第744話 初めてだったでしょ?

「……どう、左肩の調子は? 違和感とかはない? もしあるようなら、私の魔臓等がいつもの調子を取り戻してきたから、回復魔法をかけてあげるわよ?」

「ええ、大丈夫……気を遣ってくれてありがとう」

「そう? 遠慮なんてしなくていいからね?」

「ふふっ、遠慮なんてしていないわ……それよりも、ノアキアこそ大丈夫? 最後の攻撃の際、少なからず火傷を負ったでしょう?」

「そうだったわねぇ、あの瞬間は攻撃に集中していたから痛みを忘れていたけれど……審判の声を聞いて集中が解けた辺りで激痛が走ったわね……でも、今はポーションが効いてすっかり治っているから心配ないわ」

「それはよかったわ」

「ただ、それをいうならファティマだって最後の攻撃のため、あの魔法の制御を捨てたとき火傷を負ったわよね? その痛みもちゃんと癒えたの?」

「ええ、ちゃんと癒えているわ」


 ふむ……最後の一撃を放つ際、漆黒の炎が怯んで2人に襲いかかれずにいたように見えたんだけどねぇ……

 ただまあ、それは本当に最後の瞬間だけそう見えただけで、突撃しているあいだに火傷を負っていたのかもしれないな。


「それにしても最後の瞬間……あのときは正直、決まったと思いかけたのだけれどねぇ、見事にポーション瓶から外されてしまった……そして逆に私のポーション瓶が割られてしまった……完敗よ」

「いえ……あれは完全に運だったわ……もう一度同じ展開になったとしたら、ノアキアが勝利していたかもしれない……あの瞬間は本当に紙一重の差だった……現に私は試合序盤で散々見せてもらっていたはずの刺突を躱しきれず左肩を刺し貫かれてしまったのだし……あれがもう少しズレていたら……」

「それは私も同じよ……試合序盤でファティマの鉄扇捌きをしっかり見せてもらっていたのにもかかわらず、対処しきれずポーション瓶を割られたのだからね……」


 まあ、それ以前に、ノアキアが降参勧告をしたときファティマにインフェルノを使う余裕を与えず、ガンガン押しまくれば勝ってたかもしれないけどね……

 ただ、それもノアキアの慢心が生んだ敗北といえるのかもしれないよな……

 といいつつ、その場合でもファティマはどうにかしてインフェルノを発動させていたかもしれないから、結果は同じだった可能性もあるか……

 それはそれとして……君ら、試合前はメチャクチャ強気の発言を連発してたっていうのに、随分殊勝な物言いに変わってるじゃないか……

 たぶん試合前の君らが、今の君らを見たら驚くんじゃない?

 いやまあ、それだけお互いにリスペクトの気持ちが強まったってことなんだろうけどさ。

 ああ……そういえばノアキアって、原作ゲームでもツンデレ担当だったっけか……

 とはいえ、原作ゲーム的にいえば、イベント1つでここまで変わるかって気もしてきちゃうけどね……

 そう考えると、この試合はノアキアにとって好感度が爆上がりするほどのイベントだったってことか……

 ついでにいうと、ラクルスよ……この調子だと、ノアキアルートに入るのも難しいかもしれないな?


「……まただ……なんでアレスさんは、ちょいちょいオレに切ない表情を向けてくるんだ?」

「えぇ……気のせいじゃない? それとも……もしかしたら、ラクルスのほうがアレスさんを気にしてるってことなんじゃないの? ほら、同年代の人にあれだけ完璧に負かされたのって初めてだったでしょ?」

「ああ、いわれてみれば確かに、初めてだったかもしれないなぁ……本当にアレスさん、物凄く強かったからなぁ……オレもあんなふうになれるよう、もっともっと頑張んなきゃなって思ったもんだよ!」

「ふふっ、ラクルスはもっともっと強くなるよ……そして、あの試合でアレスさんもそれを感じたからこそ、ラクルスに期待の眼差しを向けてきてくれてたんだよ……ファティマさんとノアキアさんみたいなお互いを高め合うライバルになれるようにってね……だからきっと、ラクルスに向けていたのは切ない表情なんかじゃないよ」

「そっか……そうだよな! よっしゃ、期待に応えられるよう頑張るぜ!!」

「うん、その意気だよ」

「ニア……いつもありがとな」

「いつもいってるでしょ? これぐらい、私とラクルスの仲なんだから気にしなくていいよ……それに、私だってラクルスに頼ることもたくさんあるんだしさ」

「そうかぁ? 俺のほうが世話になりっぱなしの気がするんだけどなぁ……」

「ふふっ、そうだよ……だから、気にしなくて大丈夫」

「そっか! でもま、何かあったら、すぐオレにいうんだぞ? 絶対力になるから!!」

「うん、ありがとう」


 いや、自分でいうのもなんだけど……たぶん俺は切ない表情をしてたんじゃないかと思うよ?

 それをなんとなく、ニアがいい感じにまとめちゃったけどね……

 といいつつ、俺としては別にそれで構わないんだけどさ……

 そんなことを思っているうちに、ファティマとノアキアは医務室に向かうことになったようだ。

 まあ、あの2人もなかなかムチャをしたからねぇ……念のためって感じだろう。


「ファ~ティ~マ!! ノ~ア~キア!!」

「「「ファ~ティ~マ!! ノ~ア~キア!!」」」


 そんな熱戦を繰り広げた2人を称えて、会場中から惜しみないコールが贈られている。

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