第739話 あれはまだ、だいぶ優しい

「いやはや、インフェルノときましたか……」


 俺の隣でシュウが!

 いつものほほんとした笑顔を絶やさない! あのシュウが!!

 いつになく渋く深い苦笑いを浮かべているじゃないかッ!!

 ふむ……おおよその解説はスタンがしてくれたが、ちょっくらシュウの解説も聞いてみるとするかね……

 たぶん、よりディープな話を聞かせてくれそうだし……


「シュウよ……あの魔法について、お前の解説を聞いてみたい……」

「僕のですか? まあ、構いませんが……そうですねぇ……まず、あの魔法が開発された目的を知っていますか?」

「いや、知らない……まあ、碌でもない目的だろうということは想像に難くないが……」

「おそらくアレス君の想像から大きく外れていないと思いますが……いにしえの天才魔法士、それも当時比肩しうる者が誰一人としていないといわれるほどの天才が、己の才能を最大限に示すにはどんな魔法がふさわしいかと模索していった先に辿り着いた答えが、この地上にインフェルノ……つまりは地獄を再現するという魔法だったのです……まあ、地獄といっても各々イメージが異なるでしょうが、その魔法士のイメージした光景は全てを焼き尽くす黒炎の海だったということですね……」

「己の才能を誇示するって目的だけでそこまで突っ走れるとか……やっぱ碌でもないな……」

「ええ、そうですね……そして、先ほどのスタンさんの解説では、あの魔法が火風闇の3属性かのように聞こえたかもしれませんが、地水火風闇無という光以外の属性を持っています……まあ、無属性をどう捉えるかはその人次第でしょうけど」

「光以外全部!? マジかぁ……」

「どうやら天才魔法士の才能をもってしても、光と闇の反発が強過ぎて一つの魔法にまとめることができなかったようです……まあ、光と闇を混合した魔法もないわけではないので、インフェルノという魔法のイメージに光属性が合わなかっただけともいわれていますがね……」

「イメージに合わない……か、なるほどね……」


 まあ、俺も本気で光属性を攻撃に使ったとき、問答無用で消滅させちゃう方向に行ったもんなぁ……

 そう考えると、意外と光属性のほうが容赦ない属性かもしれないよね……


「そして、見たところファティマさんの発動させたインフェルノは風属性が強く、地と水属性が弱めなので、比較的さっぱりしていますね」

「さっぱり?」

「ええ、地属性が強ければもっと炎が物質的に対象を絡め捕りに行くでしょうし、水属性が強ければ粘性の強い炎が対象にへばり付いて離れないでしょうから……」

「うわぁ……エグぅ……」

「また、あの魔法を森で使えば、当然一面の木を燃やし尽くしてしまいますし……湖で使えばそこに生息していた生物も水も等しく蒸発させて単なる窪みへと変えてしまいますし……それどころか大地のエネルギーすら喰らい尽くそうとしますからね……」


 炎が物質的に対象を絡め捕りに行くとか、なんじゃそりゃって感じだ……

 なんていうか……うん、インフェルノって魔法は極悪を煮詰めたような魔法なんだね……

 そして風属性が得意だからというのもあるだろうが、ファティマさんがさっぱりとしたお方でよかった……陰湿を極めたお方だったら、今頃あのインフェルノがどんな魔法になっていたか……

 といいつつ、まだ練習中で未完成だからっていうのもあるかもしれないけどさ……


「それから、地水火風光闇無という属性分類の仕方で気付いたかもしれませんが……あの魔法を開発したのは人間族です」

「……なッ!?」

「そしてインフェルノの完成に有頂天となった魔法士と彼を抱える国は、調子に乗ってあの魔法をそこかしこで披露して廻った……侵略という形でね」

「えぇ……」

「そうなると侵略された側も黙ってはおらず……その国を敵として、世界の全てが手を取り合いました」

「せ……世界の全て?」

「まあ、いささか誇張した表現に聞こえたかもしれませんが……周辺の国々だけでなく、それまで相容れることのなかった異種族の全てが団結するほどでしたからね……」

「エルフ族やドワーフ族、それから獣人族だけでなく……ひょっとして魔族なんかも?」

「ええ、もちろん……ほかにも様々な種族が参戦しました……何せ、あとから地属性の魔力等で土地を回復させることができるとはいえ、あの魔法は魔法士本人が解こうとでもしない限り、自然などあらゆるものを燃やし尽くそうとしますからね……全ての種族に尋常ではない危機感を持たせたはずです」

「ああ……うん……そうだろうね……」

「そんな世界を敵に回した大戦によって、魔法士と国は滅びました……インフェルノという魔法だけを遺してね……」

「な、なるほど……そりゃあ世界を敵に回せば、滅びざるを得んよな……」

「とまあ、これぐらいでしょうかね……」

「いや、じゅうぶん過ぎるほどだよ……それにしても、よくそんな魔法が後世に遺ることができたよな……」


 そんでもって誰だか知らんが、その魔法士のほうがよっぽど魔王と呼ぶにふさわしい存在じゃないだろうか……


「やはり、絶大な威力を持った魔法ですからねぇ……大戦のさなかでも魅せられる人がいて、隠れて語り継いだのでしょうね……ただし、語り継いだのはいいものの、あの魔法は高過ぎる難易度ゆえに、完璧に習得できた者のいない伝説みたいな魔法でして……現在インフェルノと呼ばれているものは、開発者本人のものと比べるとかなりダウングレードされた魔法に落ち着いているようです」

「……あれで?」


 舞台で燃え盛っている黒い炎を指さし、思わず呆れ混じりに問いかけてしまった……


「はい、あれはまだ、だいぶ優しいインフェルノです……本物のインフェルノは、単なる魔素ですら喰われるとき悲鳴を上げたそうで、大戦中は泣き叫ぶ声が世界中で絶えなかったそうです……まあ、世界を敵に回した魔法というのは、それだけ想像を絶するものだったのでしょうね……」

「そ、そうか……」

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