第631話 これも躱しちゃうんだ……

「この泥……走りづらくて、邪魔だなぁ……」

「いやいや、ここまでやってその程度の反応しか得られていないこっちの身にもなって欲しいぐらいだよ」

『トイ選手の機動力を低下させる意図を持ってセテルタ選手はマッドスワンプを生成したようですが……まさか、まさか! 思ったより効果を得られていないようです!!』

『足が着地するその瞬間その瞬間に魔力で足場を生成しているため、マッドスワンプに足が取られずに済んでいるのでしょう』

『足が着地する瞬間にですか……あれだけの機動力を維持しながらとなると、かなり繊細な魔力操作能力を要求されそうな気がしますが……もしかしてトイ選手は、それすらも特に意識することなく自然とやってのけているとか?』

『……でしょうね』


 闘技場の舞台全面が、セテルタの生成した泥沼に覆われている。

 セテルタの奴、初っ端から思い切ったなって感じだ。

 ついでにいうと、この試合が終わったあと舞台を整備する皆さんが大変だろうなって余計な心配もしてしまうぐらいだ。

 しかしながら、そんな大技を繰り出したというのに、現状そこまで役に立っていないのが悲しいところだね。


「セテルタさんが生成したあの泥沼……絶対ヤベェよな……?」

「ああ、一瞬でも足を取られたら……それでもう、オシマイだね」

「トイの野郎……さっさと魔力操作をミスって泥沼に飲み込まれないかな?」

「ていうかさ……その魔力操作もノー練で身に付けてるってことでしょ? 正直、ズルくない?」

「確かに、羨ましい限りだな……」

「その点についてだけは、毎日必死に魔力操作を練習している魔力操作狂いのほうが、よほど誠実に思えてくるぜ……」

「まあ、あの人はあの人で、超が付くほど保有魔力量が膨大で、この上なく羨ましいけどね……」


 フッ……そうか、俺の保有魔力量が羨ましいか。

 でもまあ、これは母上のおかげによるところが大きいからね……母上にこの上なく感謝を捧げよう。

 ただ、今からでも魔力操作の頑張り次第では、まだまだ魔臓や魔力経といった器の広がりが見込めるからね、みんなも努力あるのみだよ!

 そして、この魔力操作についてだけは、スタンがいうような得意不得意とか関係なしに、絶対にやるべきことだと思う。

 確かに、人によって成長スピードが違うなんてことがあるかもしれない……だけど、魔力は努力を裏切らない!

 例えば魔力を体力に変換して使うことだってできるのだから、魔力操作の練習にかけた時間を、あとから魔力の応用で取り返すなんてことも可能なんだし!!

 なんて、少々熱くなってしまったが……改めて試合に意識を向け直してみよう。

 とりあえず、トイの魔力操作能力の高さは認めるべきものだろう。

 また、それが天然でとなると、先ほどの生徒たちのように「ズルい」って感じてしまうのも、頷けるところだ。

 なぜなら、向き不向き関係なく、基本的にみんな魔力操作の練習をめんどくさく感じるみたいだからね……

 ただまあ、リッド君たちみたいに、めんどくさいという意識が芽生える前に面白みを見出すことができた子たちはちょっと別だと思うけどさ。


『ここでセテルタ選手の放つファイヤーボールがトイ選手を襲う!』

「おっと! あぶないあぶない……」

『そしてファイヤーボールを一つ一つ確実に躱していくトイ選手! ……それにしても、トイ選手の躱し方が不思議といいますか……ファイヤーボールを躱した直後に妙な挙動がみられますね? まるでもう一つファイヤーボールが迫ってきているかのような……』

『はい、セテルタさんはファイヤーボールに紛れ込ませてウインドカッターも放っていますからね、それを躱しているのでしょう』

『なるほど! 見た目に派手なファイヤーボールを囮として、視認性の低いウインドカッターで仕留めるという作戦だったわけですね!!』

「わわっ! まったく、なんて魔法を使ってくるんだよ……ひっどいなぁ……」

「へぇ、これも躱しちゃうんだ……やるねぇ……」


 あのウインドカッター……セテルタめ、なかなか容赦がないな……


「なあ……あれ、本当にウインドカッターを撃ってるのか?」

「う~ん、スタンがそういってるから……そうなんじゃないの? 何もないのにトイが回避行動を取っているようにも見えるけどさ……」

「確かに、風属性らしく視覚によって判断するのは困難であるが……魔力は感じられるから、ウインドカッターも飛んできているはずだぞ?」

「いや、それはそうなのかもしれないが、なんか変っていうか……躱し過ぎじゃないか? 実際、ウインドカッターが飛んできてなさそうなときも躱す動作をしているように見えるんだが……」

「そりゃ見づらいし、魔力を感じるのも楽じゃないんだからさ、ちょっとでもそれっぽい魔力を感じたら避けようとするものなんじゃない?」


 ほう……おぼろげながらにでも、違和感に気付いた奴がいるようだ。


『……ウインドカッターの中に、さらに闇属性で魔力の隠蔽を施したものが紛れ込ませてありますね』

『な、なんと! 二段構えではなく!! 三段構えの攻撃だったわけですか!?』

『ええ、二段目のウインドカッターを攻略できたと思った時点で気が緩む人はやはり多いでしょうからね……』

『そこまでするとはセテルタ選手、なかなかの策士ですね……また、それだけ多くの属性を自在に組み合わせて運用できるあたり、さすが多属性の天才といったところでしょうか……ただ、それすらも躱し切るトイ選手の勘のよさ……まさに驚異的です……』


 あの隠蔽を見破るには、かなり入念な魔力探知を必要とするだろうに、それを勘だけとは……

 ナウルンのいうとおり……いや、それよりもっとかな? とにかく、驚愕に値するね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る