第768話 でも、それは贅沢ってものだよね……
今回、俺が武闘大会で目標としていたことの一つにレミリネ流剣術の宣伝があった。
また、そのことを通じて、歴史の闇に隠されていたレミリネという素晴らしき女性がイゾンティムル王国の騎士として存在していたという事実をこの世界……それはさすがに現時点では広すぎるかもしれないので、ひとまずここカイラスエント王国の人々だけにでも知っておいてもらいたいと思っていた。
そして試合中、ありがたいことに実況のナウルンと解説のスタンがレミリネ師匠についてや剣術のことを話題に出してくれたおかげで、あの会場にいた観客たちの記憶にも、ある程度は残ったのではないだろうか。
そうして観客たちが地元に帰ったとき「レミリネ流剣術っていう、凄い剣術があるらしい」みたいな話題で盛り上がってくれればと思う。
とまあ、そんな感じの流れを期待していたわけだが……さっそくこんなふうに「レミリネ流剣術を教えてほしい」といってきてくれる令嬢が現れたことは、まったくもって嬉しい限りだよ!
「……えっと、その……やっぱり、急に図々し過ぎましたよね? 申し訳ありませんでした……」
おっと、いかんいかん!
「これは失礼した……レミリネ流剣術に興味を持ってもらえたことが嬉しくてな、ついつい感じ入ってしまっていたのだ……そしてもちろん! 喜んで教えさせてもらおうじゃないか!!」
「本当ですか!? ありがとうございます!!」
「むしろ、こちらこそありがとうだ!」
「まあっ! なんという嬉しいお言葉……」
後世の歴史家たちによってしばしば争点となるのが、レミリネ流剣術の正確な成立時期である。
というのが、常識的に考えれば開祖とされるレミリネが生きた時代に成立したとされるはずである。
しかしながら、その時代にはレミリネのほかに使い手の存在がどこにも確認されていない。
それどころか、イゾンティムル王国の歴史公文書にはレミリネの名が記されておらず、その実在すらも争点となっていた(この点については、アレス・ソエラルタウトを中心に有志たちの尽力によって、今ではその存在が証明されている)のだ。
そして時代が大幅に下り、突如として前述のアレスなどレミリネ流剣術の優秀な使い手が次々と現れるようになった。
そのため、このときが実際の成立時期なのではないかと主張する歴史家もいるのだ。
さらにいうと、彼らによれば、ハンナ・ミレッドという少女がアレスに剣術の教えを乞うた瞬間、このときこそがレミリネ流剣術の本格的な起こりだというのである。
……みたいな感じで、いつかの遠い未来に語られる日が来ちゃったりして!
なんというかこういう妄想、ワクワクしちゃうよね!!
おっと! また意識が持っていかれてしまっていたようだ……
「それでいつ教えるかだが、そうだな……俺はロイターたちと夕食後に模擬戦などの自主練をしているのだが、そのときに教えるのはどうだろう? そこで最初のうちは基本の型とかを練習し、ある程度身に付いたと思ったところで模擬戦に参加する……そうして実際に試してみながら、より習熟度を増して行けばいいんじゃないかと思うのだ」
「な、なるほど……ただ、ここまでいっておいて、恥ずかしながら私は武術の心得があまりあるとはいえません……そんな私が、アレス様やロイター様のような方々と模擬戦だなんて、とてもとても……」
「なんだ、そんなことか。俺も剣術を本格的に学び始めたのは、つい最近のことでな……それまでは太っていた時期もあって、自分でもよく分かるぐらい物理戦闘が不得意だった……それでも、鍛錬を積むことで徐々に他人と打ち合えるようになっていった。だからこそハンナ、君の頑張り次第では、いくらでも実力を伸ばすことができるはず! だから心配はいらない!! といいつつ、俺も剣術の腕としてはまだまだだし、レミリネ師匠の領域となると途方もなく遠い……よって、もっともっと努力が必要なのだがな……」
「そう……なのですね……であれば、私もこれから頑張っていきたいと思います!」
「うむ、その意気だ! それと、ついでにいっておくと……模擬戦も常に全力全開でやり合っているというわけではなく、技の確認に重点を置いた形式とか、なんらかのハンデを負った状況を想定した形式などいろいろバリエーションを考えてやっている。そのため、現在の実力がどうとかってことで萎縮する必要はない……大事なのは、学ぼうという姿勢なのだから」
「はい、分かりました!」
「よし、いい返事だ! ああ、そうそう……もし友人知人にレミリネ流剣術を学びたいとか、模擬戦に参加したいとかいう者がいたら、誘ってやるといい。こちらとしては、何人来ようと大歓迎だ!!」
「ありがとうございます! 私以外にもレミリネ流剣術に興味を持っている子がいるので、声をかけてみたいと思います!!」
「おう、そうしてやってくれ!」
「………………ただ、本音をいえば、アレス様と二人っきりで教えてもらいたかったなぁ……でも、それは贅沢ってものだよね……」
「……うん? 何かいったか?」
このとき、ハンナが極々小さく呟いた声が聞こえてはいた……
だが、この場は難聴系のふりをしておくのがスマートというものだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます