか……まあ、俺は思ったままをいっているだけだが、それで勇気付けることができているのなら、嬉しい限りだ」

「はい! これからも頑張ろうって思いますので、ご指導のほどよろしく願いします!!」

「ああ、承った!」


 まあ、午前中もリッド君たちに教えたばかりだし、この世界に転生してきてからというもの、そういった経験も多少積ませてもらっているので、いくらか上達してきているのかもしれないね。

 そんなこんなで模擬戦……というより、ハンナが打ち込んでくるのを俺が受け続けるって感じの打ち込み練習で見つけた改善点などを述べていく。

 もちろん、周りでも二人一組を作って同じようにやっている。

 そうして、全ての組が終わったところで……


「さて、それでは最後に……皆お待ちかねの! 魔力操作をやるぞ!!」

「「「やっぱり……」」」

「うん? 何かいったか? ああ、せっかくだから、朝までノンスト……」

「「「いえ! 魔力操作、楽しみであります!!」」」

「……まあ、初めて参加した者も多いからな……今日のところは、そこまで長くしないでおくとするか」

「「「……ほっ」」」


 まあね、明日からまた通常授業が始まるから、さすがに朝までっていうのは冗談である。

 とはいえ、魔力操作をしながら体力回復もできるので、そこまで無茶なことでもないんだけどね。

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