第738話 それがあの魔法の名前です

『ノアキア選手からの降参の勧めを蹴ったファティマ選手ですが! 見たところもう、体力も魔力も多くは残っていない様子! そんな状態で一体どんな闘い方を見せてくれるのでしょうか!?』

『今の問答のあいだに、ファティマさんは空気中の魔素を魔力変換で魔力に変えてはいたようですが……かといって、それだけで先ほどのトルネードのような大規模な魔法を発動できるかといえば、難しいといわざるを得ないでしょう……』

「ハァ……ハァ……魔力なら、ノアキアのおかげでこの舞台に満ち満ちているじゃない……私に必要なのは、魔法を発動させるための最初の魔力だけ……」

「ふぅん、私のおかげ……ねぇ?」

「……ハァ……先に注意しておくけれど……この魔法は、私もまだ完全に制御できないから……防壁魔法などを展開して、しっかり防御してちょうだい……いい、約束よ?」

「あらあら、凄い自信ねぇ……でもいいわ、そこまでいうなら防壁魔法を展開して、あなたのとっておきの魔法を見学させてもらおうじゃない」

「フフッ……あなたが無駄に頑固者じゃなくて、助かったわ……」

「……まあ、それなりにあなたの実力は認めてあげてもいいと思ったからねぇ……さて、魔力はじゅうぶん溜まったかしら?」

「そうね……発動させるだけなら、既に溜まっていたけれど……今なら、もう少し制御に魔力を割くことができそうだわ……」

「あら、それはよかったじゃない」

「ええ、本当に……それじゃあ、そろそろ始めさせてもらうわ……」

「どうぞ、いらっしゃい」

『わ、わざわざ対戦相手に防御を促さなければならないほどの魔法とは、一体どんな魔法なのでしょうか……?』

『う~ん……完全に制御できないという言葉が不穏ですね……』


 そうして、会場全体が固唾をのんで見守る中……ファティマの魔法が発動された。

 

「……えっ? あれって、ファイヤーストーム……だよね?」

「うん……だと思う」

「まあ、ファイヤーストームもレベルの高い魔法には違いないけど……とはいえ、あんなにゴチャゴチャともったいぶって御託を並べていた割には……って感じ?」

「これこそまさに、拍子抜け……」

「ていうかさ、木を燃やすのに火って……発想が浅過ぎじゃない?」

「確かに、誰でも考え付きそうなことよね……」

「ファティマのことは嫌いだけど……どんな魔法が飛び出してくるのかなって、ちょっとだけ期待はしてたのに……」

「結局さ……ウチら全員、あのクソ女のハッタリに完全に騙されたってことぉ?」

「みたいね……ホントにイラつく女だわ……」

「ま! これでハッキリしたってことじゃん? あのチビ女は単なるビッグマウスだってね!!」

「自分のちっちゃさを補って少しでも大きく見せようと、ああやって尊大に振る舞うっていう涙ぐましい努力をしてたんだろうけど……これで全て水の泡……あ~かわいそう~っ! アハハハハ!!」

「ふふっ……ようやく化けの皮が剝がれたわね……いい気味よ、ミーティアム家の小娘……」

「キャハハハッ! ダサダサッ! ダッサァ~ッ!!」

「……何よ、その顔……駄目よ、駄目……そんな自信に満ちた顔じゃ駄目……魅力半減じゃない……お願いだから、もっと悲痛な顔を魅せてちょうだい……」

「……え、自信に満ちた顔? ウソでしょ?」

「うっわ、マジじゃん! いつもどおりのふてぶてしい顔をしてるぅぅぅっ!?」

「え、待って……あの女には恥ずかしいって感情がないの?」

「ま、まあ……らしいといえば、らしい……かも?」

「あ……あれっ? ねぇ、ノアキアさんのことも見てみてよ! 全然、防壁魔法を解除しようとしてないわよ!?」

「ホ、ホントだ……なんだったら、今日一番のシリアスな顔をしてるかも……」

「なんで! なんでぇっ? ノアキアなら、あの程度のファイヤーストームを打ち消すぐらい、難なくできるでしょぉぉぉっ!?」


 ファティマアンチの令嬢たちは勘違いしているようだが……あれはファイヤーストームに非ず。


『な、なるほど……魔力なら舞台に満ち満ちているとは、このことでしたか……いや、それにしてもファティマさん……あなたはなんて魔法を使うんだ……』

『え、えぇと……スタンさん?』

『あ、ああ、すみません……』

『あのパッと見ではファイヤーストームに見える魔法について、解説していただけますか?』

『はい、分かりました……まず、あの魔法は今のところファイヤーストームに似ているように見えますが……違う魔法です』

『今のところ……似ているように見える?』

『ええ……炎の色に注目してみてください……』

『炎の色ですか……ふむふ……む? なんというか……私のイメージしているファイヤーストームよりも鮮やかさがないというか……なんだか陰鬱な色というか雰囲気の炎に見えますね……?』

『そうでしようね……実はあの魔法、火と風だけでなく闇属性の要素が強い魔法です』

『闇属性! ああ、だからですか!!』

『そして、これからさらに黒い炎へと変貌を遂げていくことでしょう……あのノアキアさんの魔力がふんだんに注ぎ込まれた大量の木から魔力を喰らい尽くしてね……』

『……なッ!?』

『先ほどファティマさんが、魔法を発動させるための最初の魔力だけが必要だといったのは、これが理由……あの闇属性の要素が強い魔法は他者の魔力……いえ、それだけではありませんね、あらゆるエネルギーを餌として出力を上げていき、周囲に喰らうモノがなくなるまで燃え続ける……』

『な、な……』

『そんな恐ろしい魔法ですから、この舞台がコモンズ学園長の防壁魔法に囲まれていてよかったなと思わずにはいられませんね……さすがに、コモンズ学園長の防壁魔法なら喰われずに耐えきることができるでしょうから……ああ、そういえばまだ、魔法の名前をいってませんでしたね……』

『な、なま……え?』

『……インフェルノ……それがあの魔法の名前です』

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