第632話 精神に揺さぶりをかけているつもりなのか

「マジかよ……あのセテルタですら、トイの野郎を捉え切れないっていうのか……?」

「この現状だと、そう判断するしかないね……」

「奴の回避能力が高いってこと自体は分かり切ってたけど……まさか、ここまでとは……」

「クソうぜぇ! さっさと当たりやがれッ!!」

「そうだ! そうだ!!」

「セテルタさん! 早く決めてくれ~っ!!」

「セテルタ! セテルタ!!」


 観客席の、学園の生徒が集まっている辺りからセテルタの応援……というより、トイに対するヤジの意味合いのほうが強い言葉がいくつも飛んでいる。

 そして、一般の観客席の反応はというと……


「あのトイってガキ……どうなってやがるんだ?」

「この試合も、セテルタって奴の攻撃を全部躱し切って終えるつもりなのかね?」

「そうなりそうな気もしてきたけど……あんなふうに躱してばっかじゃ、なんていうか……飽きてくると思わん?」

「ああ、反撃の一つでもすれば、ちっとはマシなんだろうけど……ただ躱してるだけっていうのはなぁ……」

「しかも、余裕の表れなのか、はたまた対戦相手の精神に揺さぶりをかけているつもりなのか……微妙にヘラヘラして見えるのも、だんだんイラついてくるぜ……」

「そう考えると学園の……特に男子の1年生たちかな? 彼らがセテルタって子の応援ばかりしてるのも納得だね……」

「だな……もともといい試合が観れれば、どっちが勝っても構わなかったけど……今は、セテルタって奴を応援する気になってきたよ」

「俺も、俺も~!」

「……ここでトイって奴に賭けたら……俺の独り勝ちもあり得る?」

「おい、学園主催の武闘大会で賭け事は禁止されてるのを、お前も知らんわけではあるまい?」

「……うぃっす」


 ふむ、一般の観客たちも徐々にセテルタ寄りになってきているようだね。


「ひゃぁっ!!」

『突然、トイ選手が大きく横っ飛びをしたかと思えば、マッドスワンプの中から土色の手のようなものが這い出してきたッ! そして、着地点を狙いすましたように2本目! そして、また3本目! なんだ、なんだァ!! いったい、何本手が出てくるんだァッ!?』

「はっ! とっ! なんなのこれぇ~っ!?」

『あれは……おそらくマッドドールでしょうね』

『なるほど、マッドドール! そして答え合わせをするかのごとく、マッドスワンプの中から手だけでなく、上半身……そして下半身が這い出してきて、ついに10体を優に超えるマッドドールたちが地上に姿を現しましたッ!!』

「「「ドオォォ……」」」

「うへぇ……どろんどろんだし、なんか呻き声も上げてるし……すっごく、気持ち悪~い!」

「……不意を突いて捕まえようと思ったのに……君の勘といい、反射神経といい……まったく、どうなってるんだい?」

「えぇっ!? こんな気持ち悪いヤツに捕まりたくないよぉっ!!」

「2度も気持ち悪いだなんて……君もなかなかひどいことをいうもんだね?」

「ドオォォォ……」

「ドォォ……」

『セテルタ選手が生成したマッドドールたち! 早速トイ選手に襲い掛かります!!』

「うぇぇっ! ……気持ち悪いから、こっちくんなぁ~!!」

『……トイ選手が悲鳴を上げていますが……確かに、あの泥でできた等身大のドール……のっぺりとして余計な装飾が一切ないところが、むしろ不気味さを際立たせているようにも感じられますね……?』

『まあ、トイさんは口でいうほど精神的なダメージを受けていないようですが……人によっては、恐慌をきたしてもおかしくないでしょう……』

『そうですね、私は……はい、あの状況に遭遇したくないです……』

『ええ、多くの人がそう思うことでしょう……もちろん、私もですね』

「ドォォォ……」

「これは……さすがに無理ぃ~! 誰か助けてぇ~っ!!」

「残念ながら、この試合は僕たちの1対1だからね……誰も助けになんて来れないよ?」

「イヤぁぁぁ~っ! こっちくんなぁぁぁぁッ!!」


 ギャーギャー喚きながらも、トイはしっかりとマッドドールから逃げ切れている。

 しかしながら、セテルタの攻撃はマッドドールによるものだけではなく……


「さて……もう少し攻撃に厚みを持たせるとしようかな?」

「え……っ? ひゃぁッ!!」

『おっと! ここでセテテルタ選手、マッドドールの隙間から狙いすましたようにウインドカッターを放つ!!』

『う~ん、今のは惜しかったですね……』

『一つ避ければそれで終わりではない! マッドドールに囲まれ、その隙間から次々と魔法が飛んでくる……これは! これはなんてひどい状況なんだッ!?』

『それでも、驚くことにトイさんは未だに攻撃をしっかりと躱し切れていますね……ですが、徐々にマッドドールによる囲みが狭められてきているのも事実で……』

「……ッ!?」


 そのとき、トイの足元で爆発が起こった。


『あぁぁぁっと!? ここでまさかの大爆発!! ……これはもしかすると! セテルタ選手の仕掛けたエクスプロージョンかァ!?』

『はい、そのとおりエクスプロージョンですね……そして、ただでさえ行動範囲が狭められていた中、マッドドールの攻撃と各種魔法がトイさんの目の高さに集中しており、足元への意識が疎かになっていたのでしょう……さすがのトイさんでも、今のは回避するのが難しかったと思われます』

『ということは……この試合、初めてトイ選手が被弾したことになるわけですね?』

『煙が晴れてみないと実際のところは分かりませんが……おそらく……』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る