第746話 どうして誰も正気を取り戻さないの!?

「あれは……えぇと、サーリィ・ヨーエンさんですね……ふむ、インフェルノに心を蝕まれてしまった友人を浄化の光で回復させようとしているといったところでしょうか……」


 俺がファティマアンチの令嬢たちに視線を向けていたことに気が付いてか、シュウがコメントしてきた。

 ただ、俺としてはファティマアンチリーダーの名前とかはどうでもよかったんだけどね……たぶん、この先つるむこともないだろうしさ。

 それはともかくとして……


「インフェルノに心を蝕まれたというが……あの怯えようだと、ガッツリ喰われてないか? 蝕むっていうのは、もうちょっとゆっくりジワジワした感じのことをいうと思うんだが……」

「いえいえ、あれぐらいでは喰われたうちに入りませんよ……まあ、蝕まれたというのもいい過ぎなぐらいですね。本当に喰われていれば、発火してそのまま燃え尽きていたでしょうから……まあ、コモンズ学園長の防壁魔法に阻まれて、それは起こり得るはずもないと思ったから、ファティマさんもインフェルノの使用に踏み切ることができたのでしょうし……」

「そ、そうか……」

「ただ、インフェルノとしては、よほど彼女たちが美味しそうに思えたのでしょうねぇ……」

「はぁ? 美味しそうってなんだよ……」

「聞くところによると、インフェルノは負の感情というものも大好物ならしいのですよ……しかも、それが貴族家の令嬢ともなれば相応に魔力も豊富ですからねぇ……」

「えぇ……負の感情が大好物って……まあ、らしいといえば、らしいけどさ……」


 要するに、インフェルノさんサイドからすれば、ファティマアンチの令嬢たちは喰い応えバツグンの餌に見えたってわけか……恐ろしいねぇ……


「そんなわけで、彼女たちは本能的に察してしまったのでしょうね……」

「なるほど……自分がインフェルノというある種の怪物に獲物認定されてしまったと思ったわけだ……」

「とはいえ、アレス君が日頃からみんなに勧めているように魔力操作を練習するだとか、武術……に限らずなんらかの運動をして体を鍛えていれば、自然とインフェルノの精神的脅威を跳ね返せるだけの強い心を育むことができたはずなのですがねぇ……」

「ふぅむ……結局のところ、あの令嬢たちの『修行不足』の一言に尽きるってわけか……」

「修行不足……まあ、そうなってしまうのでしょうねぇ、残念なことです……といいつつ、僕らみたいなタイプはそういうアプローチの仕方で心を育むのが性に合っているのでしょうが……実際のところ、ほかに方法はいくらでもあったはず……」

「まあ、勉学でも趣味でも、本気で打ち込むものがある奴は、とりあえず負の感情に流されてる暇なんかはないだろうなぁ……」


 なんて俺たちが話しているあいだ、ファティマアンチリーダーは懸命に浄化の光を発しているが、あまり上手くいっていない……


「「「あははぁ……みんないっしょぉ……だからぁ……こわくないねぇ……」」」

「……くっ! こんなに浄化の光を浴びせているというのに……どうして? どうして誰も正気を取り戻さないの!?」

「それだけ……ファティマ様の魔法が強かったということですよ……」

「一応……私たちはそれなりに回復させてもらえているので、効果がないわけではないと思いますけどね……」

「……う~ん、やっぱりダメねぇ……あなたの見せる悲壮な顔には、あの子のような真の煌めきがないもの……このままあなたの顔を見ていてもつまらないから、さっきのあの子のとびっきり輝いていた顔を頭の中で思い浮かべているとするわね…………ウフフ……本当にいい顔……」

「……あんな小娘に、私の光が劣っているですって? ふざけたことをいうんじゃないわよ! 私のほうが上! それも圧倒的に上なのよォォォォォォォッ!!」


 ほう! 底力を出してきたか……光が強さを増したね。

 ふむふむ、ファティマアンチリーダーのポテンシャルそのものは悪くないようだ……でもなぁ……


「……出力自体はなかなかのものがありますが……あれでは少し厳しそうですね……」

「やっぱ、お前もそう思うかぁ……」


 あの光……分類上は一応、浄化の光に属することになるんだろうけどさ……でも、どっちかっていうと力押し感が強過ぎるんだよね……

 そんなことを思っていると……!!


「サーリィさん、浄化の光を使うときは、もっと魔力に慈しみの心を込めて、温かく照らすイメージをするといいわ」

「エ……エリナ先生?」

「どうしてここに……舞台にいたんじゃ……」

「……ウフフフフ」

「……慈しみの心?」

「舞台のことなら心配ないわ……それよりもサーリィさん、今あなたが使っている浄化の光は敵愾心が強過ぎて本来の効果を発揮しきれていない……それには、もっと穏やかで優しいイメージが必要なの……やってみて」

「は、はい……穏やかで……優しい……」

「まだ敵対的意識が強いわ……必要なのはライバルへの対抗心ではない……ここにいるみんなを思い遣る心よ」

「必要なのは……対抗心ではない……」

「そう……その調子、だいぶよくなってきたわ……」

「……あ、あたたかい……これ……は?」

「ひか……り?」

「あ……あらっ? 黒い……炎が……」

「消えて……いってる?」

「えっ? あれ? 私?」

「ど、どういうことぉ? さっきまでみんなで……黒い炎に包まれてたのに……」

「ウチら……助かった……の?」

「よ、よかった! 本当にこわかったよぉ~っ! わぁ~ん!!」

「……フゥ……なんとかみんな……正気を取り戻せた?」

「凄い……サーリィ様が……やった!!」

「正直、無理だと思っていたのに……やはりサーリィ様……さすがだわ……」

「……へぇ……今のあなたの顔……ちょっとだけマシだった……かも?」

「うん……もう大丈夫そうね……さて……」

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