第653話 実在する

『はい……冗談でもなんでもなく本当に、アレスさんが流派の名前を名乗っているのを聞いて初めて知りました……』

『えぇと……その……武術という分野の中でも、とりわけ歴史……いわゆる武術史に造詣が深いことで有名なスタンさんが、レミリネ流剣術という名前を初めて知ったとおっしゃったことに、私は正直、驚きと動揺を隠せない心境となってしまっています……』

『いえいえ、私もまだまだ勉強中の身ですから……』

『まだまだ勉強中だなんて、スタンさんは本当に向学心が高くていらっしゃる……その意識の高さを私も見習いたいものです』

『そんなふうにいっていただくと、なんだか恥ずかしくなってきますね……そしてむしろ私こそ、ナウルンさんのコミュニケーション能力を見習いたいところですよ』

『ははっ、私も少々照れてきてしまいました……とまあ、それはそれとして、そんなスタンさんの知識をもってすらレミリネ流剣術が未知の剣術だったとは……という気持ちでいっぱいです……』

『そこで、私も初めて名前を聞いたとき興味を引かれまして、レミリネ流剣術発祥の地とされているイゾンティムル王国の歴史を徹底的に調査してみたのですが……レミリネ流剣術という名前や、それらしき剣術流派の資料が一切残されておらず……それどころか、開祖とされるレミリネという騎士の存在すら見つけることができなかったのです……』

『なるほど……確かにアレス選手も、レミリネという騎士の存在が歴史から抹消されていたと話していましたが……スタンさんの調査力をもってしても見つけることができなかっただなんて、よっぽどですね……』

『まあ、いずれにせよ……これからも調査を続けていきたいと思っています』

『そうですか! スタンさんが新たな発見をされることを祈っていますよ!!』

『ありがとうございます』

「なあなあ……スタンが調べて分かんねぇってことはさ……実はレミリネ流なんて剣術、存在してねぇんじゃねぇか?」

「するってぇとお前さん……もしかして魔力操作狂いの捏造を疑っているのかい?」

「ま! ぶっちゃけ、その可能性もなくはないなって気がしちゃうね!!」

「ふむ、捏造か……しかし、そんなことをしてなんになる?」

「そりゃあ、オメェ……そのほうがなんとなくカッケェからとか、そんな感じなんじゃねぇか?」

「なんとなくって……そんないい加減な理由で……」

「でもよ、俺……あのシュウの奴が『レミリネ流は実在する』っていってたのを聞いたことがあるぜ?」

「あ、そうなん?」

「シュウがいうなら……そうなんだろうなぁ……」

「いやいや、そういう『あの人がそういってるから』って姿勢……よくないぞ? ちゃんと自分で調べてみるクセを付けないとな」

「……ハァ? そこまでいうならお前! 地力でレミリネ流剣術とやらの証拠を見つけてこいや!! 調べたら分かるんだろ!?」

「いや、そういうことではなくてだな……」

「あァ!? 同じことだろうがよォ!!」

「はいはい、そうカッカしなさんな……ほら、試合観戦に集中しようぜ? ……それから、お前さんがいう『自分で調べてみるクセ』っていうのは俺も大事だとは思うけど、ちょ~っと上から目線に聞こえちゃったね?」

「チッ……」

「あ、ああ……そうだったかもしれない……」

「……つーかよ、ソエラルタウトなんてデッケェ家名を持った男が、わざわざ剣術流派の捏造なんてワケ分かんねぇ小細工する必要ねーだろ?」

「いわれてみればそうだな……それにどうせなら『アレス流剣術』とか名乗ったほうがいいだろうし……」

「えっと……それはさすがに自己顕示欲強過ぎない? って思っちゃう」

「まあ、どっちかっていうと、奴が名乗るとするなら『魔力操作狂い流剣術』ってなりそう……」

「もう、なにがなんだかって感じの流派だな……」

「とりあえず、なんかよく分かんない圧だけは感じちゃうね……」


 ……観客席からゴチャゴチャ聞こえてくるが、それはそれ。

 とにかく俺は、レミリネ師匠の凄さ……そして素晴らしさをみんなに伝えるのみだ。

 それから、こうして主人公君と手合わせしてみて感じることがあった。

 それは何かというと、主人公君から発せられる光の中に、微かにだけどレミリネ師匠に似たエネルギーの波動を感じるんだ。

 おそらくこれが勇者神の加護的なものであろうことから考えると、もしかしたらレミリネ師匠も勇者神の加護を受けていたのかもしれない。

 もっといえば、レミリネ師匠は当時の勇者として選ばれていたのかもしれない。

 そんな神様から勇者として選ばれていたレミリネ師匠を害するだなんて……改めてイゾンティムルの愚王は、この上なく愚かな男だったんだなって思わざるを得ない。

 なんてことを考えてみたけど……あくまでも似たエネルギーの波動を感じるってだけで、全く同じってわけじゃないからねぇ……

 だから、レミリネ師匠を選んだのは勇者神ではなく、また別の神様かもしれない。

 そうそう、あの廃教会で見た神像のモデルとなった神様とかも考えられるし。

 とまあ、なんだかんだいいながら、こういった神々の話は全て俺の勝手なイメージでしかないからねぇ……

 ただ、そうはいってもやはり、俺が転生神のお姉さんへ捧げる感謝は本物である。


「全力を出しているはずなのに……未だに余裕の表情を崩せないなんて……」


 とかなんとか主人公君が述べているね……


「フッ、実際にまだ余裕があるからな?」

「クッ……!!」

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