第646話 地味っちゃ地味な試合

『今、審判から1回戦第7試合開始の声が上がりました。それによってホウフウ・ソンメント対ティオグ・マイヅの試合が始まったわけですが……スタンさん、この試合はどう見ますか?』

『この試合は、そうですね……2人の持っている武器を見れば分かることですが、ホウフウさんは棒術、ティオグさんは刀術の使い手です。そして、この2人は魔法よりも物理戦闘に重きを置いた闘い方をします。そのため、これまでの試合と比較して魔法による視覚的な派手さがないぶん、人によっては物足りなく感じてしまうかもしれません……ですが、2人の動きをよく観察していれば、実に味わい深い攻防が観えてくるのではないかと思います』

『なるほど、目の肥えた……実に玄人好みな試合が展開されるというわけですね?』

『とはいえ、その辺は趣味嗜好の問題となってくるので、正しい攻防の在り方は何々だというふうに考え方を固定するのではなく、こういう攻防もあるのかといった広い視野でもって受け止めるようにしていっていただければと思います』

『広い視野ですか……うぅむ、なかなか耳に痛い言葉ですね……こういった攻防の在り方に限らず、油断しているとつい、偏ったものの見方をしてしまっていそうです……』

『まあ、そういう私も、やはり何かと偏ったものの見方をしてしまっているでしょうからね……自戒を込めた言葉でもあります』


 広い視野か、ふむ……

 おそらく俺も、それなりに偏った部分はあるだろうなぁ……

 お姉さん大好き民だし……

 それになんたって、魔力操作狂いだし!

 でもまあ、魔力操作の練習をすることは、誰にとっても役に立つことだろうという確信があっていってることでもあるけどね!!

 とまあ、それはそれとして……


「解説の奴も話してたことだけど……確かにこの試合、地味だよな?」

「だな……ほかの試合だと、もっとド派手に魔法がドカドカ飛んでたし……」

「う~ん、第2試合も剣術勝負って感じで、この試合と似た展開ではあったんだろうけど……あっちはあっちで、もっとガッチンガッチン打ち合ってたもんなぁ?」

「ああ、それに比べてこの試合……なんていうか、攻防が丁寧過ぎるんだよ……」

「でもさ……注意深く見ていると、こう……心が研ぎ澄まされていくっていうか……背筋がピンと伸びてくる感じがしない?」

「……ハァ? 何いってんだ? 意識高い系か?」

「いや、俺もなんとなくだけど、お前のいいたいこと分かるぜ? あの2人のあいだに張り詰めた緊張感がさ、こっちにまで伝わってくる感じがするからなっ!!」

「……そうかぁ? オラには分かんねぇ」

「ま! これも解説の奴がいってたことだけど、こういう攻防もあるんだなって感じで、受け止めてみようぜ?」

「ぶっちゃけ、つまんねぇ感じはしてるけど……でもまあ、これまで興奮させられっぱなしだったから、ちょっと気持ちを休ませるのにはちょうどいいかもな?」

「上質なリラックスタイムって感じ?」

「おい……寝るなよ? いや、最悪寝てもいいけど……いびきや寄りかかってきたりっていうのは勘弁してくれ」

「お前ら……いっとくけどな、今年が異常なだけだぞ? 例年だと、こうまでスゲェ魔法がバッチバチに飛び交うことなんてないからな? それだけは理解して試合を見とけよ? あと、今の2人の試合も、かなり高度な攻防を見せてくれてるからな? まあ、見た目に地味だっていうのは同意するけども……」


 一般の観客たちの正直な感想を耳にした。

 まあ、彼らがいうように、地味っちゃ地味な試合だとは思う。

 ただ、なかなかにお手本となるような動きを見せてくれているのも確かだと思うんだよね。

 そうだな……表現として適切かどうかは微妙だけど、一流の演武を見せてくれているって感じがするんだ。

 それに、俺も木刀という焔刀と同じ形状の武器を使っているだけに、ティオグの洗練された刀の振り方は特に参考になるなって思うわけだ。

 あと、地味ついでにいうと、ティオグの刀にうっすらと青い炎が視えるんだけど……うっすらとし過ぎていて、分かりづらい。

 そう、分かりづらいのでそれは、一般の観客たちには視えていないと思う……だからやっぱり、地味って思われても仕方ないだろうね……


「ティオグの刀術……相変わらず冴え渡っているな……」

「いえいえ、ホウフウ殿こそ……さすがの棒術に、拙者は攻めあぐねるばかりでござるよ」


 派手さはなない……しかし、一瞬の攻防で決着がついてしまいそうなヒリヒリとした緊張感は伝わってくる。

 それを感じ取る観客が徐々に増えているのか、時間の経過とともに会場全体の雰囲気が引き締まってきている。

 そしておそらく、会場全体が次の一撃で決着が付くと確信を得た瞬間……

 ついに、そのときはきた。


「………………残念だが、一歩及ばなかったようだ……フッ、やはりティオグ……強いな……」

「いえ……拙者とホウフウ殿のあいだに紙一重の差もなかったでござる……ただただ時の運のみ……」


 その瞬間、会場全体が静まり返っていたが、ほどなくして……


「……勝者! ティオグ・マイヅ!!」


 審判の勝者宣言。


『……さ、最後の攻防! それを見事制したのは、ティオグ選手だったぁッ!!』

『ホウフウさんの突きをすんでのところで躱し、刀でもって胸のポーションを一閃……まさに技ありの一振りでしたね……』


 そして、会場全体に活気が戻った。

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