第705話 あなたは挑戦したの?
「……ムチャ? 絶大な身体能力を発揮できる代わりに獣化しているあいだ理性を失い、ただ暴れるだけの状態になるほうが余程ムチャというものではないかしら?」
「ああ、だからこそ獣化は最後の……本当に最後の切り札にしか使わねぇんだ」
「ええ、そうらしいわね……でも、せっかく使える能力を有効活用しないのはもったいないと思わない?」
「そりゃ、思わないといえばウソになっちまうけど……ムチャなものはムチャだ」
「あら、さっきまで威勢のよかったあなたとは思えないほどのしおらしさね? てっきり『お望みとあらば、やってやらぁ!』とでもいってくれることを期待していたのに……」
「いっとくけどな……その程度のこと、今まで獣人族の誰も挑戦してこなかったわけじゃねぇぞ? 挑戦した上で現実的じゃないと判断を下してんだ! よく分かりもしねぇ奴がゴチャゴチャいうんじゃねぇよ!!」
「……では、あなたは挑戦したの? もし仮に挑戦したことがあったのだとしても、1回や2回の失敗で諦めたのではない?」
「ぐ……それは……」
あの様子だと、図星といったところかね……
それにしても……獣化ってそんなに心理的ハードルの高いスキルだったっけ?
原作ゲームでは数ターン後に行動不能になるってデメリットがあるぐらいで、戦闘終了後は特に影響もないから、割とホイホイ使っても問題ないスキルだと思っていたよ……まあ、俺はそのデメリットがウザかったから、あんまり使ってなかったけどさ。
ということは……プレイヤーたちに知る術がなかっただけで、実はゼネットナットに「獣化って、本当は最後の切り札に使うもので、こんなふうに気軽に使うものじゃないんだけどなぁ……」なんて内心思われていたのかもしれないのか……
ふぅむ……できることならこの事実、前世の同好の士であるプレイヤーたちに教えてあげたいところだ。
とはいえ、ゼネットナットのことを想う紳士なプレイヤーであれば、「獣化って何かしらの負担がかかってそうだから、無暗に使わせないほうがいいだろう」とか考えて使用を控えていたかもしれないけどね。
「まったく、この程度のことで二の足を踏むとは……とんだ見込み違いだったものだわ……」
「なんだと!?」
「これは、あなたにとって限界を超える絶好の機会なのよ? たとえ獣化の制御に失敗して大暴れすることになったとしても、この会場にはあなたを止めることができるだけの実力を持った人が大勢いるのだし……もちろん、その中の1人に私も含まれているわね」
「獣化したアタシを甘く見んじゃねぇぞ! オメェごときじゃ、絶対に止めらんねぇよ!!」
「あら、それだけの自信があるのなら、ぜひとも見せてほしいものだわ……まあ、そうでなければ、あなたとの試合で学ぶことはここまでとして勝負を決めさせてもらうところね」
「……ハハッ……ハハハハハ! オメェみたいなどうしようもねぇほどの命知らずは初めてだ……いいぜぇ、そこまでいうならお望みどおり、見せてやるよォ!!」
「それは光栄なことだわ」
「ハン! そうやって余裕ぶってられるのも、ここまでだぜ!? それに獣化を始めたら、アタシもどこまで理性を保てるか分かんねぇしな!!」
「そんな弱気ではダメ……意志を強く持って、理性を保つのよ」
「ムチャいいやがって……まあいい、そんじゃあ始めっか! ……グ……ガァ……ガ……ァァッ……」
『ファティマ選手に促される形でゼネットナット選手、獣化を始めたようです……しかしスタンさん、これは本当に大丈夫なのでしょうか?』
『そういうもしものときに備えて最上級ポーションを用意しているのですし、先生たちも周囲で待機しているので、大丈夫かどうかでいえば、おそらく大丈夫だと思います』
『まあ……そうですよね……』
『ただし……ひとたび獣人族が獣化を使えば、周囲に息ある者が皆無となるとまでいわれているほどの能力ですからね……本来なら使われる前に倒すべきで……仮に使われてしまった場合でも、獣化が完了する前にどうにか倒すか、それが無理そうなら全力で逃げるべきところでしょう』
『やはり……そう考えるとファティマ選手の胆力には、ただただ驚愕させられるばかりですね……』
『はい、並の精神力では無理でしょうね』
まあ、ファティマさんはね……オリハルコンのメンタルをお持ちだからさ……
「フン! ファティマさんが少々のことで動じるわけがなかろう!!」
「まあ、ロイター様のおっしゃるとおりでしょうね……」
「僕もね……気の強さだけはどう足掻いても勝てないだろうなって思っているぐらいさ」
「ああ、ファティマさんだからなぁ……」
「ええ、ファティマさんですからねぇ……」
「ファティマさんの精神力は最強だと思います」
「……同感だ」
「あはは……い、一応ファティマちゃんにだって、か弱いところはあるんだけどね……」
「か弱いところ……」
……そのことについては、何もいえなくなってしまう。
「ガァァァァァァッ!! ……フゥ……フゥ……」
『ついに……ついにゼネットナット選手、獣化が完了してしまったようだ!!』
『ええ、そのようですね……』
「さて……理性が保てていればいいのだけれど……」
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